見えざる魔の手、放て灯火の矢

 何もない濃霧の中、彼に気付かれることもなく近付いたソレは、音を立てずに剣を構え、ハオランの白くか細い首を切り落とさんとする勢いで振るう。気配ではなく、風の動く流れで背後の存在に気が付いたハオランが、素早く身を屈めて暗殺の魔の手から逃れると、そのまま回転し回し蹴りをお見舞いする。


 しかし、彼の放った蹴りはその者に当たる感触を得ることはなかった。正確には確かにそこにいた者に蹴りは命中していた筈なのだが、何か物に当たる感触や音が一切しなかったのだ。


 そして、蹴りを放った足を追うように少し遅れて彼の視界がその様子を捉えると、そこには上半身の千切れたアンデットのような姿をした海賊がいた。ハオランの回し蹴りで、その海賊の上半身と下半身は分断され、その断面は霧で覆われ不確かにボヤけていた。


 「ッ・・・!?」


 人間であれば到底動けるはずのない状態。それどころか生きていることすら出来ないはずだろう。しかし、彼の眼前にいる海賊姿の何者かは再び振るった刃を返し、再びハオランヘ斬りかかろうとする。


 空かさず彼は裏拳で、その者が握る剣を弾き飛ばそうと試みるが、手を擦り抜け剣を擦り抜け、刃を振るう勢いを止めることが出来なかった。最早その刃自体本物であるかも疑わしいが、迫る攻撃を躱すため上半身を仰け反らせるハオラン。


 刀身に映る自身の瞳と目が合う。仰け反らせた勢いのまま後方へバク転し、その者の顎を蹴り上げるようにして足を上げるが、それもまた命中した感触はなく、船の上に戻って来た。


 何者か分からぬソレと距離を空けたことで、その者の全体像が見えてきた。ハオランの蹴りで分断された胴体は再び一つとなっており、今度は彼によって弾かれそうになった手が靄に覆われ不確かなものとなっていた。


 「貴様・・・人間ではないな?」


 彼の問いに海賊姿のその者は、苦しみに悶えるかのような掠れた雄叫びをあげる。ならばとハオランは、前に突き出した拳に意識を集中させる。すると、彼の拳に光が宿り、それをゆっくり自らの脇の方へと引き戻し、正拳突きのような姿勢を取る。


 「物理攻撃が当たらないのだな・・・。なら考えがある」


 拳をぐっと握りしめ、腰を落として足を固定する。腰を捻りながら打ち出された光を宿した拳は、凄まじい勢いで空気を突き抜けるような衝撃波を放ち、海賊姿のその者の身体を突き抜ける。


 それまでの彼の攻撃とは打って変わり、突き抜けた身体から発生する靄ごと衝撃波と共に、後方へ吹き飛ばされていく。風に撒かれる煙のように、海賊の者の身体は舟から消え去り、ほんのひと時の間だけ彼によって引き起こされた衝撃波で濃霧に風穴が空いた。


 「我が主人よ!戦場に物理攻撃の効かぬ、人間以外のものが紛れております」


 「そうであったか・・・。して、その者はどうした?」


 「私が打ち祓いました。しかし一体とは限りまッ・・・?」


 辺りを警戒していたハオランが、濃霧の向こうに何かを見つける。それは初め一つの影として彼の前に現れたが、その奥に一つまた一つと数を増やしていき、徐々にその正体を現す。


 彼の前に姿を現したのは、無数の海賊船だった。それは彼らが撃沈した筈のボロボロの海賊船、ロロネーの海賊船が先程までの数とは比べ物にならない量で押し寄せて来たのだ


 「この数は・・・。増援です、先程の数の比ではありません。恐らくロロネーのものと見て間違いありません」


 「奴の用意したものとは“数”のことなのか・・・?フン・・・まぁ良い。お前はそのまま奴の増援とやらに向かい蹂躙してくるがよい!あわよくば、奴のいる船を探しだせ。我らはシュユーの能力を使い、援護射撃を行う」


 「了解しました」


 ハオランは通信が切れるのを確認すると、膝を曲げて足に力を溜める。そして凄まじい跳躍をすると、濃霧の奥からやって来るロロネーの増援の中へと単騎で向かっていった。


 「お待たせしました、我が主人。既に準備は整っております」


 チン・シーの乗る船へ転移したシュユーが、彼女へ準備が整ったことの報告を入れる。彼を囲む妖術の術者達は、先程の転移とは違う祈祷を始めていた。


 「ふむ、良きタイミングだシュユーよ。“リンク‘が整うまでの間、銃火砲にて増援を迎え撃て!」


 彼女の号令で、一斉に撃ち出される大砲と銃器による弾丸の嵐。その数と轟音は、周囲一帯の海面を揺るがすほど鳴り響き、波を立て向かって来るロロネーの増援目掛けて降り注ぐ。


 その様子を、シュユーから渡された双眼鏡で伺うミア。砲弾の一発が、先頭を走るロロネーの海賊船に見事命中する軌道を描く。そして弾が船に命中し、爆発を引き起こすかと思われたその時、ハオランが遭遇した謎の者と同じように、その大きな砲弾はロロネーの海賊船を擦り抜け、海面へと着弾したのだ。


 「ッ・・・!?何だ?一体どうなっている!?弾は完全に当たっていた筈だ。・・・それが、擦り抜けただと?幻術か妖術でも見せられているのか・・・?」


 ミアが動揺したのと同じように、砲撃や射撃を行った船員達の間にも不穏な空気が立ち込め、動揺が蔓延し始める。そんな展開を予知していたかの如く、彼らの不安を一喝する様に、チン・シーから放送が入る。


 「慌てるなッ!我が同胞達よッ!効かずとも良い、その手を止めるな!“リンク”は完了した。奴らに目にモノを見せてくれるわッ!」


 彼女に鼓舞され、引き続き砲撃を再開する船員達の元へ、シュユーとリンクし、力の一部を共有した船員達が合流する。


 彼らはその手に弓矢を持ち、先端に魔力を宿した炎の矢を構える。バチバチと火花を散らしながら燃え盛る魔法の炎は、弓を構える彼らの顔の横でその猛々しい表情を照らし出す。


 そして彼女の号令で一斉に炎の矢が放たれる。


 「放てぇッ!!」


 放物線を描き、綺麗な軌道で飛んで行く炎の矢は砲弾と同じくロロネーの海賊船に命中する。しかし今回は先程までと違い擦り抜ける事はなく、見事船に刺さりその炎で海賊船に火を焚べる。

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