死期の足音

 息を切らし追い詰められたロロネーは、ハオランとツクヨから逃れるように船内へと駆け込み、身を隠す。吐血した口で、酸欠になる体内へ目一杯の酸素を送る。喉を通る空気が僅かに血の味を感じさせる。


 死ぬ筈のない身体を手に入れたロロネーだが、その肉体が受ける怪我や苦痛はダメージとして伴ってしまう。要するに、痛みはあるが死ねない身体という表現が適切だろう。


 「しッ・・・死ぬ・・・?そんな筈は・・・。だがこの苦痛は何だ?まるで・・・」


 ロロネーが自分の身体に起きている異変に気づき、ローブの男から授かった力を疑っていると、追って来たハオランとツクヨが船内へ飛び込んで来る二人分の足音が聞こえる。


 思わず息を殺し、船内に響く足音に意識を集中させる。何処に隠れたか分からないハオラン達より、音をヒントに二人の接近を待ち伏せるロロネーの方が、立場としては有利だ。


 共に入って来たような足並みの揃った足音は、一度止まると二手に分かれたのか、聞こえてくる二つの足音に違いが生じる。一つはロロネーから遠く、もう一つはロロネーに少しずつ近づいているように思える。


 止めていた息をゆっくり吐きながら、音や気配を悟られぬよう息を整えると身体を静かに霧へと変えていき、周囲に立ち込める濃霧に溶け込んで闇討ちを仕掛けようと試みるロロネー。


 頭部が霧化してしまうと視界を失うロロネーだったが、意識を目に集中させる時間さえあれば、霧の中から相手に見つかることなく周囲の状況を見ることが出来る様になる。


 真っ暗な視界が徐々に晴れていき、ロロネーに迫る音の主とその周辺の様子を映し出す。先に近づいていたのはツクヨの足音だった。彼もまた、息を飲んで忍足になり、音を立てないように周囲を見渡しロロネーを探している。


 濃霧の中を移動し、探索するツクヨの背後に回ったロロネーは、上半身だけを濃霧の中から実体化させていくと、身体と同時に姿を現した剣を握り一気に振り抜いた。


 しかし、後ろに目でも付いているのかのように、突如身をかがめロロネーの一閃を躱したツクヨは、振り向き様に布都御魂剣で切り上げる。咄嗟に振り抜いた剣を戻し、ツクヨの剣を受け止める。ロロネーの戦闘における咄嗟の判断は、幾つも修羅場を乗り越えて来たからこそ身についたセンスなのかもしれない。


 「うッ・・・!何故気づかれた?音も気配も殺していた。人間に俺の動きを読める筈がないッ・・・!」


 ふと、ツクヨの顔を見ると、そこでロロネーはあることに気付く。それは彼と刃を交えていた時から見せていたツクヨ独特の戦闘スタイルで、目を閉じ視界で捉えられぬものを瞼の裏に映し出すものだった。


 「私に不意打ちは通用しない。姿を現したのは失敗だったなッ!」


 防がれていた剣を弾き、素早い剣捌きで霧に消えるロロネーの上半身を斬りつける。するとその傷口から血飛沫や流血といったものではなく、赤い霧のような靄が噴き出す。これはロロネーの霧化の影響だ。血が身体の外に出ると、男と本体と同様霧状となり、赤黒い靄が現れロロネーの能力で発生している濃霧よりも視界を妨げる。


 背後を突き始末する筈が、逆に不利な状況に追い込まれ、距離をとり体制を整えようと自らの血で生み出された目眩しの後ろへと姿を消す。当然チャンスを逃すまいと追い討ちをかけにくるツクヨ。


 ただ消えたのでは逃れ切れないと学習したロロネーは、同じ轍を踏まぬよう射程距離から十分に外れる位置まで下がる。空を切るツクヨの斬撃を尻目にその場を去り、探知に優れた能力を有するツクヨを後回しにし、彼と共に乗り込んで来たであろうもう一つの足音を追うロロネー。


 途中までロロネーの気配を見ながら後を追いかけていたツクヨだったが、狭い室内という場所が障害となり、ロロネーを見失ってしまう。反対側に向かっていたもう一つの足音は、向こう側を探し終えたのか向かっていくロロネーの方へ近づいて来ているようだった。


 勢いを緩め、ツクヨの時の失敗をしないよう気配を濃霧の中へ溶かし、静かにハオランへ忍び寄る。趣向を変えたロロネーは、真っ先に斬りかかるのではなく、投擲をしてハオランがどの程度こちらの動きを探知できているのかを伺う。


 投げ放たれたナイフは、彼の身体に命中しようかというところで、それに気づいたハオランが蹴りでナイフを弾き飛ばす。ロロネーが近くにいるのだと悟ったハオランが警戒体制へと入り、これまで以上に周囲に気を張るようになってしまった。


 だが、姿が見えないことをいいことに、ロロネーはハオランのいる室内に過去の盗賊クラスの時に使っていたトラップを仕掛ける。そして準備を整えると、自らの手でトラップを作動させる。


 一つ目のトラップが作動し、ハオランに向けてナイフが放たれる。それを合図に室内の各所に仕掛けられたトラップが作動し、規則正しいリズムで無数のナイフがハオランヘ襲いかかる。無論、このようなチープな仕掛けではハオランを追い込むには至らない。それはロロネーも分かっていたことだ。


 ナイフを捌くのに集中しているハオランの隙を突き、片腕を床から突き出し彼の足を掴む。突然の感触に首を下に向けた隙に、ハオランの背後から斬りかかる。僅かに剣先が彼の身体に触れる。


 驚くことに、全身に意識を集中させていたハオランは、攻撃が触れた瞬間に回避を行い、擦り傷程度で済ませると、まさか避けられるとは思っていなかったロロネーに回し蹴りをお見舞いする。


 剣を振り抜きバランスを崩したところに、ハオランの強烈な蹴りが直撃する。透過や霧化が通用しない二人の攻撃に苦戦するロロネー。畳み掛けるように追い討ちを放つハオラン。連続した足技をもらい、最後の一撃でロロネーの身体は壁へと叩きつけられ、室内に水蒸気が噴出しその姿は消えた。


 再び何処かへと消えたロロネーであったが、二人から受けたダメージは着実にこの男を死地へと追い込んでいた。どちらへの奇襲も上手く行かず、ただ負傷を負わされるだけに終わったロロネーは、別室で倒れ込む。


 「クソッ・・・!こんな筈では・・・。何者にも負けぬ力ではないのか!?あの男・・・俺を・・・」


 ロロネーが起き上がろうと必死に床を手で押し、身体を持ち上げているのを一つの影が静かに眺めていた。

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