爆炎に燃ゆる船

 彼らの間の戦を決定づける足音は、大きな轟音と鉛の雨と共にやって来る。キングの船団を囲う防衛陣を抜け、全速力で向かって来た海賊船の群れが、一斉に砲撃を開始したのだ。


 幾つかの砲弾が海面に落ち、激しく波を立てることで彼らを乗せた船が左右に大きく揺れる。ウォルターは依然として、素早く軽やかな身のこなしで飛び回り、足場が揺れようと関係ない様子で攻撃の手を緩めることなく、二人を襲う。


 「漸く来たか・・・。アンタともこれでお別れだ、アンスティス。俺からのせめてもの礼だ。命までは取らねぇでいてやるよ」


 「もう逃げ切れたつもりでいるのか?自信過剰なのは変わらないな・・・」


 「それもこれも、健気に頑張るデイヴィスのおかげさぁ!キング自身の追手を防げているのが、何よりも大きい。必死に生きようとすればするほど、俺を助ける結果に繋がるんだからなぁ」


 ウォルターはデイヴィスがキングに対して、その強力な能力を封じる手段を用いることを知っていた。アシュトンの用意した潜水艦で静かに姿を晦ますのも良かったが、キングが本来の力を発揮できないのなら、わざわざこそこそする必要もないと余裕を見せたのだ。


 「彼へのこれ以上の侮辱は許さんぞ、ウォルター・・・」


 「俺だってアンタに、これまで数え切れないほど尽くして来たじゃねぇかよぉ。そこには目を向けてくれねぇのかぁ?」


 「どの口がッ・・・!裏切ったのはお前だろ!」


 徐々に声のボリュームが増してくるアンスティス。表立って敵と戦闘をしてこなかった彼は、ウォルターの口車に乗せられ調子を狂わされようとしていた。


 そんな様子を伺っていたダラーヒムが、彼が組織内で経験したことや、見て聞いてきたことを踏まえながら、アンスティスを落ち着かせる言葉を紡ぐ。組織の規模で言えば、彼らの方が圧倒的に規模が大きく、その分だけ裏切りや様々な計略を経験してきたからこそ、その言葉には重みがあった。


 「よせ、相手にするだけ無駄だ。アイツはそれだけの覚悟を持って裏切ったんだろ。なら、どんな言葉をかけようと何をしようと、揺るがないし変わらねぇよ・・・」


 親友を見殺しにされたデイヴィスへの復讐心だけで、これまで誰にも気取られることなく内なる炎を燃やし続けてきたウォルター。ダラーヒムの言う通り、そこまで一心に貫いて来たこの男が、今更どんな言葉で慰めようと咎めようと、変わることはないだろう。


 本当はアンスティスも理解していた。だが、ウォルターを前にして感情を制御できなかったのだ。彼とて、恩人を目の前で失おうとしていたのだ。この戦場に向かうまでの間に、直接話をしたから尚更気持ちが揺さぶられたのだ。


 アンスティスは彼の話を聞き、焚き付けられた気持ちを抑えると、懐から錠剤ケースを取り出し、幾つかの薬剤を口に放り込んだ。気持ちを落ち着かせ、精神を安定させる。それと同時に、失った魔力も取り戻し始めた。


 連続した錬金術で魔力を失ったダラーヒムにも、彼が調合した薬を手渡し回復させる。耐久力で言えば、彼らの方が圧倒的に有利。魔力の戻ったダラーヒムは、魔力切れの心配をすることなく錬金術を存分に発動し、ウォルターの爆弾や降り注ぐ砲弾から船を守り続けた。


 彼らの奮闘が身を結んだのか、ウォルターに援軍が来たように、男の足止めをする二人の元にも、もう一人の増援が到着する。


 「アンスティスッ!良かった、無事だったか・・・」


 「ロバーツ!」


 流石に三人も相手にするのは骨が折れるのか、ウォルターは小さく舌打ちをし眉を顰める。脱出の為の船に飛び移るにはまだ距離がある。それに船が近づけば、間違いなくアンスティスとロバーツは追ってくるだろう。


 彼らの追手を振り切らなければ、デイヴィス殺害の報復で追われ続けるハメになる。因果はここで断ち切らねばならないと、ウォルターは標的をダラーヒムからアンスティスとロバーツに絞り、爆撃を開始した。


 見えない爆弾に比べ、圧倒的な手数で力押しを図る。アンスティスにもロバーツにも、それを捌くだけの能力はない。ある程度は避けられるが、何度か危ない場面が訪れる。


 その度にダラーヒムは床に触れ、彼らの足元の床を鉄の壁へと変え、遮蔽物を作り二人の窮地を救う。猛攻の合間にウォルターは、いくつもの不可視の爆弾蜘蛛を四方八方から彼らの足元へ向かわせる。


 しかし、物陰に隠れたと思われた爆弾蜘蛛は、遮蔽物から出るとその姿を現していたのだ。これこそアンスティスが張り巡らせていた計略。事前に周囲の床に薬品を染み込ませ、ゆっくりと熱で気化させていたのだ。

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