因果の消失

 気がつけば、船の上は酷い惨状だった。マストは折れ、甲板はまるで沈没船のように穴だらけだった。そして風に靡いて生き物のように揺れ動く炎が、戦闘の激しさを物語るように踊っている。


 「すまねぇ・・・。アンタの船なのによ・・・」


 「心配無用よぉ!俺の手にかかりゃぁこの程度ッ・・・!」


 周囲を見渡し、無我夢中でウォルターと戦っていた戦場が最早修復不能な程損壊していることに気が付くロバーツ。しかし、ダラーヒムは全く気負いする様子もなく、グッと胸の前で両手を握り合わせ、ゆっくり離していくと、両の手のひらの間に紫電を走らせると、船の破損箇所に向けて電撃を放つ。


 するとたちまち、穴の空いた甲板は塞がれ、燃え盛る炎を消し去り焦げた箇所をまるで何事もなかったかのように、綺麗に元通りにして見せたのだ。だが、若干床や壁は元通りとは言えないような気もする。


 「・・・まぁ、錬金術は何もないところから何かを生み出すものじゃぁねぇからな。失っちまったモンは、他の場所や物から拝借してるって訳よ!陸に着くくらいには、十分走れるから安心しろ」


 折れたマストも、少しだけ短くなったものの、元の位置で空に向かって再び立ち上がる。海賊旗はどうやら無事だったようで、船員を呼びロープに括り付けられると、ダラーヒムがロープを勢いよく引き、彼らの海賊旗はマストに掲げられる。


 「さて!俺もそろそろボスの安否を確認しに行かなきゃならねぇんだが・・・。お前はどうする?」


 「あ・・・あぁ、俺も一緒に行こう。デイヴィスをあのままにはしておけないからな・・・」


 ロバーツの了承を得たダラーヒムは、逃げ去ったウォルターとは逆の方へ、船を旋回させて、デイヴィスが襲撃したキングの船を目指し、舵を切る。


 「なぁ。一つ聞きたかったんだが、アンタらはデイヴィスの襲撃を知っていたのか?」


 組織のボスを守る役目を担っているダラーヒム。だが、その守りは一大組織の重役を守るにはやや不十分ではないかと、ロバーツは思っていた。確かに、トゥーマーンの水の結界は厄介だが、海中からの襲撃に対してそれほど警戒している様子もなく、ダラーヒムの船団もキングの船からやや距離がある配置になっている。


 「ぁあ?そうだな、デイヴィスって奴が来るってぇのはボスから聞いてたぜ。だから多少の揉め事が起きても、邪魔するんじゃねぇぞって言われたなぁ・・・」


 やはりそうだったかと、ロバーツは納得した。こうもスムーズに計画が進むなど、どこかおかしいと思っていた。デイヴィスの暗殺計画を知っていながら、それでもキングは敢えて彼に乗り込ませ、人質に取られたのだ。


 奴隷として売られていた者達を買取り、その素性までしっかり調べていたキングは、レイチェルの兄がハウエル・デイヴィスであることを知っていたのだろう。


 だから、本来身寄りの無い者達を、安全な買取手に引き渡すのだが、レイチェルは自身の船に乗せ、どこかの誰かに引き渡そうとはしなかった。家族がいるのならば、家族の元へ帰るのが道理。


 その家庭が、幸福だろうが不幸だろうが関係ない。帰る場所がある者には、帰る場所に連れて行く。キングはレイチェルを、デイヴィスと引き合わせる為に敢えて計画を野放しにしていたのかもしれない。


 キングの元へ戻ろうとしていたダラーヒムの船に、突如大きな物音がした。顔を見合わせた二人が、慌てて音のした方へ走る。ウォルターの手の者の襲撃か。そう疑っていた二人は、そこに居た土埃を払う男の姿に唖然とする。


 「あんれぇ〜?爆弾野郎はもういなくなっちゃったわけぇ〜?」


 「ボスッ・・・!何故ここへ?」


 出向こうとしていた相手が、わざわざ自らやって来ていたのだ。キングは当然、自分の船と船員を危険に晒したウォルターに、お礼をしなければと後を追いに来たことをダラーヒムに伝える。


