洗礼攻略
スタートの合図と同時に、一声に船が動き出す。先手を行くのは機動力のある小型船や召喚によって呼び出された召喚獣達、そして生身で海を渡る者達だった。シン達の船は、小型船に分類されるようだが、出だしは後方の後続グループに位置しており、大型船よりもやや後方にいた。
「先頭グループはやはり機動力のある小型船や召喚獣達のようだな」
「ツバキ、もう少しスピードは出ないのか?前のグループからも離され始めたぞ」
練習の段階では確かに機動力のあったツバキの船だが、何故か彼は速度を抑えて進んでいるようだった。大型船からも遅れを取り出した現状に焦りを覚えたシンが彼に速度を上げられないのかと尋ねるが、これで良いと言うばかりで一行の船は次々に周りの船に追い越されていく。
「な・・・なぁ?本当に大丈夫なのか?どんどん差を広げられていく一方だぞ。いくら機動力があるとはいえ、それは他の奴らも一緒じゃないのか?これじゃ追いつけなくなるぞ・・・」
「いいんだよ、コレで・・・。今は我慢の時だ、今に分かる」
「さっきからそればかりじゃないか!話してくれなければ分からない。何故こんな後方にいるんだ?お前だって自分の船を世界に知らしめたいんじゃなかったのか?」
何も話してくれないツバキに、思わず声が大きくなる。だがシンの焦りや不安も最もなことだろう。何か理由があるのなら事前に知っておきたいと思うのは当然の事で、それはツクヨもミアも同じ気持ちだった。
だが、そんな状況においてミアがあることに気がつく。それはツバキからも事前に聞いていた情報であったが、話が違うのかまだその時ではないのか分からないが、明かに起こっていないことであるのは事実。
「待て・・・。何故戦闘が起こらない?何でもありの無法なレースの筈だろ?そんなレースで海賊やギャングの連中がこんなに大人しいのはおかしい・・・。それにアンタから聞いた話では、スタートしてすぐ“洗礼”と呼ばれる闘争が始まる筈だろ?」
ミアの言うように出だしがやけに静かではあった。それこそ正当なレースのように単純な乗り物の性能だけで勝負をしているようだった。だがそれは、このレースにおいて不気味に思えるほど静かな立ち上がりであり、“洗礼”が行われていないのも不自然だ。
すると突然、最早姿も見えなくなった前方の方で砲撃のような爆撃音が鳴り響いているのが聞こえてきた。その音を聞いたツバキが漸く、黙っていた理由を話し始める。
「・・・始まったようだな」
「何だ!?何で突然・・・」
「ここら一帯がまだ戦闘禁止領域だったからさ。スタートして直ぐ、他の参加者へ攻撃する事は禁止されているんだよ。この音が聞こえてきたってことは、先頭グループが戦闘禁止領域を出たってことだ。早速おっ始めやがったな?」
町周辺の海域には戦闘禁止領域が設けられており、その中での他者へ対する攻撃は禁止されている。レース開始と共に戦闘が行われれば、被害は参加者だけに留まらず、観にきた観客やスポンサー、投資家などの来賓の者達の命も危うくなってしまうからだ。
「初っ端から先頭を走るのは、逃げ切れる自信のある奴か余程戦闘に自信のあるチームだろうな。後はなにも知らねぇ素人共だろうよ」
「それなら先に言ってくれても良かったんじゃないか?別に隠すようなことじゃ・・・」
「状況が変わるかもしれないから断定出来なかったんだよ。他の奴らがどう動くかで戦術ってもんは変わってくるだろ?こうなるから準備しておけって言われて、全く別の状況に陥入れば混乱を招きかねないしな」
流石この町で、何度もレースを観てきているだけのことはある。その歳でよく考察して研究してきているであろうことが伺え、その小さな背中はこの海において頼もしく感じた一行。だが、戦闘が始まったとなればそれに乗じて加速すれば被害は抑えられるのではないだろうか。しかし、ツバキの船はまだ速度を保ったまま後方を進んでいる。
「なるほど、理由は分かった。だが抜けるなら今じゃないのか?何故速度を上げない?」
「それは、これから“洗礼”が始まるからさ・・・」
ツバキがそう言った途端、先程まで鳴っていた爆撃音がより一層激しさを増し、距離が近づいた事もあるだろうが、怒号のような悲鳴のような声が聞こえだし、見えずともその惨状が思い浮かぶかのようだ。
「大所帯の大船団が攻撃禁止領域を脱したんだ・・・。いくら先頭を走って最初の闘争を勝ち抜いても、疲弊したところに大型船からの攻撃を浴びるんだ」
「先頭を走る奴らの中には常連もいるんだろ?何故俺達みたいに後方にいなかったんだ?」
何度もレースに出ているような常連組の中にも、レース序盤から飛ばして逃げ切ろうとするチームはいる。だが、洗礼が来ると分かっていながら、何故彼らは先頭を走るのか。その理由は簡単だった。
「そうするしか勝ち目がねぇからだよ・・・。大船団の後ろにいちゃぁ追い抜くなんてこと、まずさせてもらえねぇだろうしな。だから攻撃禁止領域の間で差をつけて逃げ切ろうってんだろ。分かっていても前に出るしか勝機がねぇんだ・・・」
武装を整えた大船団の横を通ろうものなら、砲弾の雨を浴びるであろうことは明確。故に彼らよりも前にいなければ、そもそも勝負にならないという。しかし、それを聞いて尚更疑問な状況になっていることにツクヨが気付く。
「それなら私達は、もう勝ち目が無いってことにならないか?こんな後方にいては前に出ることは難しいんだろう?それに持久戦になれば、物資を多く積んでいる大型船に分がある・・・。上位入賞は諦めているのか?ツバキ」
この圧倒的不利な状況において、少年は静かに笑っていた。これまでのレースを観て研究してきた彼が、無策でこの戦場を乗り切ろうとする筈はなかった。
「まさかッ・・・。諦めるなんて初めから選択肢にはねぇよ。その為に俺は船を造って自分で操縦してんだからな!安心しな・・・、俺の船なら突破出来る。必ずな!」
自信に満ち溢れたツバキの表情は頼もしくもあったが、同時に簡単に抜けられるといった様子ではないことが伺えた。きっと彼は無理をしている。自分達を安心させようと、大袈裟に話しているに違いない。妻や娘の無理をしていた表情と似ていると感じたツクヨが、唯一彼の心境を読み取る。
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