未開のカード
僅かに残る蒸気の熱を帯びた足で、一度だけ空振りの回し蹴りを行い纏わり付く熱を冷ます。そして片足立ちになり、足技を繰り出そうという構えをとるハオラン。
対して、身の回りに剣をくるくると回転させパフォーマンスのような剣捌きを疲労すると、ゆっくり自らの肩に剣身を乗せ、挑発するような余裕の態度をとるロロネー。
互いに初手の出方を伺った二人の男達は、初めの睨み合いの時と同様に短めの一息をつくと、再び嵐のような戦いを繰り広げる。
素早い足技から放たれる斬撃のような衝撃波が、かまいたちのようにロロネーを襲う。恐れることなく嵐の中へ飛び込んで行ったロロネーは、今度は頭部に攻撃を貰わぬようある程度ハオランの衝撃波を選定し、自ら当たりに行くような挙動を見せる。
避けきれないと判断した衝撃波を自ら迎えに行くことによって、当たりどころを自分で選択していたのだ。打ち消せるものは剣で振り払い、避けれるものはその奇怪な能力による身のこなしで躱し、みるみるその距離を詰めていく。
ハオランも戦闘のセンスがズバ抜けていたが、ロロネーのその判断力とスキルの器用な使い方からは、彼にも負けぬ戦闘経験とセンスが感じられる。これなら何も、人間という器を捨てなくとも、いずれチン・シーやハオランにも追いつけそうなものだと、ツクヨは二人の戦いを見て感じていた。
それなのに何故、その才能を捨てるようなことに手を染めたのか、ツクヨには理解出来なかった。生まれ育った環境や、携わってきた者達との関係性で人の性格や思い、考え方は幅広く変わるもの。その中には当然、その人物が関わらないであろう性格や思想を持った者達というものが必ず存在する。
故にその者達の考え方というものは交わることはなく、理解し得ないことなのかもしれない。本当の意味で理解するには、同じ環境下で同じ育ち方をして来なければ分からないだろう。
無論、生まれながらに道徳など持ち合わせぬ者もいるだろう。そして人としての心を持ち合わせていながら、他者によって壊されてしまう者もいる。悪の中には、それに至る真と理があり、過程と結果が存在するのだ。
ハオランへの距離を詰めたロロネーが、一瞬衝撃波に気を取られた時、彼の姿が何処かへと消えていた。それは二人の戦いを見ていたツクヨにすら確認出来ない程の一瞬の出来事。
辺りを見渡したロロネーが見つけたのは、足元に僅かに陰る人影のようなもの。ハオランは瞬きするような僅かな一瞬の間に、上空へと飛び上がり素早い蹴りをロロネーのいる位置とその周辺目掛け、槍の突きのように何度も撃ち放つ。
その足先からは光弾のようなものが放たれ、雨霰のようにロロネーへと降り注いだ。あまりにも勇ましい攻撃の範囲に、床に倒れていたツクヨも思わず身構えをする程だった。
大砲の弾かと思わせるほどの光弾が降り注ぐ中、踊るようなステップで軽やかに避けていくロロネーが不適な笑みを浮かべていた。
「フッ・・・。おいおい、空中で俺と戦おうってかぁ!?・・・最初の判断は良かった。だがこの選択にはガッカリだ」
両腕を広げハオランを挑発するロロネーが、やれやれといった様子でガックリと肩を落とす。この男の言う最初の判断とは、霧化するロロネーの能力を踏まえ、頭部を狙った攻撃のこと。
そしてガッカリしたと言うのは、空中という人間にとって身動きの制限される環境下に身を置いたという選択だ。ツクヨと船員達との戦いで見せた通り、ロロネーには身体を霧に変えある程度の飛行をも可能にしていた。
つまり空中では圧倒的にロロネーに分があるということだ。それをハオランが知っていたかどうか定かではないが、ロロネーの霧化を読めた彼にしては痛恨のミスだ。いくら武術に優れていようと、その力は足場のあるフィールドでのこと。
空中ではせいぜい身体に捻りを加えたり、回転を使った勢いを使うくらいのものだろう。ロロネーの言葉には一理ある。視野から外れる為とはいえ、何故飛び上がったのかとツクヨも彼の身が心配になっていた。
「なんだ、宙での踊りは嫌いか?折角招待してやったというのに・・・」
「・・・戯言を・・・。後悔するなよ?」
危機的状況において、ロロネーを挑発するような余裕の発言をするハオラン。彼には何か考えがあるのだろうが、その挑発はロロネーの中の猛獣を逆撫でしてしまったようだ。
「ヴァプール・・・モンテッ!」
ロロネーは自分の下半身で水蒸気爆発を起こし、光弾降り注ぐ中をハオランのいる上空にまで昇って来た。その軽やかな動きは、まるで空を自在に飛ぶ鷹のように無駄のない軌道で最短距離を上がって行った。
そしてハオランの下から迫るロロネーは、手にした剣で彼の背後へ周り背中を斬りつけようとする。するとハオランは空中で上体を反らして反動をつけると、勢いをつけて前転しロロネーの剣を蹴り上げる。
身動きの取れない筈の空中で、大したものだと感心するロロネー。跳ね上げられた腕をそのまま利用し、回転するハオランの高さで止まると、回って来た彼の上半身目掛けて剣を振り下ろす。
ここまでだ。いくらなんでも空中でこれ以上の行動は人間には不可能。回転する身体の勢いを止めることも戻すことも出来ない。このままロロネーの一撃をもらう未来は、変えようがない。二人の戦いを見ていた誰もがそう思っており、ロロネーも確信していた。
しかし、ハオランの身体は突如下方へ向かって加速したように見えた。ロロネーの振り下ろした剣は彼に命中することなく、落ちていくハオランをただただ見送る形となったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます