朝孝の望み、アーテムのけじめ
「先生・・・武蔵・・・。 私は、あなた方に少しでも近くことが出来たでしょうか・・・? あなた方のように誰かを変えることが出来たでしょうか・・・?」
真っ白な空間の中で朝孝は、二人の男の前で語りかけている。
その男達は、彼の人生を大きく変え、強く、正しく彼を真っ直ぐに育ててくれた、命の恩人にして人生の師であった。
「私は・・・あなた方のように、後の世に何かを残すことが出来たでしょうか・・・。 彼らが無事であるか・・・今はそれだけが気掛かりです・・・」
俯いて話す彼を、二人の男はただ黙って見ているだけだった。
「私にはやはり、荷が重すぎたのかもしれません・・・。 私にはあなた方の輝きが眩し過ぎて、ほんの僅かですら・・・受け継げられたかどうか・・・。 出来損ないの弟子で・・・申し訳ありません・・・。 ごめんなさい・・・先生、武蔵・・・」
悲観に暮れる彼の元に別のところからもう一人、黒いコートを身に纏った男がやってくる。
「名も無き者よ・・・。 無知なお前はあまりに多くの命を奪い過ぎた。 それは後世の善行を得てしても償いきれぬ業だ・・・」
「貴方は・・・? 何故ここに・・・。 これは私の意識の中ではないのですか?」
フードを深く被り、表情の見えぬコートの男は朝孝の疑問に答えることもなく、一度ため息を吐くと一方的に話を進める。
「はぁ・・・。 だが、君の起こした“巡り合わせ”によって事が大きく動き出したのも事実・・・」
男は朝孝に近づき、手を差し伸べる。
「君が望むのなら、何か頼まれごとを聞いてやらんでもない」
「望み・・・」
男の言葉に希望の光を見出し、瞳に輝きを取り戻す朝孝であったが、男はそんな彼に釘を刺すように、言葉を添える。
「しかし、高望みはしないことだ。 欲をかけば願いは成就されず失敗に終わり、新たな禍の輪廻を生み出すことになる」
朝孝には、男の口にする言葉の意味は理解出来なかったが、彼が望んでいたのは、卜伝や武蔵から意志を受け継ぎ、同じく継ごうとその身を捧げてきた弟子の、意志の成就であった。
「それならッ・・・、もし望みが叶うのであれば・・・。 どうか、受け継がれる意志の成就・・・、アーテムに加護を・・・。 彼の成そうとする意志に加護を・・・」
アーテムは彼の弟子の中でも、性格や言動こそ荒々しいものの、どこか正解へと人々を導く力や、人を惹きつける魅力のようなものがある。
きっと彼ならば、自分よりも正しく意志を継いでくれるであろうと、朝孝は考えた。
彼の願いに、男は少し意外そうな反応を示した。
「ほう・・・これは面白い。 いいだろう、こちらとしても願っても無いことだ」
男は朝孝の願いを聞き入れその姿を消すと、朝孝はまだそこに立ち尽くしている二人の男達の方へと、再度向き直す。
「・・・二人にもう一度会いたい・・・と、願えば望みは叶ったのでしょうか・・・」
朝孝は、自分の望みよりもアーテム達がこれから生きていくであろう後の世のために、その願いを使ったのだ。
それは深く考えてそうしたわけではなく、彼の内側にある何よりも優先して憂いる、弟子達の安寧を願ってのことであった。
そんな彼の願いに、二人の男は朝孝に優しく微笑みかける。
後世に未練を残せば、そこに生きる者達に禍をもたらし、更なる不幸を招くことになっていたであろうことを、二人の男の意志を継ぐことで無意識に朝孝は理解しており、いざ奇跡の分岐点が訪れた際、咄嗟に行動に移すことができた。
「これで、良かったんですよね・・・。 これで漸く私も・・・」
満足そうな表情で朝孝が言いかけたが、彼がそれを言い終える前に、その白い空間の光に全てが満たされていき、彼もその光の中へと消えていった。
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シュトラールが生き絶えた後、アーテムはその傷だらけの身体を何とか起こそうと試みるが、脳からの指示に身体はそれを実行するだけの力を捻り出すことが出来ず、彼はその場で動けないまま、もどかしい思いをしていた。
「頼むッ・・・! 動いてくれよ、俺の身体・・・。 今、動かねぇと全部無駄になっちまうんだよッ・・・!」
身体を左右に転がし、力の入らない腕を無理やりつっかえ棒のように、身体と地面の間に立て、腕の上に身体を乗せようとするも失敗し、上体を起こすことすら出来ない。
そんな彼が辺りを見渡すと、薄っすらと湯気のような白い煙を立ち上らせているものを見つける。
「あぁ・・・? 先生・・・? まさか生きてッ・・・!」
アーテムが朝孝の身体に起きている異変に、もしかしたら彼が生きているのではないかと目を見開いて驚いた時、アーテムの身体に力がみなぎるのを感じると、動かなかった腕がその役割を全うし始める。
何故そんな力が自分の中に溢れてきたのか、そんなことを考える暇もなくアーテムは朝孝の元へと駆けつけた。
「先生ッ! 先生ッ!! 返事を・・・、!?」
朝孝を起こそうと彼の身体に触れたアーテムは、その人とも思えぬ冷たさに驚き、やはり既に器だけの状態であることを悟る。
彼の身体を抱き起しているアーテムの視界に、白く霞んだ何者かの足が見え、側に立っているのを感じ、その者の正体を見たアーテムは驚愕した。
「せッ・・・先生・・・?」
冷たく倒れる彼とは別に、まるで魂だけが抜け出してアーテムを見ているかのような姿で朝孝が立っている。
ありえない光景にアーテムは、二つの朝孝の姿を交互に見て確かめると、側に立っている朝孝の姿をしたものは、柔らかい表情へと変わり、その姿を消していった。
「先生がくれたのか・・・? 俺にもう少しだけ動く力を・・・」
朝孝の身体をゆっくりと持ち上げて立ち上がるアーテム。
「それなら・・・、俺は俺のやるべきとこをしなくちゃな・・・。 まだ・・・終わってねぇッ・・・!」
閑散とした道場で、アーテムは朝孝の身体を持ち上げて歩き出す。
彼らをここに置いておくわけにはいかない。
彼らに向けられるかもしれない疑いの目を逸らさなくては、国のために戦ってくれた彼らに示しがつかない。
シュトラールは、例え自分の味方に裏切られようと、自身の理想のため信念を貫き通した。
朝孝もまた、自身が受け継いだものを次の世代に引き継ぎ、死して尚、彼らの世のために尽くしてみせた。
アーテムも彼らのように、彼を信じ慕ってきた者達と、共に戦った仲間達のためにしなけらばならないことをするため、けじめをつける覚悟をする。
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