ハオランのファンタジア

 リーウ 浩然ハオラン


 本名、チョウ 保皐ホコウという。


 彼は名家の生まれで、両親は共に武術に長けた国を代表する伝統ある一族だった。その家系は皆、代々その才能を受け継ぎ、新たな才能を持って生まれる者や、他国の技術を学び取り入れる者など、その武術は年を重ねる毎により高度で巧みなものへと昇華していった。


 しかし彼は、そんな名家の中でも特に才能を受け継ぐことなく、どこにでもいるような平凡な子として育った。彼の家系では才能が有ろうが無かろうが、特別視することなく平等に扱い分け隔てなく大切に育てられて来た。


 だが、名家の伝統の中には汚点を作らぬよう、才能を持たずして生まれた子を無かったことにしてきたという歴史もある。しかし時代の流れと共にそういった文化は風化していき、彼の両親達の代では既に、悍ましきこととしていた。


 故にどんな子であろうと、子供は子供。何人兄弟姉妹がいようと、誰かを特別に愛するということなく皆一様に大事にしてきた。それでも名家というレッテルが彼の存在を表に出せない恥ずかしいものとしてしまっていた。


 愛はあるが、彼を外様に出すわけにはいかない。他の兄弟達が外を出歩き、修行や鍛錬、息抜きなどをする中、彼は家から出してもらえず、家の中や敷地内でのみの行動しか許して貰えなかった。


 何故自分は外に出してもらえないのか、彼は両親に尋ねるもその口から話されるのは謝罪の言葉だけで、理由は説明してもらえなかった。


 そんなある日、幼い兄弟の心無い言葉で彼は自分の置かれている状況について知ることになってしまう。自分は才能が無いから外へ出してもらえないのだと。自分の存在が両親に肩身の狭い思いをさせ、兄弟達には他の子供達から意地悪をされる要因となってしまう。


 何も知らずに育った彼は、酷くショックを受けた。自分のせいで家族やその家系に迷惑をかけている。だから外へ出してもらえないんだ。自分はこの名家の汚点でしかな無いのだと。


 それでも愛情を注いでくれる両親に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった彼は、それ以降両親の言葉に一切の疑問を持つことなく、忠実に従うようになった。彼のそんな態度から、両親も恐らく彼が本当のことを知ってしまったのだろうと、心を痛めていた。


 だがそれでも、他の名家や王族との付き合いを維持しなければ、子供達や名家を守れない。両親も彼の理解に甘え、彼を誰の目も届かぬところでせめてもの愛情を持って接してきた。


 そこへある事件が起きる。


 彼が夜中に、誰も外の者がやって来ぬ場所でいつものように眠っていると、何処からか聞こえてきた物音で目を覚ます。兄弟が遊びに来たのかと、眠たい目を擦りながら明かりもつけることなく、音のする方へと向かっていく。


 幼い少年にはまだ大きい扉をなんとか開けると、そこにはそれ程歳を取った様子のない見知らぬ覆面の男達が立っていた。彼の存在に気づいた一人が直ぐ様他の者に合図を送り、彼を捕らえ始めた。


 何が何やら分からなかった彼は、何故何も持たない自分なのかと疑問に思っていた。武術を欲するのであれば、他の兄弟の方がいいだろう。それに何故自分の存在を知っているのか、不思議でならなかった。


 薬を盛られ眠りにつく彼は、その男達によって別の何処かへと拐われていった。翌日、彼の家族は悩んだ。今までひた隠しにして来た彼を探す協力を求めれば、彼の存在が知れ渡ってしまう。かといって放っておく訳にもいかない。


 彼の捜索は父親がすることとなり、目立たぬよう情報を集めながら彼の消息を辿る。だがそんな甲斐も虚しく、彼の存在は最悪の形で見つかることとなる。


 拐われた彼は、彼らの暮らす国の王族の元へと引き渡される。それだけなら大したことではなかったのだが、名家の者が王族に隠し事をしていたということが王の癇に障ってしまったのだ。


 公の場で彼の存在が明らかにされ、彼らの名家としての信用は失われることとなる。大抵の者達は、そんなことなど気にすることなく接してくれたが、彼らのような名家をよく思わない者や、地位を狙っていた者達から酷い嫌がらせを受けるようになる。


 王の信用を失った彼の家系は、国の戦力の中枢から外され、伝統の技や技法を他の武術の名家などに公開する条件を付けられ、次第にその武術は特別なものではなくなっていき、その地位を揺るがすものとなってしまう。


 隠していたのは自分達であると、両親は彼に変わらぬ愛情で接したが、兄弟姉妹達は自分達の受ける待遇をよく思わなかった。絶縁し、家を出る者や養子として別の名家へと行く者。家族は徐々に崩壊していき、最終的には両親と彼だけになってしまう。


 衰退したかつての名家は、国同士のいざこざで立てられた囮り作戦の筆頭に駆り出されることとなった。その中で父親は行方不明となり、後に死亡したという一報だけが届く。


 憔悴し切った母親と彼は、知人の家に居候として働かせて貰えるよう頼み込み、かつての栄光や威厳、そしてその名すら変えて日々を何とか過ごしていく。母親は流行り病にかかり、寝言のように彼に謝り続けていた。


 こんなことになるなんて・・・。


 ごめんなさい、ごめんなさい。


 それが誰に対しての言葉だったのか。今となっては彼女しか分からぬことだが、もしかしたら父親に対してのものではなかったのだろうかと彼は思った。


 やはり先代のやり方に従い、彼を捨てるべきだったのかもしれない。


 本当に謝らなくてはならないのは自分だと、彼は小さいながらにこれまでの自身の運命を呪った。才能がなかった自分が悪い。強くならなかった自分が悪い。拐われた自分が悪い。


 両親は自分を守ろうとしてくれただけ。きっと彼の思っているようなことなど、母親は思っていないだろう。ただ自分と父親の選択が、家族を崩壊させてしまう結果になったことへの謝罪だったのだろう。


 母親が亡くなってから、彼は知人の家へ帰ることはなくなったのだという。そして彼は武術だけをただひたすらに磨き、自身が壊した名家の歴史や家族を取り戻そうとでもしているかのように、強さを求めた。


 才能がなく、ただただ弱かった自分との決別のために。


 年齢的に青年と呼ばれるような年頃になった時、彼はグラン・ヴァーグという港町で、身分や出生に関係なく誰でも参加できる一攫千金のレースの存在を知る。そこで見せた彼の快挙は、とある海賊の目に止まる。

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