見えてきた犯人像


 耳を澄まし、音を肌で感じるように動かず、僅かに聞こえる風に草木が擦れ合う音を追うように瞳だけが忙しなく動き回る。暫くして生き物の気配がないことを確認すると、小さな洞穴から身を乗り出すデイヴィス。


 「既に去った後か・・・。何か手掛かりがある筈だ」


 周囲を注意深く観察いていくと、地面の土に何かの足跡を見つける。形状から、四足の生き物らしきものであることが読み取れる。しかし、特別野生の生物やモンスターに詳しい訳ではないデイヴィスだったが、そんな専門的な知識がなくとも、その足跡の違和感に気が付いた。


 彼が殺されそうになった洞穴の近くの地表に刻まれた四足獣の足跡。その歩幅に違和感を覚えたのだ。詳しく知らずとも、大方の足跡のつき方くらい想像がつくというものだろう。


 それがどうにも不自然な幅で、地面に刻まれていたのだ。まるで二足歩行の生き物が、足跡を偽造するかのように。


 「何の動物か分からねぇが、これは・・・野生の動物のものじゃねぇな。何処か見覚えのある・・・親しみのあるこの感じ・・・。これは“人間“がつけたものだ」


 片膝を折り、体勢を低くして足跡をじっくり観察するデイヴィス。そっと地表を触り、指で土を押し込むと地表の柔らかさを確認した。


 地表を凹ませた足跡と土の柔らかさから、それを残した人物のある程度の体重を割り出していたのだ。ゆっくり後ろを振り返るデイヴィスは、自分がつけた足跡と見比べ、その足跡が自身のものよりも深さが浅いことを確認した。


 「俺のものではあまり参考にならんが、沈み方にだいぶ差がある・・・。つまり、老人か女・・・或いは子供のものだ。痩せ細った人物とも考えられるが、そんな者が足跡を偽造できる程体力があるとも思えない・・・」


 海賊のデイヴィスの体格は、成人男性よりも少し筋肉質であるくらいのものであり、そこからだいぶ離れた体重差となれば、ある程度容疑者が絞れてくる。


 例えば、デイヴィスを入り江の洞窟まで案内したハーマンは除外されるだろう。彼はデイヴィス程身長はないが、海賊と戦っているだけの筋肉が窺えた。彼のつけた足跡なら、もう少し深く地表が沈んでいるだろう。


 最後に別れた人物であり、洞窟にデイヴィスを置き去りにした最も疑わしき人物は犯人ではない。だが、老人や女、それに子供は町の中にも複数いた。その中で特にデイヴィスと関わりのあった人物で探れば、更に的は絞られる。


 命令されてやったとなれば話は別だが、ここまで徹底するくらいだ。直接計画した犯人が来たに違いない。


 これまでの聴取や、独自に観察していたことからヒントを経て、デイヴィスはある一人の人物に行き着いた。


 「なるほど・・・。奴ならば動機もあり、ここまで自由に動くことも可能だ。意外な人物ではあったが、残りは直接本人に聞いてみることにしよう」


 十分な証拠を集め、デイヴィスを洞窟で殺そうとし、病について重要な何かを知る人物を割り当てたデイヴィスは、すぐにその人物がいるであろう場所へ、足を運ぶ。


 しかしその道中、騒がしい声を上げながらデイヴィスの名を叫ぶ者達の声が、風に乗って本人の元へと運ばれてきた。息を切らして彼の前に現れたのは、デイヴィス海賊団の船員だった。


 「船長ッ!?こんなところにいたのか・・・!」


 「なんだ?何があった?大人しく診療所にいろと言った筈だが・・・」


 「それなら大丈夫だ。先生から船長に渡した薬と同じものを貰ってる。いや、それどころじゃないんだ!その先生がッ・・・!」


 病を予防する薬を手にした船員は、複数の船員達とその薬を飲み、デイヴィスを探していたのだという。どうやらデイヴィスがいなくなっている間に、スミスが誰にも言わず診療所を抜け出していたらしい。


 彼の不在に気づいたのは、漁師のログハウスを訪れていたアンスティスだった。薬を届け、たらふく料理を味わった後、漁師の男と共に診療所へ帰った少年は、持ち帰った料理をスミスにも食べさせようと彼を探したが、診療所の何処を探しても返事はなく、姿を消していたのだそうだ。


 診療所にいた船員達も、誰一人彼が外へ出ていったところを見ていない。彼が何処かへ出掛けるような話も、誰も聞いていない。不意にデイヴィスの頭を過ったとある仮説。


 スミスは病に冒され、やや細身となっていた。そして町に蔓延する病を調べる為、各所へ赴きに行ったデイヴィスに真実を知られないように殺そうとした。医学を習得している彼は、生き物の生態に詳しくても何ら不思議はない。


 医師であるスミスもまた、デイヴィスを殺す動機があり、その頭脳を持ってすれば偽造工作することも、町の人間を利用し出し抜くことも可能なのだ。


 「まさか奴がッ・・・?いや、ありえない話ではない・・・!医師である奴が、最もこの病に詳しいのは当然のことなんだからな・・・」


 ブツブツと独り言を話し始めるデイヴィス。今起きている事態を大まかに説明した船員が、彼を見て不思議そうな表情をしていると、町の中央の方から別の船員が駆け出して来て、二人にある知らせを届けた。


 「おーいッ!先生が見つかったぞ!・・・ッ!船長も一緒か!すぐについて来てくれ!」


 「どこにいたんだ!?」


 「町の中央付近の細い道だ!説明出来ねぇから急いでくれ!」


 何故そんなところに彼がいたのかは分からない。だが、船員の慌てた様子から、どうやらスミスは危険な状態にあることが伺える。一体彼の身に何があったのか。それを確かめる為にも、デイヴィスは容疑者の一人であるスミスの元へ向かう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る