サイレントキル

 ロロネーの海賊船に乗り込み、船を大破させた船員達を迎えに送り出した小舟が、彼らを回収しに辿り着いた頃、戦況は再びゆっくりと動き出した。ハオランの力の共有から解除され、身体への負担を抱えたことで動けなくなってしまった船員を、救助隊が肩を貸して小舟へと移動させる。


 すると、初めからいつ沈没してもおかしくないほど崩壊が進んでいたボロボロのロロネーの船が、彼らの移動を境に急な崩壊をし始めたのだ。何のきっかけも無く崩壊し始めた船だが、彼らは初め何の疑問も感じなかった。


 ハオランの力を共有した彼らが暴れ回ったことで、船の耐久が限界を迎え崩壊し始めたのだと思っていた。それは遠方で彼らの様子を伺っていたミア達や、待機している船員達も同じだった。


 中には崩壊に巻き込まれ、逃げ遅れた者達もおり、チン・シーの先鋒隊は僅かに死傷者を出してしまっていた。


 「船が崩壊し始めたか・・・。シュユーよ、至急妾の船まで参じよ。本船に残っている者は銃撃の準備、並びに“リンク”による射撃の準備をとれ!迎撃態勢備え、あの者達の退路を確保するのだ!」


 彼女の目にも、その海賊船の崩壊は彼らの迎撃によるもののように見えていただろう。だが、そこで思考を止めず可能性を示唆するのが船長としての技量か、更に部下へ指示を出し、救援をより確実に成功させるための策を取る。


 「申し訳ないが、お呼び出しがあったので私はこれにて」


 「これから主人のいる船へ向かうのか?どうやって向かうつもりだ?船から船の移動など、そんな直ぐにできる事じゃないだろうに・・・」


 ミアの言う通り、地上ほど海上の移動は簡単ではない。船自体を動かし近づけるのか、ジップラインや簡易的な橋を架けて渡るのか。方法は様々だが、何にしても一手間或いは時間が掛かるもの。


 「それは心配ありません。我々は独自の手段を用いて移動できます故・・・」


 シュユーは甲板ではなく、船の内部の方へと進んで行ってしまった。ツバキを置いて行く訳にもいかないので、ツクヨは少年の元に戻ることにし、ミアは彼の言う移動手段が気になったのか、シュユーの後をついて行くことにした。


 「悪いがツバキのことを任せる。アタシは彼の後について行く」


 「分かった。私達はメッセージ機能で連絡が取れるからね。あまり首を突っ込んで怒らせないでくれよ?」


 ツクヨは冗談まじりにミアを送り出すと、彼女も口角を上げて返事をした。船内の廊下を進むシュユーに追いつくとミアは彼に声をかけ、移動するところを見せて欲しいと頼む。


 そこまで客人に隠すことでもなかったのか、彼は快く受け入れてくれ、彼女をその手段の場所へと案内してくれた。船から船へ移動しに行くとは思えないくらい下へ降りて行くと、ある一室の前まで連れてこられた。


 「さぁ、どうぞ・・・」


 こちらを振り向きながら扉を開けるシュユーに導かれるまま、ミアは部屋の中へと入って行く。薄暗い室内に僅かに揺らめく蝋燭の明かりが淡くその空間を照らし出す。


 そこには数人の船員が円形に何かの台座を囲って座り、祈祷を捧げていた。シュユーが入って来ると、祈祷していた船員達は彼の方へ顔を向け一度頷いてコンタクトを取る。


 先程入った放送の内容を確認するように互いに頷くと、何も言わないまま船員達は台座をズラし、スペースを空ける。そこで見ていてくれとシュユーが部屋の隅の方を指し示す。


 儀式のように円形に座る彼らの中心にシュユーが入ると、船員達は祈祷を再開する。するとシュユーの身体が徐々に光を帯び始める。


 「我々は妖術によって、ある程度の物質を移動させる事が出来ます。・・・少々お待ちを。彼らを回収し、直ぐに戻って来ますよ」


 言葉を言い終えると同時に、シュユーの身体は何処かへと消え去ってしまった。恐らく転移系の術の一種なのだろう。入り口側と出口側で同じ魔法陣・祭壇等を用意し、その間を移動させるというもの。準備に手間がかかるものの、アイテムを使用せずに近い距離を移動出来るという範囲スキル。


 シュユーの移動を見届けたミアは、戦況がどう動くのか確認するため、再び外の景色が見渡せる場所へと移動する。周囲の状況は依然変わりなく、ロロネーの海賊船の崩壊が起きており、順次船員の回収作業が行われていた。


 船体がボロボロと崩れ、海の底へと沈んで行く中、事態は静かに動き出していた。遠方から様子を伺うもの達には、現場で何が起きているのかは確認出来ない。順長に作業が進んでいるものと思っていた。


 だが、回収を行なっていた小舟の中に何者かが音も立てずに乗り込んでいたのだ。そして救助に夢中になっていた船員を、静かに暗殺していく者達がいた。


 戻って来る小舟もいたが、迎えに行った者達の作業が僅かに難航していると感じ始めたチン・シーが、部下の妖術による連絡手段で、彼らの頭の中に直接現状の報告促す。


 しかし、戻りの遅い小舟からの返答は一切なかった。嫌な予感を悟ったチン・シーは、ハオランを使い状況の確認を行う。


 「救助隊の様子がおかしい・・・。ハオラン、現地へ赴き状況を把握してくるのだ。敵による策があれば、シュユーを使う」


 「了解しました」


 超人的な跳躍で現地へ向かうハオラン。連絡の途絶えた小舟に着地すると、舟が大きく揺れ、その一帯だけ激しく波が立つ。着地した時点でハオランは、その異様な雰囲気を悟る。


 そもそも人が乗っていれば、これ程舟が揺れることはない。つまり彼のいるこの小舟には、誰も乗っていないということになる。救助の段階で舟を流してしまうなど、海上で大半の時間を過ごす彼らにとってはあり得ないこと。


 と、なれば原因はただ一つ。何者かによる襲撃を受けたということ。乗り合わせていた者や救助された船員は、そのまま殺されて海へと捨てられたのだろう。


 だが、如何に濃霧の中とはいえ、これ程まで誰にも気づかれることなく暗殺を遂行することなど出来るのだろうか。ハオランが状況をチン・シーへ報告しようとしたその時、彼の背後に迫る悍しい殺気が立ち込める。

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