両断する剣と穿つ拳
可能であれば避けたかった展開。それが恐怖から来るものなのか、計画の破綻を認めたくない思いから来るものなのか。ロロネーの足は本人の意思とは関係なく、ハオランから距離を取ろうとしていた。
数歩下がったところで、自らのプライドを傷付けんとする身体を静止し、敗北や屈辱といった負の感情が表に出る前に踏みとどまる。
「ハオラン・・・。なんてことだ・・・本当に戻ったとでもいうのか?正気を保ったまま、精神崩壊も起こさず・・・。やはりあの女に近づけるべきではなかった。ここまで精巧な能力だったとはな」
ロロネーの計画では、ハオランをチン・シーに会わせたところで、最早彼の魂が肉体に戻ってくることはなく、仮に戻ったとしても重度の精神異常を來し、二度と元の生活には戻らない筈だった。
最優の部下の喪失に、万策尽き絶望するチン・シーを捕らえてやろうという計画だったのだが、彼女のリンクは見事ハオランの魂と精神を崩すことなく救い出した。それは偏に彼女の能力が優れていたからというものではなく、必死に抗おうとし続けたハオラン自身と、シンによる協力のおかげだった。
「己の力に溺れて見縊ったか?貴様が人間を捨てたところで、我らには到底追いつけなかったと・・・。今度こそあの世で後悔するんだな、フランソワ・ロロネー!」
鬼のような凄みのある形相でロロネーを睨みつけるハオラン。自身への屈辱と味方を手に掛けるよう仕向けた卑劣さ、そして何より主人であるチン・シーに危害を加えたこと、加えさせたことが彼の中で怒りとして紅蓮の業火を滾らせた。
「ハオラン・・・奴には攻撃が・・・当たらないッ・・・。例え属性をエンチャントしていたとしても、奴は霧の能力で避けてくる・・・。消耗戦に持ち込む他ないかもしれない・・・」
亡者達の主人は、そこらを飛び回る亡者のモンスターとは違う。それはツクヨの攻撃でも証明されている。透過を無視していたツクヨの布都御魂剣による攻撃を、ロロネえーは自身の身体を霧状にすることで触れることなく回避していた。
ロロネーがミスを犯さぬ限り、奴に攻撃が当たることは考えられない。ならばこの男に魔力を使わせ、疲労させる中で隙を作るしかない。それはロロネーと対峙したことがあるハオランも承知の上だろう。
だがどうしてだろうか。今のハオランを見ているとそんな時間のかかるような戦法など取らなくても、何とかしてくれるのではないかという期待や希望にも似た感情が湧いてくる。
「大丈夫ですよ、ツクヨさん。奴の能力については私も知っています。それに・・・奴から受けたこの屈辱は、奴の身をもって償わせてみせます・・・」
何とも心強く、そして彼ならば本当に実現してくれるという気持ちにもなった。しかし彼の表情を見ていると、どこか恐ろしいという感情にもさせられた。ハオランの中で燃え沸る怒りが、一体どれほどのものなのか、今のツクヨには想像も出来なかった。
後退する足に鞭を打ち、踏みとどまったロロネーに向けて歩き出すハオラン。それを見たロロネーも、向かってる彼を正面から迎え撃つように、今度は足を前へと進ませる。
「当初の予定とは大分変わっちまったが、計画に変更はねぇ。邪魔者がいなくなった分、後は奴を押さえ込んじまえば何ら問題はねぇ。差しの勝負ならまだ十分に可能性はある。殺しちまわねぇかが心配だがな・・・」
互いの距離が縮まり、間合いでは剣を持つロロネーに部がある。男が腕を伸ばし、剣先を向ければ届くかというギリギリの距離で、足を止めるハオラン。そしてそれに合わせるかのようにロロネーも止まる。
「覚悟はできているか?」
「それはこっちの台詞ぜぇ。注告してやるよ。自分の力を過信し過ぎないことだ。今の俺ぁお前よりも強いぜぇ?」
ロロネーの言葉に小さく鼻で息し、軽く肩を落としてすました顔をするハオラン。眉を上げ、細かく頷きながら男を挑発するように戦闘前の最後の台詞を吐く。
「覚えておこう。まぁ・・・覚えていられれば、だがな」
暫しの沈黙と、互いに逸らすことのない視線を混じ合わせる。そしてまるで事前に打ち合わせでもしていたかのように、同時に動き出した二人の男。片やデストロイヤーの力を押し退けた男の剣。もう片方はミアの起こした大渦潮を、衝撃波のみで制圧した男の拳。
何者をも両断しそうな勢いで振るわれたロロネーの一閃を躱し、ハオランの槍のように鋭い拳が男の身体を射抜く。だがツクヨとの戦いで見せた霧化で、拳の命中する部位だけを器用に霧に変える。
瞬時に身体を回転させ、次の攻撃へと移行する前にハオランは回し蹴りをロロネーの頭部へと放つ。追い討ちを仕掛けようとしていたロロネーは、彼の素早い状況判断に感心させられる。
後ろへ頭を引いてハオランの回し蹴りを躱すロロネーだったが、既にもう片方の足による第二撃目が男の頭部を狙っていたのだ。流石にこれ以上は体勢を変えての回避は不可能と判断したロロネーは、頭部を霧に変え彼の攻撃をやり過ごす。
二連撃の蹴りを躱されたハオランが床に手をつくと、そのまま逆さまの状態で両手を器用に動かし、まるでシン達の現実世界にあるブラジルの格闘技、カポエイラのような動きで今度はロロネーの胴体へ、遠心力の乗る鋭い刃の如き蹴りを振るう。
ロロネーがハオランの戦闘センスに感心させられたのは、その攻撃を与える箇所の順番にあった。初めに頭部を執拗に狙うことで、避けきれなくなったロロネーは霧化をせざるを得なくなる。
当然、頭部をそっくりそのまま霧に変えてしまえばロロネーの視界も奪われることになり、ハオランの閃光のように速い攻撃を視認出来なくなる。そうなれば、どこに攻撃が飛んでくるか分からなくなるロロネーは、より魔力を使う全身の霧化を強いられる。
相手に選択肢を与えない、ハオランの怒涛の攻撃を受け、止むを得ず全身を霧に変えようとするロロネーだったが、男の判断よりも先に彼の蹴りがその身体を擦めていった。まるで剣先が触れたような切り傷を負うロロネー。
辛うじて後退するロロネーと、体勢を戻し何故か追い討ちをやめて立ち上がるハオラン。すると彼の足は、炎の中を切り裂いたかのように僅かに焦げていたのだ。その様子を見て、笑みを浮かべるロロネー。
「驚いたかよ?俺の霧は、ただ避ける為の能力ってわけじゃぁねぇのさ・・・」
無言で自身の焦げた足を見るハオラン。霧とは水蒸気が凝結し、無数の微小な水滴が大気中に漂っているもの。ロロネーはその温度すらも、自在に操れていたのだ。
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