聖都の亡霊

 木々の生茂る獣道の先、モンスター達が息を潜める山岳地帯を抜けると、大きな国を見下ろす山頂へと出る。


 そこから見える人の営みは、普段の街並みよりも静かで明かりも人工的なものではなくキャンプで焚かれる火のように、均等で安定したものではないが、揺らめく自然な灯りはそこで暮らす人々の命の灯火かと思えるほど、健気で力強く見えた。


 山岳地帯を登って来た集団の内の一人が、何やら黒く薄い箱のようなものを取り出すと、それを口に近づけて声を発する。


 「こちらアルファチーム、目標地点に到着」


 その者が黒い箱に話しかけると、今度は箱の方からやや聴き取りづらい掠れた音声を発し始める。


 「了解、指示を待て」


 短くあっさりとしたやり取りを終えると、黒い箱をしまう。複数人いるその者達の何人かが、近くのモンスターや側にいる誰かに聞き取られないような小さな声で会話を始める。


 「しかし呆気ないものだな。これが我々が恐れていた国の末路か・・・。脅威となるモノがなくなれば、これ程容易になるとはな」


 「だがまだ安心は出来ない。あの者達が何も残していないというのは、考えづらい。最大の脅威は去ったが、まだそれに追従する者達がどうなっているのかという情報はないんだ。未だ健在と思っておくのが賢明だろう。それを見据えた作戦だ」


 その者達は双眼鏡で国の様子を覗き見ている。その目には崩壊した街や傷を癒している者、離れたところではいくつか並ぶテントと、火を囲う街の者達とは格好の違う人々の姿が目に入る。


 そして国の中央部で一際目立つ、厳重に警備された城のようなものに視点を移し、中の様子を伺う。だがその者達の期待する情報は得られなかったようで、その後も隈なく城とその周辺を中心に、人の多くいる箇所を注意深く探る。


 「何か見つけたか・・・?」


 「いや、何も変わった様子はないな。それに奴らもいない・・・。だがおかしな事に統率が取れている。リーダーとなって纏めている者がいる筈だ。それが誰か突き止められれば、この任務も楽になるんだが・・・」


 地に伏せ、その者達の数人が国を双眼鏡で観察し、残りの数人が周囲の警戒をして暫く経った頃、事は突然起こり出した。


 静けさに満ちたその者達の拠点に、夜空を照らす星の光に紛れ、一つの光が徐々にその者達に近づいて来ると、それは一筋の稲光となって近くの木に落ちた。その光と音に、瞬時に戦闘態勢を取るその者達は一度落雷した方を注視すると、一人がハンドシグナルをして指示を出す。


 その者達は、蜘蛛の子を散らすように周囲へとゆっくり散らばっていき、物音を立てることなく警戒にあたる。指示を出した者ともう一人が、恐る恐る落雷した木の元へと近づいて行く。


 雷が落ちた割には周囲への被害は少なく、木が一本と生えている地面の周辺が焼け焦げ、小さな火が少し雑草に燃え移り、弱い灯りを灯しているだけだった。焼け焦げた匂いの中をゆっくり進む二人が、木の元へやって来ると、近くの草むらで物音が聞こえた。


 直ぐに身を翻し、戦闘態勢を取る二人だったが、草むらから出て来たのはそこで暮らしていた小動物の姿だった。張り詰めた緊張感が一気に解け、大きく息を吐いた二人は互いの顔を見ると頷き、背中を向き合わせながら周囲へ展開していった者達の方へ、それぞれ歩き出す。


 指示を出していた者の方の前に、何者かの人影が音もなく現れる。明かりが無くはっきりとは分からなかったが、それが人であることだけは分かった。影は動くことなくそこに立ち尽くしている。その隙にその者は、腕の裾から何かを落とすと小さな物音が辺りへと響き、先ほど別れたもう一人に合図を送り、ハンドシグナルでこっちに何者かがいることを伝える。


 だが、もう一人の方に動きが見えない。指示が行き届かなかったのか、動いてる気配のない仲間に痺れを切らしたその者は、刃物を人影の方へ構え刃の反射で背後を見ると、そこには血溜まりの中で倒れる人の姿が映った。


 視点を人影の方に移すが、それが動いた痕跡や気配など全くない。それどころか、辺りにいる筈の散らばった仲間の気配すら感じないことに、異常事態が起こっていると悟ったその者は、スキルを使い周囲を暗視すると共に辺りの草木を透視し、仲間の様子を探る。


 すると、彼らは一様にバラバラにされ、地面に倒れていたり木に貼り付けにされていたり、枝に吊るされていたりと、凄惨な姿でその者の目に映り込んだ。


 身の毛もよだつ程の出来事に、その者は震え上がり冷たい雫が背中を伝う。人影の方を振り向いた時、その者の視点は大きく宙を舞いながら高度を下げ、地面に落ちる。


 地に転がるその者の頭は、首を失った自らの身体を瞳に映した後、その機能を完全に停止した。残った身体からずり落ちた黒い箱から声が聞こえる。


 「アルファチーム?アルファチーム!応答しろ!他の地点で異常が発生、直ぐに現場を引き情報を持ち帰れッ! ・・・アルファチームッ!?」


 箱から聞こえてくる音声だけが、真っ暗な木々の中で虚しく響き渡る。近くには、先程までいた人影もいなくなり、再び自然の音だけが奏でる静寂が訪れた。






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 ユスティーチを出発した馬車から夜空を見ていたシンが、何かを見つける。その様子に気づいたミアがシンに尋ねる。


 「どうかしたのか?」


 ミアの言葉に、うたた寝をしていたツクヨが目を覚まし、シンの見上げる夜空をキョロキョロと覗き出した。


 「いや・・・今、遠くの方で雷が見えたような気がして・・・」


 だが、彼の言う雷を二人は目にしてもいなければ、音も聞いていない。何か変わった様子でもあったかというように、ミアとツクヨが顔を向き合わせるが、ツクヨが首を横に振ると再び夜空を見上げる。


 「こんなに澄みきった星空でかい?」


 ツクヨの言う通り、夜空には綺麗に輝きを散りばめた星空が遠くまで広がっている。こんな様子で雷など見える筈もない程に。


 「それも・・・そうだよな・・・」


 一行は、それがただのシンの見間違いということで片付けると、馬車は徐々に聖都が見えなくなるほど遠くへと進んでいく。




 彼らが聖都ユスティーチを立ってから、近隣諸国ではある噂が広まっていた。それは聖都周辺に現れる亡霊というものだった。ある人はそれがシュトラールの亡霊だと言い、またある人は行方不明になっている卜部朝孝だと言う説もある。


 その亡霊は聖都を狙う者共を尽く討ち滅ぼし、たった一人で大国の師団を撤退させるほどの強さなのだと言われており、その姿はやや小柄で月夜に輝く銀色の髪を靡かせ、閃光のように素早い身のこなしをする、隻腕の短剣使いだったと伝えられ、聖都を訪れたことのない者でもその噂は知っている程の、有名な逸話となった。

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