炎上船の血戦
ルシアンへ振り下ろされた斧は、男の手をすり抜け床へと突き刺さる。乾いた木材の音が響き、初めて背後に迫っていた男の存在に気付いたルシアンは、驚愕した。あれだけの攻撃を与え、強力な雷撃により完全に意識を絶ったと思われていたヴォルテルが、ここまで歩いて来て自分の命を刈り取りに来ていたことが信じられなかった。
「ばッ・・・馬鹿な・・・!何故、立っていられる!?」
「・・・・・」
だが、更に彼を驚かせたのはヴォルテルの瞳の中を一点に見つめた時だった。何とこの男は、既に意識を失いながらそれでも、まるで敗北することが死を意味するかのように精神が肉体を凌駕し、気持ちに突き動かされる怪物と化していた。
ヴォルテルの手をすり抜けた、床に刃を突き立てる斧の斧柄から黒い靄が少量だが立ち込め、そして空気中へ中和されていき、消えていった。ルシアンにはそれが何なのか分からなかったが、シルヴィが投擲武器を放つ前にシンが斧の柄の部分に触れており、影のスキルを忍ばせていた。
そしてヴォルテルが斧を握った時に出来る影を利用し、別の場所に斧柄を一時的に飛ばしていたのだった。船を焼き尽くさんとする炎の熱と蜃気楼のように霞む視界の中で、全身に酷い火傷を負った男を仰向けの状態で上半身を起こして視界に捉えるルシアン。
輪郭を揺らめかせるヴォルテルの姿の後方に、もう一人誰かが居る。木造の甲板を鳴り響かせるように歩み寄るその影は、ルシアンにとって正に救いの手を差し伸べているかのように感じた。
「シル・・・ヴィ・・・」
手斧を手元でクルクルと回し、いつでも斬りかかれるように腕に武器の感覚を馴染ませながら、ヴォルテルに歩み寄るシルヴィ。その足音と気配を感じ取ったヴォルテルは一瞬動きを止めて体勢を起こすと振り返り、標的を目の前のルシアンから背後に迫るシルヴィへと変える。
「マスター、一人でよく持ち堪えてくれたよ・・・。後は俺に任せなッ!」
「ぅ”ぅ“ぅ”う“う”う“ッ!!」
飢餓に陥り、獲物を目前にした時の猛獣のような唸り声と共に、勝利への強烈な闘争心とビリビリと周囲の空気を震わせるかの如く殺気を放つヴォルテル。
手負いの獅子ほど危険なものはない。そんな言葉がしっくりくるかのような雰囲気を纏っている。体力差は誰の目にも明らかだろう。一度はダメージを抱え負傷していたシルヴィは、グレイスや回復班のおかげで前線で今まで通り戦える姿にまで復活した。
方やヴォルテルは、シールダーの代名詞でもある大盾を手放し、鎧は剥がれ、全身を雷撃によって焼かれている満身創痍の状態。文字や言葉で並べ連ねてみれば、ちょっとした攻撃でも簡単に倒れてしまいそうな状態だが、シルヴィの前に立つ男からは簡単に倒せるなど微塵も感じさせないオーラに満ちている。
嵐の前の静けさを連想させる束の間の睨み合いを経て、最初に動き出したのはシルヴィの方だった。先手必勝、ルシアンや船員達が繋いできたモノを成就させる時は今。
両手にそれぞれ持った手斧を回転させ、ヴォルテルとの間合いを一気に詰める。素早い腕の振りから放たれた交差する斬り込みを、男は両手の裏拳でシルヴィの手首を打って止める。
彼女の並外れた怪力を、その負傷した腕で受けただけでも常人の域を逸脱しているというのに、男のガードを上から押し込もうとするシルヴィの力と同等の力で押し返している。
余力は同等、このまま力比べをしていても埒が明かないと判断し、塞がった両手の次は片足を上げて槍のように鋭い蹴りを男に放つ。しかし、ヴォルテルはそれを同じく足を上げ膝で受け止める。
