待ち望んだ大望の器

 今まさに、ロロネー海賊団の船を何隻も沈めてきたハオランだが、その中である不自然な点に気がついた。それは、この男の船には、生きた人間が一人もいないのではないかというものだった。


 故に彼が始末してきたロロネー海賊団の海賊船には、血痕が一切付着しておらず、また返り血も全くない。それに、海水にもそのようなものが溶け込んでいる様子はなく、戦場の中とは思えぬほど血の匂いがしない。


それと同時に、響き渡るのは亡者の雄叫びだけで、人の悲痛な叫びや悲鳴は聞こえてこない。それが濃霧によるものなのかまでは分からない。だが、少なくともこの戦場で生ある者はロロネーを除き、彼ひとりなのだ。


 男の声に惑わされる事なく、かまわず霧の向こう側を目指して、迫り来る海賊船を飛び石のように軽快に飛び込んでいく。道中、追手はいないかと振り返るハオラン。多少遠くにスケルトンの群れと、宙を飛びこちらへ向かってくる亡霊の姿があったが、当分彼に追いつけそうもない。


 と、その時。彼の身体を通り抜ける不自然な感覚に襲われる。しかし、彼の身体には何も異変は起こらず、異常をきたしている様子も伺えない。初めは、分からぬ物のことに思考を巡らせている暇はない。


 直ぐに走り直そうとするハオランだったが、先ほどと同じものが今度は、彼の身体の中へ入って来るのだ。


 「うッ・・・!何だ・・・これは一体・・・」


 間も無くして、ハオランの首筋を擦るようにで二つの何かが彼の前方、視線の先にその姿を現した。そこには、追手に紛れ遠ざかっていった、剣を携える海賊の亡霊の姿があった。


 目標から外れ、急停止した二匹の亡霊はハオランの方へと振り返る。そこにあるべき対象を捉えると、雄叫びを上げて向かって来る。だが妙なことに、亡霊達はその手に武器を握っているのだが、このモノ達の攻撃はあくまで、ハオランへの体当たりだった。


 二つの亡霊に気を取られ、船内や上空、瓦礫の中からなど、様々なところから彼を狙う亡霊の影に、一瞬気付くのが遅れてしまう。素早く回避するも何体かの体当たりを食らうことになる。


 だが、ハオランに体当たりを当てた亡霊達は、最初に襲って来た亡霊二体と違い、彼の身体に触れた途端に姿を消したのだ。それはまるで、ハオランの身体の中へ入っていったかのよういなくなった。


 同時に、ハオランの身体に異変が起き始める。ちょっとした動作に、彼の動かそうとする意思と身体の動きに、ラグが生じ始めたのだ。要するにハオランの動きが、僅かに鈍くなった。


 疲労や痛みから来る、身体の構造上のラグではなく、明かに意思伝達の遅延なのだとハオラン自身には分かっていた。しかし、彼にはどうすることも出来ない。一先ずは、襲い来る亡霊を避けつつ体勢を整える。


 だが、どこへ逃れようと亡霊の群れからは逃れられない。思い通りに動かぬ身体に苦戦を強いられるハオラン。実際、意思伝達の遅延するその身体で、ここまでよく戦った方だろう。ハオランはその遅延をも配慮し、次の行動を早めていたのだ。


 それも全てを捌くことは出来ず、少しずつ亡霊達はハオランの身体に吸い込まれるように入っていき、更に彼の行動を遅らせる。


 「くッ・・・キリがない・・・。もう一度アレをッ・・・!」


 それは海上に浮かぶ船の残骸で見せた、広範囲に渡る衝撃波のことだった。しかし、ただでさえあの時よりも条件の悪い中で、同等の威力或いは近い力を振り絞ること叶わず、遂に亡霊の攻撃が実を結びだしたのだった。


 彼も、漸くロロネーの言っていた意味に気が付き始めた。ハオランの中に、複数の何者かがいる。それは彼自身が一番よく分かっていた。意思伝達の阻害をしていたのは、彼の中に入り込んで来たその何者かによる妨害だった。


 「これはッ・・・!俺の中に、いくつかの魂がッ・・・」


 意識が朦朧とする。身体が思い通りに動かない。次第に見ている景色すらボヤけ始めるハオラン。すると、彼を取り巻いていた亡霊達が攻撃の手を止め、周囲を当てもなく漂うように徘徊し始める。


 身動きが取れなくなった彼の元へ、漸くあの男が姿を現した。この男は、ハオランがその力を存分に発揮できなくなるのを待っていたのだ。彼の身体の中に、宿主の魂とは別の霊魂を送り込んで・・・。


 「俺の目的に気がついたかぁ?・・・・クククッ!そう、俺の目的はなぁハオラン。お前をあの女から引き剥がす事でも、お前を始末する事でもない・・・。お前を俺の軍勢に加える事だよッ!」


 彼の身体に入り込んでいたのは、身体という器を失った亡者達の魂。新たな身体を手に入れようと、ハオランの身体を内側から奪いに来ていたのだった。

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