死をも恐れぬ強行

 ロッシュのその表情と周辺の状況を見て、シンは直ぐにシルヴィとロッシュの戦いを思い出した。その時の光景と酷似している。何とかしてこの状況の危険性を彼女に知らせなくてはと思いながらも、ロッシュによって痛めつけられたダメージが抜けきらない。


 声を出そうにも、既にロッシュの攻撃は始まっていた。グレイスの周りに弾き飛ばされて転がっていた短剣が、ガタガタと動き出す。そして徐々にグレイスの方へと引っ張られるように移動を始め、足並みを揃えると短剣はグレイス目掛けて一斉に飛んで行く。


 「これはッ・・・!」


 異変に気付いたグレイスが周囲を見渡すと、無数の探検の群れが彼女に迫って来ていた。四方八方から飛んで来る無数の短剣は、身のこなしだけでどうこう出来る数ではなくその刃には勿論のこと、シルヴィの動きを封じた麻痺の効果がある毒が塗られており、擦ることすら許されない。


 だが、そこは一団を率いる船長。幾度と困難を乗り越えたであろう彼女は慌てて取り乱すこともなく、それならそうと避けることをやめ、受け止める選択肢を選んだ。


 ロッシュに掴まれた鞭を離すとそのボディ部分は消滅して、グリップから新たなボディが生成される。すると彼女はそれを使い、新体操のリボンの競技かのように、自身の周りをクルクル回るドーム状になる動きで防御の体勢を取る。


 短剣は、グレイスの周りを回る鞭によって次々に弾き返されていく。


 「なッ・・・何だとッ!?」


 ロッシュの口から、思わず驚きの声が漏れる。どうやら彼も、この不意打ちが防がれといったとは思っても見なかったようだ。その証拠とも言うのだろうか、ロッシュの額からは大粒の汗が流れ落ちた。


 これは本物の動揺だろうか。今までに彼のこんな姿は一度も見たことがない。そんなロッシュの姿を見て、シンの中にはある疑問が浮かんだ。


 ロッシュをサポートするように現れる光には、際限があるのかということだ。シンやシルヴィ、そしてグレイスと立て続けに戦闘を行い、その度に光は彼らを苦しめて来た。シンに至っては二度までもロッシュに挑み、多くの光を見て来た。


 だが、そんなロッシュがここに来て見せた焦りの表情。そこからシンは、もしやあの光の数には限りがあり、残りの残数が少なくなって来ているのではないだろうか。


 そしてシンの疑問を確かなものにするかのように、ロッシュはそれまでの戦い方を捨て、大胆な行動に出始める。


 何と彼は、自らグレイスの攻撃範囲内へと突っ込んで行ったのだ。ロッシュの放った無数の短剣ですら、鞭の攻撃による防御壁を突破出来なかったというのに、人ほどの大きさの物がその壁を突破出来るなど、到底思えない。


 グレイスの鞭は、正に近距離・中距離の者にとって難攻不落の戦闘スタイルだと言えるだろう。ミアの様な遠距離攻撃で尚且つ、連射の効く攻撃なら突破も出来るだろうが、ロッシュのクラスではそんな真似は出来ない。


 トレジャーハンターのクラスは、シンのアサシンというクラスに近い物がある。故にシンには、グレイスの鞭による波状攻撃を抜ける手段がロッシュに無いのは分かっていた。だが、一つ不可解なものがあるとすれば、ロッシュのもう一つのクラスであるパイロットが、如何なる効果を戦闘に及ぼすのかということだ。


 元々、戦闘で使える様なクラスではないパイロット。しかし、戦闘用のクラスではなくとも、ものによってはもう一つのクラスとの組み合わせで、戦闘に役立てられるものがある。


 何よりシンは、それを一度体験している。現実世界にいる白獅に調べてもらっても詳しいことの分からなかった、彼らWoFのプレイヤーでも知らなかったこと。それともたまたま彼らが知らなかっただけなのか。


 シン達と共にグラン・ヴァーグを目指して旅をしたヘラルトという少年。彼もまた、作家というクラスでありながらそれを戦闘に活かし戦って見せた。


 異変は何も、シン達ユーザーにだけ現れるものではないのか。この世界にも彼らの知らないところで、変化が訪れているのかもしれない。


 ロッシュはグレイスの振るう鞭による攻撃を、致命傷になり得るものだけを選別して防ぎ、小さな擦り傷程度や、身体の動きに差支えのない攻撃は避けず、ロッシュにしては珍しくがむしゃらに彼女の元へと向かって行く。


 彼の決死の行動と気迫にグレイスも応戦するが、ロッシュはただ突っ込んで行くだけでは無く、彼女に弾かれた短剣を再び光を使って飛ばし、何度も向かわせている。


 ロッシュの顔は、勝負を諦めた者の表情ではなく、覚悟を決めた男の顔をしていた。何を企んでいるかも分からないロッシュを近づけさせたくないグレイスだが、無数に飛んで来る短剣を捌く手を緩める訳にもいかない。


 そして遂に、傷だらけの身体で鮮血を飛ばしながら一心にグレイスの元まで向かった、ロッシュの命がけの行動が勝利の女神の心を動かしたのか、彼は漸く手の届く範囲にまでグレイスを捕らえることに成功した。

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