思惑に満ちる戦場で
十分に距離を空けたかのように思えた、キングの仕掛けた無重力の罠。最早この差は決定的かと思われたが、罠から解放されたシン達の勢いは、キングに追い付かんとする速度で巻き返してきたのだ。
特に群を抜いて飛び出して来たのは、先程までトップ争いに身を投じていたハオランだった。彼は武術による衝撃波を利用しボードにブーストをかけ、限界を超えた速度で前を行くキングを、怒涛の勢いで追いかける。
シンとマクシムも、ボードの加速度が振り切らん勢いで追いかけるが、ここにきて能力の差が如実に現れ始めた。シンの影を操る能力と、マクシムの鋼糸を用いる能力では、ハオランのような推進力を得ることが出来なかった。
何とかして食いつこうとハオランの後を追うが、みるみる距離は開いていく。自身の力で加速するには限界がある。そう悟ったマクシムは、まだハオランが自身の鋼糸の範囲にいる内に、彼に気づかれぬよう糸を飛ばして、ボードに括り付けた。
当然、人一人分の重みが加われば流石にハオランにも気づかれる。だが、糸が括り付けられさえすればそれだけで良かった。何故なら、ハオランにマクシムを振り解いている時間などなかったからだ。
ここで足を止めていてはキングに先を行かれる。多少速度が落ちても構っている暇はなかった。
ハオランのボードに繋いだ糸を掴み、引っ張って行ってもらおうとしているマクシムは、シンの方を振り返り口角をあげて軽く手を振った。
「協定はこれで終わりだ。こっからは個人戦ってことで」
「何ッ!?」
「アンタもあんなの聞かされちゃぁ、ハートに火をつけられちまったんじゃないのかい?」
「・・・・・」
戦力的に劣るシンとマクシムが協力関係を解除するのは、勝利を掴む上で得策とは言えない。キングやハオランと競り合うことになれば、どうしても力負けしてしまう。
だがマクシムの言うように、ハオランの心境を告げられた今、誰かと手を組み策を講じようという気は起こらなかった。
それは合理的ではなく、身を危険にさらうかも知れない。それでも心に宿った熱いものを絶やしたくはない。今はただ、その感情に従い浸っていたい。そう思ってしまっていた。
「そんじゃぁ、せいぜい頑張ってついて来なよ!」
「クソッ・・・!このまま追うしかないのか・・・?」
しかし、ここではシンの影が使えない。先を行く彼らを追う手立てがなくなってしまったシンは、ただボードを走らせるしかなかった。
ふと、彼はあることに気がつく。目の前の作戦や、キング達を追いかけることで精一杯で気づけなかったことがある。
先を行く彼らに唯一追いつけるかも知れない手段。だがそれは、シン自身を危険に晒す行為でもあった。それでもこのまま、彼らが戦いに興じるのを指を咥えて見ていたくはなかったのだ。
リスクがあろうと、シンは彼らに負けたくなかった。置いて行かれない為に、今自分が出来ること試さずにはいられなかった。
シンはボードの勢いに従い、波に合わせて大きく飛び上がるとそのまま突き刺さるように海中へと飛び込んでいった。彼はそのまま姿を消し、海面から気配が途絶えた。
精神の中でシンと繋がったことのあるハオランは、リンクの余波かその僅かな気配を感じ取り、シンが何処かへ消えるのを確認する。しかし、彼が逃げたとは思わなかった。
共にフランソワ・ロロネーを倒し、苦難を乗り越えた彼が何もせず引き下がる筈がないと。きっと何か仕掛けてくるだろう。そう思いながらハオランは、胸を高鳴らせた。
次はどんな手で驚かせてくれるのだろう。ハオランの中には、純粋にレースを楽しもうとする意識でいっぱいだった。
先頭を走るキングだったが、速度はあくまでボードに搭載されている加速度の範囲を出なかった。彼はスピードアップに自身の能力を使っていなかった。正確には使えなかったのだ。
リヴァイアサン戦で消費した魔力量は、彼の想像を遥かに超えた限界ギリギリのものだった。後を追ってくるハオラン達に、大盤振る舞いできるだけの力は残されていなかった。
キングにも余裕がなかった。その上、単純な肉弾戦において魔力を必要とせず、己の得意分野で存分に暴れ回ることの出来るハオランには、十分過ぎるくらいの警戒が必要となる。
残された魔力は全て彼に使い切るくらいの心持ちでなければ、足元を掬われてしまう。そうならない為にも、今あるリードを大事にしたかった。しかしそんな彼の思いも届かず、後方から迫るエンジン音と海を裂く水飛沫の音が、徐々に彼を飲み込もうと迫っていた。
「いや〜・・・。これはちょっと厳しいかもしんないねぇ・・・」
不安を抱く彼とは逆に、追う者の意思は鋭い槍のように真っ直ぐで迷いがない。先ずはキングに追い付かないことには話が進まない。彼が何か企んでいるであろうことも考慮しながら、ハオランは能力をフル活用してボードを走らせる。
マクシムも、何としてでも彼にキングへ追いついてもらわなければならない。その為に少しでも彼の足手纏いにならぬよう、最小の動きにとどめ手綱を握る。
ハオランがキングに近づくに連れ、ある程度余裕の出てきたハオランは荷物となるマクシムを振り切ろうと、鋼糸を引き千切らんと行動し始めた。波に跳ね上げられ、飛び上がった隙に身体を回転させ、その鋭い刃のような足技で鋼糸を狙う。
簡単には切断できず、何度も打ち込むハオラン。その度にマクシムの身体は大きく揺さぶられ、海に振り落とされそうになる。潮時を感じたマクシムは、自ら鋼糸を剥がし、自力で進む選択を選んだ。
だが考えもなく諦めたわけではない。ハオランがキングを追い抜けば、再び彼らは衝突する。その隙を突き一気に追い抜いてやろうと目論んでいたのだ。
重荷が無くなったハオランは、水を得た魚のように加速してキングを追いかける。みるみる距離を離していくハオランの背中を見つめ、マクシムは不敵な笑みを浮かべていた。
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