能力の開花
目を閉じて、ロロネーのオーラを頼りにしていたツクヨには完全に命中していたように見えていた。だがそれとは反対に、手元に伝わる感触がない。何が起こっているのか分からないツクヨの前で、ロロネーは船員の二人を鷲掴みにし、床に叩きつけた。
大きいな物音と共に、二つの灯火のように見えるオーラが弱まる。どうやったのかは分からないが、二人に危害を加えられた。そして、瞼の裏で見ている世界でツクヨを惑わす現象が起こる。
自身の前にいる筈のロロネーの気配と、全く同じ気配がツクヨの背後に現れたのだ。それに気づいた時には既に遅く、ツクヨの膝は裏から何かで押されたかのようにくの字に曲がりバランスを崩す。
そこへ、二人の船員を叩きつけたロロネーの上半身が、彼の腹部へ強烈な拳を打ち込む。深々と鳩尾に突き刺さった拳は、ツクヨを布都御魂剣が見せている世界から強引に呼び覚まされ、船の外装を突き破り室内にまで吹き飛ばされた。
鳩尾を貫かれた衝撃と、壁に打ち付けられた衝撃で激しく吐血するツクヨ。ロロネーの攻撃を受け、こんなものを食らえば船員の者達が一撃の元に沈められていくのが理解できる。戦力に差があるのか、それとも単純な力の差なのか。
シンに大見得を切って任せろと言ったものの、このままでは足止めすることも出来ず、彼らの妨害に向かわれてしまう。激痛に震える身体に鞭を打ち、必死に立ち上がろうとするツクヨ。
「ガハッ・・・!こんな、こんなことって・・・。こんなにも力に差があるものなのか・・・?」
確かに聖都ユスティーチでは、シュトラールという絶対的な強者に手も足も出ず敗北したが、それでも苦難を乗り越え、圧倒的に不利な海中で触手の怪異クトゥルプスを打ち破ったツクヨ。
クトゥルプスとロロネーでこれ程までに差があるものなのか。否、故に彼らはロロネーという強者の力に従っていたのかもしれない。本能的に動物に近いモンスターを従わせるには、幾つか方法があるだろうがその中でも最も単純なもの。
力を示すという理に従い、使役していたという説が濃厚となる。ツクヨが考えを巡らせながら立ち上がろうとしていると、突然背後から声が聞こえた。
「お前自身の力か・・・。或いは武具の能力かぁ?何にしても、俺を脅かすモノを俺は許さねぇ・・・。それが俺の弱点だというのなら、俺はそれを克服してやるッ!」
ツクヨの背後にいたのはロロネーだ。チン・シー達の元へ向かわず、彼にトドメを差しに来たのだろうか。しかしこれは好都合。今ツクヨが果たすべき目標は、ロロネーを倒すことではない。
チン・シーのリンクを使った能力でハオランと接触し、彼の魂を呼び覚ますことが出来れば、戦況は一気にひっくり返る。それまで時間稼ぎすることこそが、ツクヨに今出来ること、やらねばならないこと。
この男に目をつけられた以上、命惜しさに逃げることも出来ない。退路は既に絶たれている。後ろを振り向けば断崖絶壁。ならば前に進むしかない。命を賭けて戦うなどという大それたことではなく、そうするしかないからそうする。
人が窮地に立たされる時とは、既に選択肢など与えられていない。諦めるか、生きる為に動くか。単純明快、ただそれだけのこと。
ツクヨはまだ死ぬ訳にはいかない。この世界に迷い込んでいるかもしれない妻と娘を見つけるまでは、決して命を諦める選択肢など端から持ち合わせていない。剣を握る手に力が入る。
背後から振り抜かれたロロネーの剣を受け止めるツクヨ。先程までの彼なら、その時点で腕ごと砕かれていたかもしれない。だがツクヨはその一撃を受け止めることが出来た。
それは彼の中に眠る、普段は決して見せることのない裏の顔。そして本人ですら知らないもう一つのクラスである、デストロイヤー の力を一部引き出したのだ。生死の境で、心の中にある一番大事な者や目的を失いたくないという強い思いが、ツクヨを新たな境地へと成長させたのだろう。
「ほぉ・・・、今度は受け切るか」
ギリギリとその素材の違う剣同士が、凌ぎを削るように鍔迫り合いを繰り広げる。それどころか、ロロネーの強打を受けた筈のツクヨが押し出したのだ。ただ純粋な力と力の根比べ。
負傷者である筈の獲物の予想だにしない反抗に、思わず目を見開くロロネー。そしてツクヨは、力で勝っていることを証明するように相手の剣を押し退けると、素早い動きで立ち上がり、その過程で繰り出される蹴りでロロネーを外へと飛ばす。
咄嗟に腕を交差させ防御の態勢に入った。直撃は免れたものの、まるでツクヨへ襲い掛かった時のロロネーのように、その軌道を逆行する。背後に迫る影を感じると、男は身体を透過させて船外のやや上空へ浮き上がり、中にいるツクヨの出方を伺う。
「・・・まだ何か隠し持ってやがるのか。面白い・・・コイツも欲しくなって来たぞ・・・」
戦況としては押されているロロネーだが、自分に匹敵するかも知れない未知の力を持ったツクヨに興味を示し出す。その眼差しはハオランを手に入れようと、怪しく眼光を放つハンターのように。
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