 そして彼も、今まさに船で起きていた事と、今からキングの船に向かおうとしていたことを伝え、入れ違いになってしまったことを知るキング。船尾の方へ向かい、ウォルターが逃げていった方角をダラーヒムに聞く。


 「この距離じゃぁ届かねぇ〜よな・・・」


 手を伸ばし、キングは能力で引き寄せようとするが、船はとうに遠くへ行ってしまった。だが、二人が見送った時とは違う様子が伺えたのだ。ウォルターが乗り込んでいった船の甲板から、何やら毒々しい煙が発生していたのだ。


 「何だありゃぁ・・・毒か?」


 「毒・・・アンスティス・・・」


 ウォルターを乗せた船が、自ら毒を焚くなど考えられない。それならば毒の煙が発生している理由など、ロバーツの中では一つしか思い当たるものがなかった。多彩な薬品を扱い、癒しも苦痛も与えることの出来るアンスティスの能力。


 そして毒を扱う者は大抵、その対策や自ら毒を吸い込んでしまった時の為の解毒を用意しているもの。つまり、彼はまだ生存しているということだ。自身の責務を全うし、獣を野に放ってしまった贖罪としよとしている。


 ウォルターが運ばれた船に乗り込んだ彼は、悪鬼の獣を炙り出すため、自らはその網にかからない薬を服用し、毒を焚いた。毒は目に見えるよりも早く船を覆い尽くしていく。


 彼のいる船尾の方では、既に声も上げられず苦しそうに悶え死ぬ目に入る船員が何人か出ている。毒は潮風に攫われ、遠くへは広がらない。ピンポイントでウォルターとその側近達のみを殺すことが出来る。


 物音を立てないように、静かに船内へと侵入するアンスティス。中は不自然なほどに薄暗く、音もない。怪我をしている筈のウォルターを手当てする為にも、灯りは必要なはずだ。


 何処か灯りのついた部屋はないかと、毒に満たされていく船の中を進むアンスティス。すると、他の場所よりも僅かに光の灯った部屋を見つける。炎の揺めきのように安定しない光から、意図的に電気による灯りではなく、蝋燭やランタンといった類の灯りを用いている。


 中を覗くと、そこには椅子に座りぐったりとしたウォルターがいた。不安定に揺れ動く火の光で不気味に照らされるその表情は、眠るように目を閉じている。


 ウォルターの姿は確認できるが、それ以外のものが暗くて把握できない・普通に考えれば、明らかにこれは罠だ。暗闇に何者かが潜んでいるとも限らない。


 すると突然、眠るように動かなかったウォルターが、アンスティスの気配を察したのか彼に向けて言葉を投げかける。


 「どうした、入れよアンスティス・・・」


 視線は迷うことなく、部屋の入り口に隠れるアンスティスの方を見て離れない。このまま隠れていても仕方がないと、彼はウォルターの挑発に乗るように部屋に入っていく。


 「俺を殺しに来たか?」


 「俺は・・・責任を果たしに来た」


 落ち着いた様子で話し始めるウォルター。だが、こうしている間にも、船内には彼の毒が広まっていき、その効果を強くしていく。それこそ肉眼で確認できるようになる程に。そしてウォルターは、意外な言葉をアンスティスにかける。


 「お前が来るだろうと思ってたよ・・・」


 「ッ・・・」


 「デイヴィスを殺し、感情的になって俺を追ってくるのは、ロバーツの奴かお前くらいなもんだ。・・・だからよぉ、お前をもてなす準備も出来たんだぜ?」


 ウォルターの言葉に、周囲へ視線を送るアンスティス。入り口からでは分からなかったが、やはり部屋には数人の船員達が隠れていた。それも、毒が効かないように、頭にガスマスクのようなものを被っている。これが彼をもてなす準備と言っていたものだろう。


 そしてウォルターもまた、初めから手にしていたのか、マスクを顔に当てる。


 「揃いも揃って隙だらけで助かるぜ。・・・じゃぁな、アンスティスの旦那よぉ」


 その言葉を皮切りに、影に隠れていた者達がアンスティスの身体に、極度の氷塊のように冷たい鋭い鉄の塊を突き刺した。

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