弾丸ライナー

 それまで濃霧により、戦況を掌握していたロロネーは、チン・シーの思わぬ反撃に遭い始めて眉間に皺を寄せるほどの痛手をもらうこととなった。何より彼は、チン・シー海賊団による火攻めを酷く嫌がっているようだ。


 前方で降り注ぐ火の雨を受け、逆に逃げ場のない状況を作り出され、このままでは引火した炎により一気に船団を撃沈させられてしまう。そこでロロネーは、火攻めを受ける自軍の海域一帯に、今よりも更に濃い霧を発生させ、チン・シー海賊団から見えぬよう包み隠してしまう。


 船の影自体は見えなくなってしまったが、薄っすらと引火した炎の灯火が霧の中に浮かんで見える。霧の濃度を変え、また良からぬことを企む前に一気に潰してしまおうと、チン・シーは霧の中に残る灯火目掛けて、全軍で一斉砲撃を仕掛ける。


 「逃すなッ!姿を隠そうと我らの炎が奴らの居場所を炙り出す。今度は鉛玉の雨をお見舞いしてやれッ!」


 シュユーの力を共有した火矢による攻撃を終え、リンクを解かれた船員達は次に海賊船に備え付けられた大砲による砲撃を開始する。両翼から絶えず放たれる砲弾の雨が濃霧を突き抜け、海水に落ち破裂する音が聞こえてくる。


 炎の灯火が目標になっているとはいえ、敵船の影が見えないことからか砲弾は中々船に命中する反応がない。


 「ミア殿ッ!」


 「あぁ、分かってるッ!」


 シュユーの声に、ミアは直ぐに船や戦車といった外装の硬い兵器用に作られた、貫通力のあるライフルを取り出すと、窓に設置しロロネーとハオランの乗った船を探す。


 チン・シーの能力により、濃霧の何処かに居るハオランの気配を感じ取り、ある程度の方角と距離をミアに伝える。スコープは最早使い物にならない。それでもチン・シーの指示に従い方角を修正していき、ハオランのいる位置を捉える。


 だが、チン・シーの能力を持ってしても、正確にハオランの立っている位置が分かるのではなく、漠然とした範囲の中にハオランが居ることしか分からないのだ。つまり、下手をすればロロネーではなく彼を撃ち抜き兼ねない、危険な狙撃となる。


 しかし、チン・シーやシュユーは何の躊躇いもなくミアに狙撃するように伝えるのだ。それは、彼らにはハオランの戦闘能力の高さ、身体能力の高さを誰よりも知っているからこそだった。


 銃弾や砲撃でハオランを仕留められるようなら、彼はここまで大物となる筈も無く、ロロネーも彼を味方に引き入れようなどとは思わないだろう。それだけ彼という存在が脅威であるが故に、ロロネーは念入りに準備を重ね、この戦いに臨んだのだ。


 そして、チン・シー海賊団はまだ知らないが、ロロネーは見事ハオランを手に入れることに成功してしまっていた。そのせいで、本来であればある程度の距離にまで近付けば、チン・シーとハオランは互いの気配を察知することができ、連携が取れていたのだが、ハオランからの意志が彼女に届くことは無くなっていた。


 「ダメだッ・・・!スコープではロロネーやハオランの位置を確認出来ないッ!本当にいいんだな!?この方角に撃ち込んで・・・」


 「大丈夫です・・・。彼であれば命中することはない筈です。・・・彼が通常の状態であれば・・・ですが」


 ハオランからのコンタクトが無いことに、不穏な気配を感じている様子のシュユーが、言葉に迷いを表している。シュユーはまだ決め兼ねている。ミアはライフルの向きをそのままにして振り返り、チン・シーの表情を窺う。


 彼女も目を閉じ、少し悩んでいるようだったが直ぐに吹っ切ったように目を開くと、決心した表情でミアに狙撃を依頼する。


 狙撃はハオランの気配から少し横にズレた位置を狙い撃ち込む。つまり漠然とした範囲の真芯を捉えて撃つのではなく、わざと掠めるようにして狙撃することになる為、ハオランに命中する可能性も五分よりかは低いものだろう。


 だが、外せば確実に警戒され、狙撃手がいることを悟られてしまうことになる。そうなれば同じ手は通用しなくなってしまうことだろう。それでも、ロロネーに一泡吹かせるにはこの絶好の好機を逃す他ない。


 「構わん・・・、撃てぇッ!」


 彼女の指示を受け、ミアはライフルの引き金を引いた。


 大きな銃声と共に、ミアの身体を一瞬後ろへと引っ張られたように反動を受ける。銃弾は真っ直ぐ飛んで行き、彼らの思いが届いたのか、見事その軌道上にはロロネーの姿があった。

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