グレイスとロッシュ

 ロッシュは体勢を立て直し、後方へ追いやったグレイスの方へ近づく。全ての辻褄が合い、愛する人とその子供の命を奪ったきっかけを作った張本人が今、目の前にいいる。


 込み上げてくる感情は怒りか、それとも探し求めていたものを見つけた喜びから来るものか、彼女の身体は小さく震え、握った拳からは血が流れた。


 「アンタが・・・あの人と、あの子を・・・。やっと掴んだ手掛かりは、そのまま答えに辿り着くものだった・・・。彼らが望んでいるかは分からない。少なくともあの子は、こんなこと望んじゃいないだろうが・・・アタシはアンタを生かしておくことなんて出来ないッ・・・!」


 押し退けられ、崩した体勢を踏みしめた足で立ち直らせ、こちらへと近づいて来るロッシュを迎え撃つ。


 最早二人とも満身創痍といった状態。恐らくこれが最後の戦いになるだろう。もうグレイスのダンサーのスキルでバフをかける作戦は通用しない。ロッシュのトレジャーハンターのスキルで、バフの効果ごと盗まれ強化されてしまう。


 ロッシュは、トレジャーハンターのスキルでグレイスからバフを盗み能力を向上させたところで、彼女の持つアストレアの天秤によって打ち消されてしまう。


 つまり今の二人に残されているのは、己自信の肉体的な能力以外にない。グレイスとロッシュは、ある程度の距離まで近づくと徐々に小走りから、勢いを乗せて殴る為の助走と言わんばかりの走りへと変わり、互いの拳を相手の顔面目掛けて打ち放つ。


 互いの拳で弾ける顔を苦痛に歪め、先に視線を相手に向けて次の行動に移ったのはグレイスの方だった。ロッシュ依も先に二発目の拳を彼の腹部へ打ち込む。クラスや能力に依らないグレイスの生身の拳は、とても女性のものとは思えない程の威力と鋭さをしている。


 腹部から身体の芯に伝わる衝撃に、思わずロッシュの身体がくの字に曲がる。空かさずグレイスは、ロッシュの下がった頭を両手で掴み、顔へ向けて膝蹴りをお見舞いする。


 「ぐッ・・・・ぁぁあああッ!!」


 単純な身体能力ではグレイスに軍配が上がるようで、戦闘は一方的な死合い運びとなっていた。


 だが、そこで終わるのならロッシュという男がこれ程名乗りを上げる人物とはならなかったことだろう。


 両手でグレイスの膝を受けた頭を押さえて天を仰ぐロッシュ。身体の防御がガラ空きとなり、それを見逃さなかった彼女は、ロッシュの腹部へ再度全力の拳を振り抜こうとした。だが、彼女の拳はロッシュへ命中することはなかった。


 「ッ・・・!」


 頭を押さえていたロッシュの顔がニヤける。彼は狙っていたのだ。身体能力の差や、クラススキルによる能力向上の効果を無効化する裁定者のスキル。それを受けていてはロッシュに勝ち目はない。彼がグレイスに勝るには、正攻法では不可能。


 そしてグレイスの攻撃を逸れさせる方法が、ロッシュにはあった。


 これまでシンやシルヴィ、グレイスを散々苦しめて来たロッシュ最大の秘密にして隠している能力。島で多くの人間から補充したミラーニューロンによる、対象への外部伝達、人体の操縦だ。


 ロッシュは両手を頭の裏で組み、そのままの勢いでグレイスの肩へ振り下ろす。関節への攻撃は、直接彼女の肉体へダメージを与えるよりも効果的だった。ロッシュの身体能力ではグレイスの防御力を打ち破れる程の攻撃力はない。


 利き腕が麻痺し、思うように動かせなくなったグレイスは、絶大な威力を誇らなくとも着実にその身に刻まれるダメージを与えるロッシュの攻撃を、一方的にもらい始める。


 「マズイッ・・・!このままじゃグレイスが倒れるのも、時間の問題だ・・・。ロッシュの放つ怪しい光を何とかしないと・・・!」


 グレイスにロッシュの光り、ミラーニューロンを取り除く術はない。寧ろ、ここまで変わったスキルの使い方をする者など滅多にいないだろう。対応出来ないのは当然のことだ。対策無しでは、戦闘が始まった次点で既に勝敗は見えていたのかもしれない。


 そして何の因果か、グレイスの援軍に駆けつけたシンにはロッシュのミラーニューロンをどうにか出来る術を持っている。


 ロッシュの毒をもらい麻痺していたシンの身体は、徐々にその魔の手から解放されつつある。それでもロッシュから受けた攻撃のダメージは甚大。例え自分自身で相手を打ち倒すことが出来なくとも、何とかしてグレイスに加勢出来れば、グレイス海賊団対ロッシュ海賊団の結末を変えられるのかもしれない。

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