難攻不落
グレイスがロッシュの短剣を避ける度に、その動きと鞭の威力、スピードが増していくのだ。ロッシュの曲がる投擲を逆手に取り、避ける動作と踊りのスキルを同時にこなすことで、攻撃を避けながらにしてバフの効果を得ているのだ。
「何ぃッ・・・!お、押され始めている!?それどころか、俺と奴との間に差が生まれているのか・・・。これではいずれッ・・・!」
タダでさえ互角だったというのに、更に攻撃の回転数を上げていくグレイス。そしてそれは攻撃面だけに有らず、防御や体力、凡ゆるステータスを上げていく結果となる。
しかし、ロッシュが次の手を考えるよりも早く、彼女の波状攻撃が男の守りを崩す。投げた短剣は尽く弾かれ、新たに投擲しようとする物は次第にその飛距離を縮めていく。そして仕舞いには、投げようと短剣を手にした次点で弾き飛ばされるようになっていた。
遂に武器の在庫が切れたのか、最後の短剣を取り出したロッシュだったが、それもグレイスによって弾かれる。間に合わなかった。そういった表情で、弾かれた短剣が舞う上空へと視線を向ける。
直ぐ様グレイスの方を向き直ると、彼女の攻撃動作は既に完了しており、目で追うよりも素早くロッシュの身体へ鞭の先端、フォールを差し向けていた。タオルをしならせ打ちつけるように、ロッシュの身体を鋭い一撃が襲う。
「うッ・・・!」
まるで職人によって研ぎ澄まされた刃のような傷跡。ロッシュの身体を擦った鞭の先端の軌道を表すかのように、宙に鮮血の線が浮かび上がる。
堪らず距離を取ろうと後退するロッシュだが、なかなかグレイスの攻撃範囲から出ることが出来ず、移動するだけでも男の身体には無数の切り傷が刻まれた。
多少二人の間に距離が空き、鞭の有効範囲から逸れたロッシュを追い、前身するグレイス。
だが、これがこの男の狙いだった。ロッシュはただ攻撃の嵐の中から逃れようとしただけではなく、彼女をある位置へと誘き出そうとしていたのだ。ロッシュが弧を描くように後退しながら曲がって移動すると、グレイスは最短距離で間を詰めようと向かって来る。
「逃げようったって、そうはいかないよッ!」
そして再び、触手のように変幻自在に動きを変える鞭がロッシュを捉える。しかし男は突然立ち止まり、向かって来る鞭を態と自身の腕に巻き付けさせて動きを固定する。
ロッシュの意外な行動に驚かされるグレイス。二人の間は再び鞭の有効範囲内。辺りの床は、彼女の攻撃の威力を物語るように抉れ、得物の長い刀剣でも振り回したかのような傷が船に刻まれており、そのあちこちにはグレイスが弾いたロッシュの短剣が散らばる。
「アンタ・・・こういう得物を相手にするのは初めてかい?捕まったらどうなるか・・・分からん訳でもあるまい。追いかけっこはもう終わりだよ・・・」
グレイスが手にした鞭をグリップをギュッと握りしめ、バフで底上げされたその力で一気に引っ張ろうとした。鞭に拘束されたのは二度目だが、恐らくグレイスは一度目のように、鞭の切断を許す気はないだろう。
解けないロープで拘束され、人をいとも容易く振り回せる程の力を持つ相手に捕まれば、赤子が紐のついた玩具を振り回して遊ぶように一方的な戦いになる。壁に打ちつけようが床に叩きつけようが、宙で振り回し遠心力で負荷をかけようが思いのまま。
だが、この一見危機的状況に置かれている最中でも、ロッシュは取り乱すことなく、ひどく冷静だった。散々ロッシュの手口を味わって来たシンにとって、最早この男が感情的になろうが冷静でいようが関係ない。また何かを企んでいるのではないだろうか。そう思うようになってしまっていた。
そしてシンの想像通り、ロッシュは策を巡らせていた。
「あぁ、そうだな・・・。もう動き回るのは終わりだ。これからは一方的な戦いになる。ただ・・・お前が床に転がり、俺がお前を踏み躙るって構図だがな・・・」
悍しい笑みを浮かべて、俯いていた顔を起こすロッシュ。そしてグレイスはまだ目の当たりにしていない。この男の不可解な能力を。それによってシルヴィが倒されたことを、彼女はまだ知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます