目覚める武神の拳

 黒く塗り潰されたシルエットから姿を現したハオランは、その身体と同様心も取り戻し、暗い過去に囚われていた魂を解放する。暗雲の立ち込めていた彼の中の世界は、恩人であるチン・シーの手によって晴れ渡り、再び立ち上がらせる。


 「さぁ、もう大丈夫だな?」


 彼女の言葉が深く染み渡る。ハオランは自分の過去を忘れたことなど、一度もなかった。他の兄弟達や先代の者達に比べ、才能もなくただ弱かった自分のせいで全ては崩壊した。


 無論、子供だった彼が守られるべき存在であったのは変わり無い。そしてあの時の彼に出来ることなど何もなかった。努力ではどうしようもないこともある。両親だってそれを理解していた。


 それでも、例え一族の歴史に幕を下ろしたとしても、愛する子の未来を守りたかった。何が正解だったかは分からない。だが、時代と共に人々の考え方というものは変わっていくもの。変わらなければ同じことを繰り返すだけだから。


 そしていつも衝突は起こるのだ。変わる者達と、それを拒む者達。ただその節目に出会してしまっただけのこと。歴史や時代の流れに比べれば、誰も知る由もないちっぽけな一族の消失。しかし彼にとってはそれが全ての始まりだった。


 「はい・・・大丈夫です。もう弱いだけの・・・何も分からず何も出来ず、守られるだけだったあの頃とは・・・違うッ!」


 チン・シーのその手に引き上げられ身体を起こすと、本調子を取り戻したハオランと彼女で、彼の中に入り込んだ魂を追い出していく。


 元の身体の持ち主である彼の魂は、他人に入り込んだ魂達とは比べものにならない個の力を持っている。ロロネーによって霊魂を送り込まれた時とは違い、今回は一人じゃない。


 一緒に戦ってくれるチン・シーの魂と、外からサポートをしてくれるシンのスキルがある。二人の息のあった連携は、瞬く間に魂を消滅させていく。次第に彼の本体である身体自体にも変化が起き始める。


 彼を拘束していたシンのスキルが次第に弱まってくる。魔力が限界に達しようとしているのが、他の者からでも分かるほどシンの疲労が著しくなる。だが、彼のスキルによる拘束が弱まるのと同時に、ハオランの身体はシンのスキルに抗わなくなる。


 シンの“操影“に身体を任せ、自身は魂を祓うことに専念していたのだ。ある程度の量をハオランの身体から取り除くと、リンクの時間切れを悟ったチン・シーもまた、彼の中から抜け出す準備を始める。


 「時間だ、妾はここまでだ・・・。後は一人で行けるな?」


 彼女の問いに、彼は静かに力強く頷く。その瞳を見つめ彼を信用するとチン・シーはリンクを解除し、ハオランの中から出て行った。彼女が自分の身体に戻って来ると、意識を取り戻し暫くぶりの呼吸を再開する。


 「あぁ・・・しまった。また後先考えずに・・・ここは一体・・・?」


 ゆっくり咳をしながらも呼吸を整える。そして自分が倒れている場所を確認すると、どうやら彼女は誰かの上に倒れて、気を失っているようだった。そして彼女と入れ違いになるように、下敷きとなっているその者は意識を失った。


 「シン・・・?お前、妾を庇ったのか?・・・!?おいッ!しっかりしろ、何がッ・・・?」


 チン・シーがハオランにリンクしている間、彼女の身体を支えながらハオランの動きを封じていたシン。その様子が一変し、今はかなり衰弱している。容態を確認するために彼の胸に手を置き、心臓の鼓動を感じ取る。


 どうやら息はしている。魔力使い果たし眠っているだけのようだった。一瞬、ロロネーの襲撃が頭を過ぎったが、最悪のシナリオは迎えていなかった。しかしそれも、彼女らだけではこうはいかなかっただろう。


 本来この戦場にいる筈のないシン達が、戦況を大きく変えている。ミアが前線で本隊の到着までの時間を稼がなければ。ツクヨがロロネーを食い止めていなければ。そして、シンがハオランの動きを止め、彼の中の魂を妨害していなければ。


 彼らの功績は大きい。彼女はシンを労わるようにハオランから離れさせ、安全なところに寝かせる。シンのスキルが切れたことにより、ハオランの拘束は解かれてしまったが、彼の奮闘のおかげでチン・シーの作戦通り、彼の魂の解放は成った。


 「よくやってくれた・・・。この恩には報いらなければな」


 二人の元に近づく一つの足音。チン・シーは誰のものか分かっているように振り返ることなく、その者の声に耳を傾ける。


 「彼らには恩を作ってばかりだ・・・」


 「なら、ちゃんと返さないとな」


 「分かってますよ。・・・ロロネーは私が倒します・・・」

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