怪物の背に

 だが、それが一体どんな仕組みなのか、どうやって作動しているのかさえシンには分からない。呪術というものに疎く、ゲームとしての知識、所謂ステータスダウンや行動の制限、魔力の消失や場合によっては命を削るものもある。


 そんなありきたりなもの。或いは、彼の現実世界にあるような、迷信や噂の中にあるような相手を呪う儀式など、シンの中にある知識はその程度で、何処まで呪術なのか、そもそもこれが本当に呪術なのかさえハッキリとは分かっていない。


 そんな彼の背中を押すように、漠然とした目標に向かおうと思ったのは、ある者の声による助言があったからだった。だが、今彼らが居るのはまさに海の上。他の誰かが居るなどあり得ないことだ。


 ならば一体、その声は誰のものなのか。それは彼らをここまで導いた、ミアの新たな力であり、共に戦う友の声だったのだ。


 「あれが見える?・・・何か凄い力を感じる・・・。とても人のものとは思えないほどの・・・」


 「なッ・・・!何者だ!?どこにいる?」


 「あら、彼女はまだ私のことを話していなかったのね・・・。私はウンディーネ。ミアの錬金術に呼応して姿を得た精霊よ」


 シンとツクヨは、その淡く発光する小さな姿をした、羽の生えた青白い女性を見て言葉を失った。所謂、精霊や妖精という言葉で思い浮かべるような、自在に飛び回る小人そのままの姿をしていた。


 彼らもこのレースで新たな力を手に入れてきた。故にミアの身にも新たな変化があったとしても不思議ではない。しかし、何も語らなかったことから、このWoFの世界へ転移出来るようになってからの経験が一番長いミアは、二人の成長速度と差があるものだと思っていた。


 意図して考えてことはなかったが、これまで彼らに、ゲームでいうところのレベルアップのような現象を迎えたことがなかった。しかし、確実に彼らはこの世界の人々と接し、モンスターや敵対者との戦闘の中で成長している。


 無論、クラスや状況によって個人差はあるだろうが、ミアの錬金術が成長したことで、意思を持つ精霊ウンディーネが生まれたことに、二人は彼女の成長の幅を目の当たりにした。


 そしてウンディーネは、リヴァイアサンの背に仕掛けられた何かに気づいたシンに、あるお願い事をする。それはシンも望んでいたことで、この状況で断る理由などなかった。


 「貴方に頼みがあるわ。私をあそこまで連れて行ってくれないかしら?」


 「ちょうど気になっていたところだ。だが俺の力では、あそこまで登れそうにない・・・。それに俺がいなくても、一人で行けるんじゃないか?」


 「それが出来たらお願いなんかしてないわ。それに、私がミアの元を離れて、自分の意思で別の場所へ向かうには、生きた依代が必要なのよ・・・。未知なら私が作るから任せて」


 二人をマクシムの落下地点まで送り届ける目的を果たしたウンディーネ。それはミアの意思であった為、彼女から離れることが出来たが、本来の宿主であるミアの意思に関係なく何処かへと飛び去っていくことは、ウンディーネには出来ないのだという。


 ミアあってこその、その姿。彼女の意思なくして姿を止めることが出来ないのだそうだ。しかし、ミアの指示になくとも、彼女の心にある二人を助けて欲しいという願いがあれば、対象者であるシンとツクヨを仮の依代とし、ついて行くことが出来る。


 流石にあの場へマクシムを連れたまま向かうことは出来ないので、シンはツクヨに彼をミアとツバキの居る船まで送り届けるよう伝える。彼もそれに了承し、シンとウンディーネがリヴァイアサンの元へ向かったことをミア達に伝えてくると言い残し、ツクヨは来た道を戻って行った。


 彼を見送り、再び目的地であるリヴァイアサンの背を見上げるシン。爆発後の様子を伺っているのは、何も彼らだけではなかった。


 エイヴリー海賊団は一時攻撃を中断、レールガンの次弾装填の準備だけ進め、無闇に煙の中へ向かわせることなく、ロイクの竜騎士隊にも前線から後退させ、船に群がる小型モンスターの排除に専念させていた。


 そして、後方より火矢で怪鳥を作り出し狙撃していたチン・シー海賊団は、爆発後一羽の火の鳥を煙の中へ送り込むも、何かに衝突するような音や形跡もなく、彼方へ飛び去っていった。その後は、これ以上撃ち込んでも無駄になると、船団を前進させる。


 その頃、襲撃を受けていたキングの船団も、エイヴリー海賊団による派手な戦闘に誘われるように、最もダメージを稼げるであろう頭部の方へと向かって来ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る