防衛術式・陽炎


 四方八方にロロネーの海賊船が現れ、最早逃げることも叶わぬ状況に陥るチン・シー海賊団。折角集めた船団が仇となったか、チン・シーを乗せた本船を中心に少しずつ間隔を空けて、集まるような陣形を展開していた為、見事に囲まれてしまう結果となってしまった。


 「周囲に敵軍の海賊船が出現ッ!我が軍、完全に包囲されましたッ!」

 「馬鹿な・・・濃霧の中とはいえ、周囲には船はおろか残骸一つ見当たらなかったぞッ!」


 船員達が慌ただしく騒ぎ出し、対応に追われる。この戦闘で何度目になるのか、ロロネーの不意打ちを食い、チン・シー海賊団はパニック状態になる。何も彼らが警戒を怠っていたわけではない。それは警戒に当たっていたミアも同じ。


 船員達の双眼鏡よりも倍率の高いスコープを使用しているミアでさえ、周囲を取り囲む海賊船の影など一切見つけることが出来なかった。


 「どうなっているんだ・・・?これだけの船が、一体どこに隠れていたというんだ・・・!?」


 こんなにも目立つ物が突然現れるという出来事に、緊張と戦闘への高鳴りで強張っていたミアの身体から力が抜ける。それ程理解の出来ない唖然とする現象に、脳が追いつかないといった様子だった。


 「全軍ッ!中央に集まり守りを固めよッ!既に退路は断たれた・・・。ハオランに異変が起きている以上、奴に頼ることは出来ぬ。我々でこの窮地を脱するぞ!」


 船員達が騒がしくなる中、慌てる様子もなくチン・シーは指示を飛ばす。慌てていないのではない、彼女は周りにそれを見せないのだ。軍の総大将である彼女が取り乱せば、更に状況は悪化していたことだろう。


 だがミアは、彼女の指示に少し違和感を覚えた。既に包囲され、逃げ場もない状況になってしまったとはいえ、全ての船・戦力を中央に集中させてしまうのかと。それでは敵の攻撃を一身に受けてしまい、一気に攻め落とされてしまうのではないか。


 それとも彼女には、メデューズの戦闘の時に見せたような策があるとでもいうのだろうか。ミアには彼女のリンクの能力の全貌が分からない。故に可能性は十分にある。


 「ハハハッ!どうやら当てが外れたってところかぁ?そんなんじゃ楽しい時間は、あっという間に終わっちまうなぁ!野郎共ッ!撃って撃って撃ちまくれぇッ!」


 ロロネーの号令を機に、周囲を取り囲む海賊船から雨霰のように鉛の球が飛んでくる。チン・シー海賊団は、必死に敵軍の砲弾を攻撃し相殺することで船を守るが、当然全てを防ぎ切ることなどできる筈もなく、激しく船を損傷し撃沈される船もあった


 敵軍は大砲を撃ち込みながら、こちらへ突っ込んでくる。それは宛ら、死をも恐れぬ不死の軍勢による特攻。遠方より砲撃を浴びせていれば、それだけで勝利を掴めそうなものだが、ロロネーは部下達の命を何とも思わぬ非道の男。


 彼にとってこの砲撃と突撃は、単なる余興に過ぎないのだ。次第に船同士の距離が縮まるも、ロロネー海賊団の船は勢いを緩めることなく、チン・シー海賊団の船へと全速力で突っ込んで来る。


 ロロネーの海賊船は船首からぶつかり、乾いた木材が割れる音を周囲に響かせながら崩壊していく。船の状態から、ぶつかれば崩壊するのロロネー海賊団の船であることは明らかだ。


 だが、彼らにはチン・シーの船団を上回る数があり、一隻二隻と次々に突撃させることにより、着実に船にダメージを溜め込んでいく。そんな特攻船が絶えず向かって来る中、何隻かの船が自軍の合間を抜けミア達の乗る本船へ向かって来た。


 このままではぶつかると、ミアは衝撃に備えマストの縁に掴まる。振り落とされるかもしれないという恐怖心はあったものの、彼女の目は衝突の瞬間を見届けようと身構えして待つ。


 そしてロロネーの海賊船が本船に突っ込もうかというその時、ロロネーの海賊船は本船を擦り抜け、そのまま直進していったのだ。眉間に皺を寄せ目を細めていたミアは、その現象に思わず目を見開き、身を乗り出して下の様子を確認する。


 すると、ロロネー海賊団の酷く傷んだ黒い海賊船は半透明のように不確かなものとなり、こちらの船と重なりながら通過していくのだ。どういう事か分からぬまま、ミアはその海賊船をただ見つめて見送る。


 他の船はどうなっているのか、ミアが顔を上げると周囲はそれまでの濃霧とは比べものにならないほど濃い霧に覆われており、まるで煙に包まれているのかのようの周りの様子や景色が一切見えなくなっていた。


 自分の船の様子を伺おうと、マストから身を乗り出し下を確認するも、マストの根本は真っ白な煙に包まれ、何も見えなかった。次第にその煙のように濃い霧は、彼女のいるマストのところまで登ってくると、瞬く間にミアを飲み込んでいった。


 自分が何処に立っているのかさえも分からなくなってしまうと、これがロロネーによる攻撃だと脳裏を過ぎったミアは直ぐに銃を持ち替え、ハンドガンを構えると視界から情報を得ることを諦め、音に集中することにした。


 不審な音を聞き逃さぬよう聞き耳を立てていると、彼女の側で木材の床が軋む音が聞こえてきた。その距離は近く、だがマストの幅ではありえない距離で聞こえた。その位置だと確実に宙に浮いているであろう場所に銃口を構え、様子を伺う。


 すると突然、霧の向こうから手が伸びて来ると、ミアの向ける銃口を逸らしてきたのだ。触れられる距離にまで近づけてしまったのかと焦るミアは、直ぐにもう片方の手で銃を取り出そうとする。


 「待って!落ち着いて下さい。私です、シュユーです」


 なんと、彼女の前に立っていたのは船長室にいるはずのシュユーだったのだ。


 「・・・シュユー?何故アンタがッ・・・!?」


 ふと、彼の周りの霧が晴れ始め周囲の景色が徐々に現れると、そこは船の中だった。それも先程までの慌てた様子が嘘のように落ち着いており、戦禍の音もどこか遠くに聞こえる。


 「船の中・・・?なんだ、これは一体どういう・・・」


 訳がわからないといった様子のミアは、頭の中の整理が追いつかず呆けてしまう。そんな彼女の元に、聞き覚えのある女性の声が聞こえてくる。


 「言ったであろう。敵を欺くには先ず味方から・・・。捜索を打ち切った後、妖術部隊には防衛の術式を張らせていた。これはその一端に過ぎぬ。我らが誇る妖術の真髄・・・防衛術式“陽炎“のな」


 彼女の語る防衛術式により、ミアはおろか殆どの船員さえ、その術中は気づかぬ程の妖術により、彼らはずっと幻覚を見せられていたのだ。それは視界は勿論、匂いや音までも惑わせる高度な術。


 そしてその術中に陥っているのは彼らだけではなく、ロロネー本人も含めた全敵軍も同じだった。

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