友軍の海賊達

 それまでのレースの過程が嘘のように、静かな大海原を心地の良い風に煽られながら小さな船の帆を押し進める。彼らを乗せたその船は、ゆっくり着実と計画を実現させる為の地へと近づく。


 それぞれが抱える気持ちは違えど、大きくその心境を変えているのは、計画を実行する二人。シンとデイヴィスだ。アサシンのクラスとして、暗殺のクエストをこなすことは何度かあった。だが、こちらの世界へ転移してからというものの、バレずに目的を達成するという行為はこれで二度目。


 こちらの世界で命を落とせば如何なるのか。実際にその目で見た訳ではないが、現実世界でこちらの現象について調査を行ってくれている、アサシンギルドの白獅から“サラ“というユーザーの消失を確認したとの報告を受けた。


 彼女もシン達のように、WoFの世界へ転移することが出来るようになり、状況が分からず戸惑っているところを白獅達アサシンギルドによって保護され、彼らの調査へ協力をしていたのだそうだ。


 要するに、その“サラ“という人物は、シン達と同じ境遇にあった先輩ということになる。しかし彼女は、シンがWoFの世界へ転移出来る様になった後、最初に直面した世界の異変を乗り越え、現実世界へと帰還する少し前に消息を絶ってしまった。


 白獅ら、アサシンギルドの面々に案内され、アジトで見せられたものは、彼女の過去のデータだった。台の上に横たわる彼女は息をしておらず、動くこともない。所謂立体のバーチャル映像として、彼らの目に視認出来ているに過ぎず、肉体は失われている状態にあった。


 その後、彼女が如何なったのかは聞かされていないが、シンはそれを知りこちらの世界での“死“が、現実の世界で“消失“という形で反映されたのではないかと考えるようになった。


 彼女は一体どこへ行ってしまったのだろう。文字通り肉体諸共存在が消滅してしまったのか。或いはWoFの世界のように、別の世界へと送られて行ったのか。なら、それをしている目的は何なのか。誰によってそんな事が為されているのか。


 デイヴィスの計画が失敗し、命を落とすことになれば自分達も彼女のように、現実からもWoFの世界からも消滅してしまうのだろうか。聖都でのことを口外されれば、そんな恐怖が四六時‬中付いて回るのかと思うと、流石に身震いが起きた。


 「どうした・・・不安か?」


 シンの様子に気付いたデイヴィスが、彼の肩に触れ声をかける。命の心配があるのはデイヴィスも同じことの筈なのに、彼はシンを気遣ってくれているようだった。これから死ぬかもしれないというのに、恐怖はないのか。


 デイヴィスに今の心境を聞こうとしたシンだったが、自分がまるで恐怖に飲み込まれそうになっているのを悟られるのが恥ずかしくなり、計画に加担する者達のことを彼に尋ねた。


 「なぁ・・・。アンタに力を貸す者達は・・・アンタの“仲間“なのか?」


 彼は少し考えるような素振りを見せながら、計画に協力する決断を下したシンにちょっとした身の上話と、協力者達のことについて話し始めた。


 「・・・“元“・・・な。俺はキングが人身売買に通じていることを知ってから、奴への怒りや憎しみに囚われ、海賊団というものを疎かにしちまった。俺の私念にこいつらを巻き込む訳にはいかねぇと思って、俺は船を降りて一人で活動するようになった」


 元々仲間だった者達が、デイヴィスのキング暗殺計画に手を貸してくれるということなのだろうか。それならば彼は、余程仲間達から慕われていたのだろう。身勝手な理由で袂を分かてば、赤の他人と割り切るのが普通。ましてや海賊稼業ともなれば、その者から情報が漏洩しないとも限らない。


 生かして向かわせる方が稀なのだ。それだけ彼らの間で絆が生まれていたのだろう。この時シンも心の中で、もしこんな世界の異変を調べるなんてことを止めたいと言ったら、ミアやツクヨは納得してくれるだろうか。自分の主張を通してくれるだろうかと考えていた。


 「シンプソンにアシュトン、トマス・アンスティスに親友のロバーツ・・・。それにアンスティスのもとにいたジョン・フィリップスなんかは最近頭角を現してきた海賊でな・・・。政府と繋がってる連中では、クリストファーやエヴァンズ、ローにロウザーにスプリッグス・・・。奴らも政府へ成果を上げようと力を貸す筈だ」


 想像していた以上の名前が、彼の口から語られた。正直なところ、一海賊が集められる勢力などたかが知れていると侮っていたシンは、その人名の数と戦力の多さに少しだけ気持ちが楽になった気がした。


 だが、彼のそんな安堵を吹き飛ばすようにデイヴィスは現実を突きつける。


 「・・・だがこれだけいても、キングを抑えられるかは正直分からねぇ・・・。レイドの最中に襲撃するんだ。勿論レイドのモンスターからの攻撃も警戒しなきゃならねぇ。奴を相手にそんな器用な事が出来るのか不安だぜぇ・・・」


 「そんなに居ても分からないのか・・・。キングの組織は相当なもんなんだな・・・」


 分かっていた事だが、それだけの数の海賊団を並べられて、シンはそれぞれがグレイス海賊団程の規模を想像していた。それが今、彼の口から語られた海賊達の名前の数だけ船団を連ねても抑えられないキングの組織とは、一体どれ程のものなのか想像がつかない。


 「その内の何人かは途中で合流する手筈になっている。護衛を務めてくれる筈だ。レイドの会場までは安全に迎えられる・・・。アンタは潜入の準備に集中してくれれば良い」


 それを聞いて恐怖心が和らいだシンは、自分がすべきことに集中する為、気を使ってくれたデイヴィスにお礼を言うと、船内へ篭りツバキと共にボードとの再調整を始めた。

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