双方一歩も引かぬ攻防。正面からのぶつかり合いを避け、シルヴィは一旦距離を空けるため、両腕と足で男を押した反動を利用し、僅かばかり後方へ飛ぶ。彼女が手にした手斧の柄同士を打ち弾くと、二つの手斧の間に鎖が出現する。
それを今度は棍棒を回すように身体の周りで回転させ、鎖を棒のように真っすぐにする。斧と鎖の回転につられ風が巻き起こり、周囲の炎が騒めき出す。
シルヴィはダンサーのクラスを活かしたしなやかな動きで、回転する両端の斧で次々にヴォルテルを狙う。上半身を狙った攻撃は男のスウェーによって避けられ、足を狙えば紙一重の動きで足を動かして避ける。
彼女もその場に止まらず、ヴォルテルを中心にして攻撃しながら周囲を回り始める。攻撃の入射角が変わってくることで、ヴォルテルが徐々に攻撃を捌ききれなくなってくる。
足や腕、頬などに斧の刃が擦る。防戦一方に痺れを切らしたヴォルテルは、自ら回転する鎖の中へ腕を突っ込み、鎖を巻きつける事を選んだ。だが鎖が巻き付けば斧が迫ってくる。
開店を止めに入ったのを確認すると、シルヴィは再び距離を空け、別の手斧を両手に持つと一気に距離を詰めて斬りかかる。片腕を封じられたヴォルテルに、シルヴィの攻撃を防ぐ方法はない。
回転が速ければ速いほど、巻きつく力は強くなる。ヴォルテルの腕は血を止められたことで、みるみる内に紫色へと変色し、血管が浮き出るほどパンパンになる。
そこへ振り抜かれる二連撃。これは間違いなく一撃入ると確信したその時、ヴォルテルの腕を縛り上げていた鎖が、突如弾け飛んだ。両腕が解放されたとなれば攻撃は防がれる。僅かに動揺したところへ、男の渾身の拳が突きつけられる。
上体を反らし辛うじてこれを躱すと、離れ側に振るった斧が男の腕を斬りつける。空かさず体勢を整え、手にしていた手斧を一本二本と男に向けて投擲する。男は腕でガードするようにして斧の軌道上に構える。そのまま命中するかというところで、男の腕に斧は弾かれた。
「なッ・・・!何ぃッ!?」
ヴォルテルは盾を持たずして、小規模のシールドバッシュを放っていたのだ。スキル時間は短く範囲も狭い。そんな刹那の瞬間を見極め防御してみせるヴォルテルの武人としての技量に、感服せざるを得ない。
隙を生み出したヴォルテルは、シルヴィとの距離を詰め、勢いを乗せた渾身の拳を突き放つ。体勢を整える前のシルヴィにこれを避けることは出来ない。顔面に向かって迫る攻撃に、一発貰う覚悟をしたシルヴィだったが、何故かヴォルテルの拳は彼女の顔の横を通り過ぎていく。
目を見開きヴォルテルの体勢に起きた異変を探ると、何かが男の足に当たり、バランスを崩させていた。足に当たった銀色をした何か、それはルシアンのシェイカーだった。彼は倒れながらも最後の力を振り絞り、彼女の援護をしてくれたのだ。
ルシアンが作った最大のチャンスを見逃さなかったシルヴィ。後方へ下がっていた勢いを使い、そのままバク転しながらヴォルテルの顎を蹴り上げながら身体を捻り、着地と同時に新たな手斧で、男の喉元目掛けて刃を振り抜く。
彼女の渾身の一振りは、皮を裂き、肉を切り開くと骨をも切断した。ヴォルテルの首は丁度半分ほど切り開かれ、大量の水を含んで膨れ上がった水風船に切れ込みが入ったかのように、その身体を巡る命の液体を零した。
流石のヴォルテルであっても身体に力が入らなくなり、人形のようにグシャリとその場に崩れ落ちた。
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