ツバキの顧客

 話をして歩いていくうちに、目的のウィリアムの元へとたどり着いた一行。フーファンはそのままウィリアムの作業場に顔を出すといって別れ、シン達は一度ツバキの家へと戻ることにした。


 彼の家に明かりがついていない。遅くなってしまったのできっと先に就寝したのだろうと思ったシン達は、玄関のドアノブを開いてみるが鍵がかかっていることに気がついた。


 寝床や食事の面倒まで見てもらって、結局お返しが出来なかったことで彼を怒らせてしまったのかと心配しながらも、他に行く当てがなかったシン達はフーファンが向かったウィリアムの作業場へと立ち寄ってみることにした。


 こちらはまだ明かりがついており、中から人の気配であろうものも感じる。大勢で作業をしているような音や気配ではなかったため、既に作業員や弟子達は帰宅の途についていることだろう。すると中にいるのはウィリアムとフーファンだろうか、などと想像しながら作業場の戸を開ける。


 「失礼します。ウイリアムさんお話が・・・」


 エイヴリー海賊団との件を尋ねようと彼の作業場に入って来た一行だったが、眼前にいたのはウィリアムの姿ではなく、一人の大人の姿と二人の子供の姿だった。


 「ん?何だアンタか・・・遅かったじゃねぇか。じじぃなら今出掛けてるぜ?」


 中にいた者達の視線が彼らに注がれる。一番最初に声を掛けてきたのは、彼らの世話をするツバキだった。シン達の心境とは裏腹に、全く彼らのレース不参加について気にしている様子はなかった。


 子供のうちの一人がツバキとなれば、もう一人は必然的にフーファンとなる。そしてそこにウィリアムの代わりにいた大人の影は、見覚えのある美しい出立の美青年で、グレイスと彼らを繋いでくれた人物だったのだ。


 「おや・・・?貴方達は・・・」


 そこにいたのは、昼間に彼の行き付けの店で別れたハオランだった。お互いに驚いた様子を見せると、状況を整理している途中の彼らに変わりツバキが自分とシン達の関係について説明してくれた。簡潔に彼らとのことを話し終えた後、次に少年はハオランがここに居る理由についても話してくれた。


 どうやら彼は、一人用の船が無いかウィリアムに訪ねに来たのだという。しかし、ウィリアムが不在で、代わりにいたツバキにその話をすると、丁度良い物があるといって、彼の造っていたモーターボートに積んである特殊な乗り物を勧めたのだ。丁度その乗り物の試し乗りを終え、ハオランは気に入ったように一台譲り受けたのだという。


 「そうでしたか、そんなことが・・・。奇しくも丁度良いところに私が現れた様ですね。ツバキ殿の舟・・・?乗り物はとても素晴らしかったですよ。小回りも効きますし、スピードもある。単独行動の多い私には正にピッタリの物でしたよ。彼の宣伝に役立つのなら喜んで使わせてもらいます」


 どうやらシン達の代わりにツバキの船を使ってくれる人が現れたようで、肩の荷が取れた三人だったが、ツバキの表情は宣伝をしてくれる顧客が見つかったにしては、あまり浮かない顔をしていた。


 「よかったじゃないかツバキ。彼なら大いに宣伝効果を得られるんじゃないか?なんたって彼のところのリーダーはレースでトップスリーに数えられるほど、有力株なんだろ?」


 ハオランはチン・シーという、このレースにおいての一大勢力に属する人物。別部隊としてレースに参加するのは、彼の能力が関係しているかららしい。有名な人物が使っている物というのはそれだけでファンが買ったり、何を買えば良いか分からない人が取り敢えず手を出すならと買ってもらいやすいもの。尚且つ、一人用の乗り物となれば、レースに出ずとも仲間内での遊戯や運動などでも使えるのではないだろうか。


 「確かに有名人に使ってもらえるのは有難いことだし、俺の乗り物を選んでくれたのにも感謝してる・・・。でもハオランがこれに乗ってレースで戦績を上げたところで、ハオランの実力に目がいっちまってあまり有効な宣伝にはならねぇんだよなぁ・・・。アンタらだってそう思うだろ?強い奴は何を使っても強いんだって。要は、無名の奴でも俺の舟で上位勢に渡り合えるってところを見せられるのが一番いいんだ」


 確かにツバキの言い分も一理ある。ただでさえその見た目から人気の高いハオラン。その彼が何に乗って優勝しようと、乗り物ではなく彼に目がいってしまうのは何となく想像ができる。


 「贅沢言うもんじゃない。それでも彼の名がアンタの舟を世に知らしめてくれるかもしれないんだから。彼の力で上がった知名度を活かすも殺すも、その後のアンタ次第なんだから」


 全く宣伝も出来ないよりは遥かにマシだろう。彼がウィリアムとここで落ち合わなかったこと、丁度その場にツバキが居合わせたことこそ、何かの縁なのだから。

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