工作班

 シュユーのエンチャントによる“不可視”とは、文字通り肉眼で捉えることが出来なくなる付与効果であり、その効果が発動している間は周りの者に視認されなくなるという便利な効果だ。


 ただ気をつけなければならないのが、視覚による探知を受けなくなるというだけで、音や臭い、温度や気配などによる探知は受けてしまい、見えないだけで触れることも出来てしまうため、ぶつかったり広範囲に渡る技の効果を受けた際に不自然な現象が視認されて位置が特定されてしまうなどという欠点もある。


 要は敵に姿を見られていない状態での先制などで、大きな力を発揮する。また、目眩しなどにより相手の視界から自身の姿を、一時‬遮断した後のムーブにも効果的で、逃走の際や、体制を立て直すのに重宝する、アサシンのクラスと非常に相性の良い特殊効果である。


 「そんな便利なものが・・・。それで?そのロッシュ海賊団に探知が得意なクラスについている者はいるのか?」


 シンの危惧する探知系の能力を持つ者が、今回の任務において最も注意を払うべき相手だろう。何かおかしな物音や気配を察知されてスキルを使われたりでもしたら、直ぐに侵入がバレ、ロッシュの元にも連絡がいってしまう。そのような事態だけは何としても避けなければならない。


 「勿論、船員の中にはそう言った能力に長けている者もいるだろうが、常日頃から探知をしている訳でもあるまい。何か予兆がなければスキルを使うことはないだろう。一応、フーファンの術式を仕掛けにいく際に相手方の動きと警戒態勢のチェックをしてくる。奴は頭の切れる男だ・・・、何かしらの防衛線を引いていてもおかしくはない」


 フーファンの妖術に必要な術式の仕掛けは、必ず一つ以上必要になる。逆に言うのであれば一つだけあれば妖術を発動させることは可能だ。しかし、その妖術の効果や範囲、難解度が術式の個数によって様々に変化してくるのも妖術師のクラスの特徴とも言えるだろう。


 多く設置すれば敵に発見されやすく破壊されて弱体化するデメリットもあり、術式の数が減れば妖術の内容が変わり、戦況が変化する。それを見越して敢えて見つかり易い所に仕掛けるなど、考え始めれば果てがないほど奥深く面白い。


 「術式の設置はフーファンとシュユーに一任してある。ミアとツクヨは彼らについて行き、重要な術式の護衛をしてもらう。フーファン、今夜の‬決行時間までには準備出来そうかい?」


 「大丈夫です!今回は隠密ということなので、設置する術式の数も少数に留めます。人通りの多い町中や、海上などではかえって目立ってしまいますので、ここはオーソドックスに物を隠すような場所で、目標の船にも近い場所に仕掛けようと思っているですよ」


 それを聞いてグレイスは頷き、班を二手に分けて作戦の下準備に取り掛かるよう指示を出していく。班は、術式の設置、調査、護衛、実働班の援護を行うミアとツクヨ、そしてシュユーとフーファンの班。もう一つは、シュユーのエンチャント装備を持ち、実際の動きを確認し、実行するシンとグレイスの班になった。


 「よしッ!それじゃぁ設置班は準備に取りかかってくれ。シンとアタシは、装備と侵入経路の確認、それとアンタのスキルがどんな物なのかアタシに見せておくれ。それによってアタシらの行動も変わってくるからね」


 一行は席を立ち、任務の成功を誓い合うとそれぞれの場所へと動き出した。




 設置班を率いるフーファンは、一行を連れ町中を抜けて行く。始めに訪れたのは町の港にズラリと並ぶ様々な形や武装が施された船が数多く停まる停泊場。船乗りや海賊達の人並みを進んでいき、とある場所に停めてあった何の変哲も無い、よく見かけるような小型の船に辿り着く。


 「まずはここに設置するですよ!」


 停泊してある目的の船を指差しながら、勢いそのままに歩いて行くフーファン。だれの物かも分からぬ船に、説明もなく進んでいく二人に質問を投げかけるミア。


 「この船はなんだ・・・、誰の船なんだ?」


 フーファンでは説明にならないと思ったのか、シュユーがミアの質問に答える。


 「こちらは我々が前もって用意していた偽造船です。適当なものを見繕い準備しました。任務決行の際にフーファンが術を発動する、妖術の最重要ポイントになります」


 妖術師というクラスに疎かったミアとツクヨは、術の仕組みや条件などは分からないが、ロッシュの船も停まっているであろう停泊場に術者であるフーファンと重要ポイントを置くことに不安が過った。


 「停泊場は他にもあるのか?奴の・・・ロッシュの船とはどのくらいの距離にある?」


 「標的の船はこの近くですよ。ホラ・・・あそこに見える船がその船です」


 そういうとフーファンは指を指してロッシュの海賊船をミアとツクヨに教えた。驚いたことにロッシュの船とはそれなりに近い距離感にあり、流石は名の知れた海賊といったところか、その大きさと物騒な装飾は、他の船を圧倒するものがあった。


 「こんなに近くで大丈夫なのかい?もし敵側に探知スキルを持った者がいたら・・・」


 ロッシュの船を目の当たりにすれば、ツクヨの不安も当然といえるだろう。しかし、二人はさしたる問題ではないといった様子でいる。


 「ご安心下さい、術式の設置において我々が組まされているのには理由があるのです」


 妖術において術式を破壊されるのが最も痛手となる。それを補うためにエンチャントを行えるシュユーが彼女と組み、装置の隠蔽を施す。隠密の任務を行うのだ、隠匿に向いたクラスの者を差し向けるのは当然の判断だろう。

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