狂気の海峡レース

 レース会場には続々と参加者の船や召喚獣などが集まって来ている。その中には、共に潜入任務をこなしたグレイスの海賊船や、シュユーとフーファンの所属するチン・シーの船団、そして優勝候補と名高いシー・ギャングのキングに、マクシムや行動を共にしていたヘラルトが加入したエイヴリーの船団など、会場を沸かせる大物達も揃っている。


 そして一際目立っていたのが、晴れ渡る天候で何故かその者の船周辺にのみ霧を発生させているフランソワ・ロロネーの海賊船。異様な光景に、距離を空けようとする参加者にちょっかいを出しているロロネーが警備の者達に制止され、注意を受けている様子が見てとれる。


 彼と同じく、悪逆非道で有名と言われているロッシュ海賊団は、ロロネーとは真逆で随分と大人しくしている。だが、その静けさが返って不気味だと、会場にレースのスタートを見に来た観客達が話している。


 他にもシン達が情報収集で得た、聞き覚えのある海賊、ギャング、賞金稼ぎなどが見当たったが、それよりもシン達の気を引いたのは、一人でレースに参加していて、彼らと同じ乗り物を所持しているハオランだった。


 どうやら彼は、単独でレースにエントリーしているものの、道中で得たレアアイテムや名高い武具などを、主人であるチン・シーの元へ還元するのだそうだ。勿論、ゴールする事で得られる賞金や商品も彼女への贈り物となることだろう。


 会場がざわつき出し、セレモニーでも司会を務めていた男が会場へと入ってくると、港のあちこちに設置されたモニターにその姿をお披露目する。


 「皆様!本日は天候にも恵まれ、遥々このグラン・ヴァーグにお集まり頂き、誠にありがとうございます。大変長らくお待たせいたしました。凡ゆる者達の、凡ゆる者達による、凡ゆる者達の為のデスレース、フォリーキャナルレースの開催です!」


 会場に集まった参加者や観客、そして町からその様子を見守る観光客や住人達の雄叫びが辺り一帯に響き渡り、鼓膜を震わせる。視界がビリビリと歪んで見えるほどの大歓声を浴び、スタートに向けてのルール説明や最終確認が行われる。


 「何だか緊張するね!」


 お祭りのような雰囲気と、高揚した参加者達の熱気にあてられ、思わず声を漏らすツクヨ。そんな彼を尻目に銃のメンテナンスをしながら、自分達の目的を彼やシンに言い聞かすように話すミア。


 「いいか?アタシらの目的は何も優勝や、大物の首じゃぁない。あくまでレースの道中に仕込まれたと言われている異世界への転移ポータルだ。無駄な戦闘はなるべく避け、目的の代物を手に入れたらさっさとゴールを目指す。いいな?」


 「了解・・・。だが、ゆっくりもしていられない。転移ポータルの価値がどれ程のものか分からないが、他の奴らが目もくれないなんて事はないだろう。迅速な対応も求められる。もし優勝候補である三勢力の手に渡ってしまえば、それこそ厄介なことになる・・・」


 シンの言う通り、この世界の住人にとっては俄かには信じ難い、異世界への転移ポータルという胡散臭い代物など、他の財宝や貴重な武具に比べれば求める者は少ないかも知れない。だが、もしそれがシン達以外の者に渡ってしまった場合、その者から譲り受けるか奪うしかない。


 交渉の余地があるとするならば、グレイスやチン・シー、ハオラン辺りだろう。彼らならば友好な関係を築けているので、条件次第で譲ってくれる可能性が高い。


 問題はキングとエイヴリーの一大勢力の手に渡った場合だ。その大所帯から、道中の財宝を総なめにしようと部隊を分散させて行動するに違いない。キングとは面識があるものの、あの人間性を見てまともな取引が成立出来る未来が想像できず、条件に何を言い出すか分からない。


 エイヴリーに至っては面識すらない。ツクヨとツバキが彼の幹部であるマクシムと繋がりがあるが、それだけで話が通るとも思えず、転移ポータルとツバキの一件は何の関係もない為、彼もそこに協力的になってくれるとは限らない。同じ理由でヘラルトを通じて交渉する線も無いに等しい。


 最悪なのは、ロッシュやロロネーといった者達のてに渡ることだろう。交渉など考えるだけで無駄であり、尚且つ彼らのような者が転移ポータルを入手すれば使用してしまう展開も大いに想像が出来る。何をしでかすか分からない者を現実世界に行かせる訳にはいかない。何としてもそれだけは避けなければならないだろう。


 そんなことを考えているうちに、司会の話が終わり間も無くレース開始の合図が出される。


 「お待たせしました。いよいよ準備が整いましたので始めたいと思います。皆様、心の準備は出来ましたでしょうか!?それでは希望と狂気に満ちた海峡横断レースの幕開けですッ!よーい・・・・・」


 息を飲む瞬間。司会の溜めが入り、会場は先ほどまでの熱気が嘘のように、一気に静かになる。自らの心臓の音が一定のリズムを刻みながら合図を待つ。


 そして、フォリーキャナルレース開始の知らせを轟かせる銃声が、晴れ渡る空へと放たれた。


 「スターーートッ!!! フォリーキャナルレース開始ぃぃぃッ!!!」


 無数に打ち上げられる花火や紙吹雪、蛍の光のような淡く発光する球体が宙を舞い、海を渡る者達を盛大に送り出す。


 勝者には希望や夢に満ちた光を、敗者には死を。狂気の海峡レース・・・開幕。

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