人の好奇心
謎は深まる一方だったが、彼らが取るべき行動は二つに一つ。リヴァイアサンの声に従いこの場を去るか、それとも忠告を無視して穴の秘密に迫るか。どうやらリヴァイアサンには、シンとヘラルトの違いが分かっているようだった。
何故、ヘラルトが文字を書き起こした時に穴が出現し、シンの時にはそれが起こらなかったのか。その違いは、少年が今手にしている筆を走らせればわかる。そして何より、人は好奇心には勝てないのだ。
「ヘラルト、文字を書いてみてくれ!」
「ちょっと!今の声、貴方にも聞こえていたでしょ?嘘を言っているようには思えないわ。素直に従うべきよ」
「書いてみてから逃げればいいじゃないか?最初の時と同じことをするんだ。恐らく何かが起こるとしたら、もう一つ穴が増えるくらいのことだろう。やっと何かを掴めそうな気がするんだ・・・。何もせず退く訳にはいかない!」
シンはこの文字の羅列が、黒いコートの男達やWoFの世界へ転移出来るようになった謎に迫る手掛かりになるのではないかと、思えてならなかった。
そして、未知への好奇心は少年の中にもあった。元より世界の景色を見てまわる為の旅をしていたヘラルトは、様々な神秘や謎を調べるのが好きで、よく噂を聞き回ったり怪文書を集めたりするほどだ。
そんな彼が、精霊ですら見たこともない文字とあらば、調べたくなるのは必然。世界の新たな発見の第一人者となれるかもしれないとあらば、食いつかない筈がない。
「ええ!こんなチャンス、滅多にお目にかかれるものじゃありませんよ!それに、シンさんの言う通り、何かあったらすぐに逃げれば大丈夫ですよ」
そう言ってヘラルトは、手にした筆を走らせ先程の文字の羅列を描き写していく。新たに文字を写生するのではなく、最初に描いたものと同じものを描いていくヘラルト。
もし新たに文字の羅列を写生し、別の事が起きてしまわぬとも限らない。咄嗟ではあったが、正しい判断だった。彼が予想していた通り、突拍子もないおおごとは起こらなかった。
だが、やはりリヴァイアサンが忠告した通り、何ものとも分からぬものを安易に使うべきではなかった。
ヘラルトが文字を描き終えると、最初にあった穴が変化を見せた。突如穴は範囲を広めるようにして拡大し始めたのだ。
「なッ・・・!何ぃッ!?」
同じことを繰り返したのだから、同じことが起こると踏んでいたシン。しかし、その場に新しい穴が現れることはなく、最初の穴に変化が訪れたのだ。
すぐさまヘラルトの襟を掴み、その場を退くように離れるシン。
「何だ?何が起きる!?」
「どうしたの!?早く逃げるのよッ!」
シンとウンディーネが話している内に大きくなった穴は、まるでリヴァイアサンの身体を蝕むように黒く塗りつぶしていた。その拡大は一気に加速し、遠退いた筈のシン達の足元まで凄い速さでやって来た。
行き着く間もなく、シン達はその黒い闇に飲まれようとしていた。だが、突然何か大きなものが突進して来たかのように、シンを宙へと吹き飛ばした。不意打ちを真面にくらい、思うように動けないくなるシン。
痛みに耐えながら、ぶつかって来た何かに視線を送ると、それはシン達をここまで運んできた、翼の生えた白馬だったのだ。
「何ッ・・・!?これは一体どういう事だ・・・!?」
「ねぇ、あの子がいないわ!?」
ウンディーネの言葉に周りを見渡すと、その白馬にはヘラルトが乗っていなかった。何処へ行ったのかと、リヴァイアサンの後頭部の方を見ると、まるで墨でも被ったかのように真っ黒に塗りつぶされた背に、一人足を取られ動けなくなっている少年の姿があった。
「ヘラルトッ!!」
「すっすみません・・・。僕に出来るのは、これが精一杯です。上手いこと逃げて下さい!」
「馬鹿を言うな!すぐに行くから待ってろッ!」
保たれるように積まれていたシンは、何とかして乗り直そうともがくが、馬は大きな音でビックリしたように暴れ、どんどんとリヴァイアサンから遠ざかって行ってしまう。
「いいんです!それより、一つ頼まれてくれませんか?あなた方が助け出したマクシムと言う人。あの人を、エイヴリー船長の元へ連れて行ってくれませんか・・・?」
「・・・分かった。だがすぐにお前も助け出す!だからッ・・・!」
シンが最後まで言葉を伝える前に、ヘラルトの身体はリヴァイアサンの後頭部を覆うほど大きくなった穴に飲み込まれてしまう。少年は声をあげる暇すらなく、瞬く間に姿を消した。
そしてヘラルトを飲み込んだ穴は、その色を薄くしリヴァイアサンの身体を包み込むようにして侵食していく。遠く離れると、その色の違いなどほとんど分からない。だが、確実にヘラルトが解き放った何かは、巨大な怪物と一つになっていく。
「クソッ・・・!やはりアンタの言う通り、何もせず逃げるべきだった・・・」
「後悔してる場合じゃないわ。起こってしまったことは仕方がないもの。それより、一刻も早く離れた方がいいわ。・・・何かよくない感じがするの・・・」
これ以上過ちを重ねることは出来ない。シンには彼女の言う通りにするしか、正しいと思えることがなかった。そのまま少年の残した白馬にしがみつきながら、徐々に高度を下げていく。
しかし、白馬は主人を失い、その姿を保てなくなったのか、身体のあちらこちら崩れ落ちるようにして塵になり始めていく。息を荒立てながら、主人の命を必死に全うしようと、リヴァイアサンの元からなるべくシンを遠ざけるように宙を走る。
そして最後の鳴き声をあげ、道半ばで塵へと変わってしまう白馬。その背から落とされたシンは、そのまま海面に向かって真っ逆さまに落ちていく。
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