悲劇の予感

聖都の各地で行われていた、それぞれの思いを賭けた戦いは幕を閉じる。


正しき者達を黄金郷へと連れて行き、悪のない世界を目指すシュトラールの計画に加担した者達は、最早聖都の戦火の中にはいない。


まだ僅かに戦火の上がる聖都、残ったモンスターの討伐をしているのは、彼の計画を知らされていない末端の騎士達だけ。


彼らはこの聖都の裏で何が行われていたのかも知らぬまま、ただ愚直に、献身的に、その血と汗を流して民達の為に戦っている。


そしてその中には、普段は対立しているルーフェン・ヴォルフのメンバーもおり、国を揺るがす一大事に、二つの組織は国と民を守る志を同じくし、事態の鎮静化に励んだ。


彼らの努力の甲斐もあり、聖都の動乱は多くの犠牲を出しながらも、民達の被害は最小限に抑えられ、辛うじてモンスターの掃討、及びポータルの破壊を完了させたのだった。


その後聖都ユスティーチでは、国を守る為に名誉の殉職をした騎士隊の者やルーフェン・ヴォルフの者を運び出す作業や、行方不明者の捜索活動が行われ、そこには路地裏で倒れていたリーベを救助する光景や、城内で倒れるシャーフを運び出す光景、聖都門で倒れるファウストやナーゲル、ブルートの姿や、聖都内で倒れるルーフェン・ヴォルフの組員とナーゼ倒れる姿に涙を流す者達の光景が見受けられた。


騎士やルーフェン・ヴォルフの隔たり既にここには無く、一丸となって救助作業をする同じ国を愛する者達の姿があった。




「あらら・・・、僕の送った“ギフト”じゃ君の運命は変わらなかったようだね、シュトラール」


聖騎士の城、聖都でも屈指の見晴らしの良さを誇る展望台から、朝孝の道場で倒れるシュトラールの姿を望遠鏡のようなもので見る、黒いコートを羽織った何者かの姿があった。


「まぁ、君のためのモノじゃないから、別に良いんだけどさ・・・。 君の言葉を借りるなら、僕の送った“ギフト”は、君や国にとって“毒”にしかならなかったってところかな?」


黒いコートの者は、子供と見紛うくらいに小柄でありながら、落ち着いた大人の女性のような声をしており、体格と声が合わないあべこべな風貌と印象を与える。


「それよりも・・・、もっと面白い“モノ”を見つけちゃった・・・」


嬉しそうな声でそう語るとその者は、何処かへ飛んで行ったとも、移動ポータルを使ったのとも違い、一瞬にしてその姿を消し去った。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






目が覚めたら暖かいベッドにおり、眩しい日差しに目を細めながら鳥の囀りで・・・といった、理想的な目覚めではなかったものの、ここ最近の目覚めの中で、三本の指に入るくらいには心地の良い休息を取ることが出来たシン。


彼の目にいの一番に映ったそこは、どこかもわからない天井で、それも天井と呼ぶにはあまりに心許ないものだった。


ゆっくり上体を起こしたシンは辺りを見渡すと、自分と同じく身体に何も掛けられていないまま、いくつも並ぶベッドの上に寝かされている人の姿を目撃する。


「・・・? テント・・・? 俺は一体・・・、みんなは?」


彼の寝かされていたテント内には、ミア達の姿は見当たらず、まだ痛む身体を起き上がらせベッドから降りたシンは、そのままヨロヨロとテントの外へ向かう。


出入り口に掛かる布の隙間からは、外の眩しい日差しが入り込んでおり、隙間に指をかけたシンはゆっくりと布を退かして外へ出る。


そこには、外で元気に走り回る子供や、包帯に巻かれた者が地べたに座り物思いにふけっていたり、別のテントでは火が焚かれ、配給が行われていた。


周りの景色は見晴らしが良く、近くには城壁のようなものが建っていることから、ここは聖都ユスティーチの国外であることが直ぐにわかった。


「シン、目が覚めたのか・・・。 無事なようだな」


聞き馴染みのある声がシンにかけられると、彼はその声の主の方を向くと、まるで何年も会っていなかったかのような懐かしさと安心感から、安堵のため息を漏らした。


「ミア・・・。 君も無事なようで安心したよ」


定型のような軽い挨拶を交わすと、彼は最も気になっているであろう事柄について、彼女に尋ねようと口を動かすよりも先に、ミアは彼に自分の知り得ることを話してくれた。


「あの後どうなったか・・・だろ?」


何を言おうとしたのかを、一言一句見事に当てられて、流石ミアだと彼は頷いた。


「結果から言おう・・・。 シュトラールが身体を欠損した状態の“死体”で発見されたそうだ・・・」


死体という言葉に、シンは一瞬心を何かに握られたかのような感覚を味わい、思わず視線を落とす。


「道場で発見された奴の側には、聖騎士の鎧であろう部品が散乱していて、何かと戦っていた様子があったそうだ」


ミアは何かと表現したが、彼らはシュトラールがそこで何と戦っていたのかを、誰よりも良く知っている。


故にシンは、今更になってある事に対しての恐怖と不安が押し寄せていた。


それは、一国の王の殺害に加担したという事だ。


もしそんなことが他の者達に知れ渡れば、それ相応の罪に問われることは勿論のこと、WoFの世界では賞金首となり、国や街の出入りが制限され、他のプレイヤーからも命を狙われるという、デメリットしかない展開が待ち受けていることだろう。


只でさえ自分達の身がどうなっているのかも分からないというのに、国や街を利用できなくなれば、心の休まる暇もない最悪の未来しか待っていない。


「おッ・・・俺達・・・どうなるんだ・・・? 指名手配なんてされたら絶対に生き残れない・・・近いうちに必ず殺される・・・。 こっちで死んだら・・・」


彼が青ざめて不安を口にする中、ミアはどういうわけか落ち着いた様子でシンを見ており、そしてゆっくりと口を開いた。


「そのことなんだが・・・」


鼓動の勢いを増すシンの心臓が、強い衝撃を受けたかのようにギュッと縮み上がり、遂に彼女から聞きたくもない最悪の今後について話されるのだと思うと、身も心も拒絶しているのか、ミアの顔を見ることが出来なくなった。


だが、そんな彼の様子とは裏腹に、彼女の口からは予想外の言葉が飛び出した。


「あの場にはシュトラール一人と、聖騎士の鎧の残骸があっただけだったらしい・・・」


彼女の言葉に、無数に羅列されていたシンの脳内に並べ連なれていたネガティブな言葉と文字が、一瞬にして消し飛ばされ、文字通り頭の中が真っ白になった。


「・・・・・え?」


感情の一切も無くなった彼からは、そんな間の抜けた、たった一言だけしか出てこなかった。

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