マギーパンツァー
単騎で一軍を圧倒して見せたヴォルテルの鼻をへし折り、地べたに這いつくばらせたルシアン。煙幕のお陰でその様子は彼にしか見られなかったが、格下だと思っていた相手にダウンを取られたヴォルテルのプライドは傷ついただろう。
驚きのあまり言葉を失っているのか、手をついたまま下を向き大きく肩を揺らして呼吸しているヴォルテル。放心状態のようになっている彼に致命打を与えるため、音を立てないよう静かに近づく。
炎を放出するスキルを使った影響か疲労からか、近づいて見ると微かにヴォルテルの口から白い息が漏れている。これだけの重装と大きな盾、そして強力なスキルを使っていたのだから消費が激しいのも無理はないだろう。
「・・・・・ッ!?これは・・・!」
ヴォルテルに感じていた違和感は、彼だけのものではない。口を開いたルシアンの呼吸も、それがまるで温かいものであるかのように白く可視化されているのだ。それだけではない。何故かこの這いつくばる男に近づけば近づくほど、肌を刺すような寒さが布に染み込む冷水のように浸食してくるのだ。
「マヌケはテメェだぜ・・・」
掌に白く温かい息を吐き、周囲の温度が低くなっているのを感じていると、ボソッと声を発したヴォルテル。視点を息から声のする方へ移し、どういう事かと尋ねるように眉を潜ませ凝視する。
「何がなんだか分からねぇって様子だな・・・。だがこれはテメェが招いた落ち度だぜ?常套手段だとか抜かして煙幕なんか焚いてっから気付かねぇのさ」
二人を取り囲む煙幕で視覚による認識が出来なかった。ヴォルテルの側で床に突き立てられている盾の表面が、薄らと凍り始めているのが目に入る。そして何より先ほどよりも肌に感じる気温が低くなってきている。
「きッ・・・気温がッ!床が・・・服が・・・、息が凍るッ・・・!」
明かに自然な気温の下がり方ではない。みるみる内に体温は奪われ、足元が凍り、吸い込む空気が身体を内側から突き刺すようだ。此処に居てはマズイと、煙幕を脱しようと足を動かそうとするルシアン。
しかし、脳からの指令に逆らうかのように足が動かない。それほどまでに凍えてしまっていたのかと、自らの足に目をやる。そこに彼の疑問の答えがあった。
彼の足が動かなかったのは、寒さで身体が動かなかったのではなく凍りついた甲板に、足が貼り付けになっていたからだったのだ。見ている最中にも、甲板が凍りながら彼の足に纏わり付くようにして迫って来る。
「動かないッ・・・これは、スキル!?」
ヴォルテルはゆっくり立ち上がり、動揺するルシアンを眺めほくそ笑む。先に斬られた膝裏の傷は、浅かったのか既に治っており動きに支障もない。完全に押し返していると思っていたが、ヴォルテルにとっては前座にもならなかったようで、結局のところろくにダメージを与えられていなかった。
甲板に突き立てた盾も持たず、指をポキポキと鳴らしながら動けないルシアンに歩み寄る。彼の身体は一切凍ることなく、動きも自然だ。氷や冷気系のスキルは扱いが難しく、今この場で起きているスキルならば一定の範囲を凍らせる効果であるが故に、術者自らにも影響を与えてしまうものも存在する。
それが術者と対象が範囲に含まれる中、対象の相手だけを凍らせ自らには全く影響をきたさないということは、それだけ魔力の扱いに長けているということ。何も分からぬ者に知恵を教授するかの如く、ヴォルテルはルシアンにこのカラクリについて話し出した。
「そうさ!オメェの考えている通り、俺ぁ魔力の扱いに長けてる。それもその筈・・・、俺ぁ魔導士だからなぁッ!」
「シールダーに・・・魔導士・・・・?ッ・・・!!貴方はまさか・・・!」
シールダーという所謂タンク役でありながら、後方からの高火力魔法を放つアタッカー枠のクラスを併用するヴォルテルは、一部界隈では名の知れた異名を持つ人物だった。
物理攻撃を通さぬ装甲、凡ゆる攻撃を防ぐ巨大な盾、バリエーションに富んだ属性魔法の砲撃、一部の海賊達の間で彼は魔法の砲撃を放つ戦車という意味で“マギーパンツァー”と呼ばれていた。
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