正しき者の黄金郷

「彼らが“悪”だとは言わないさ・・・。 だが、人が想う正義とは必ずしも同じではない。 それ故、相手の正義を受け入れることが出来ず、互いの正義を押し付け合い、争い、そして勝ち残った方が“正しい正義”となる・・・」


シュトラールはゆっくりとイデアールの元に歩み寄りながら、まるでシュトラールとルーフェン・ヴォルフが、話の中の“二つの正義”だと言うように語る。


「その相手が・・・彼らだと・・・?」


イデアールの隣にまで来たシュトラールは、目を閉じ、何かを思い返しているのだろうか、少し間を開けてそれに答える。


「彼らの正義が間違っているとは言わないし、私だってそれで済むのならそれが“唯一つの正義”でいいと思っている。だが、甘さは人の心に“悪”を生む。それは人の歴史が証明していることだ。 君だって彼らが活動している市街地の治安は知っているだろう?」


それを言われ、イデアールは返す言葉も無かった。


聖都ユスティーチ国内、中央にある聖都の外周を覆うように広がっている市街地。


その南部を拠点に、ルーフェン・ヴォルフの掲げる正義を許容しているのだが、聖都ユスティーチ内で最も悪事が行われる地域となってしまっている。


悪事といっても、犯罪や悪質な行為はほとんどなく、聖都では許されない小さな迷惑行為や無意識の迷惑行為、不意に起きてしまう揉め事などが主である。


「この国では移住をする者や、国外へ行く者も多い・・・。 しかし、彼らの多くが、聖都へと戻ってくる。何故だか、分かるか・・・?」


シュトラールは彼の方を見ると、何も言い返さないが、内心では理解しているが故に言葉を失っているのを読み取り、揺らぐ彼の気持ちを後押しした。


「外が如何に“悪”で満ち溢れているかを、思い知るからさ。 正しく生きようとする者には、世界に居場所がないんだ・・・。 私達のやろうとしている事は、正しい者達の居場所を創る、この聖都ユスティーチを“黄金郷”にするということだ。 そしてこれは、その第一歩なんだ・・・」


そう言うと、イデアールの肩に手を乗せ、最後にこう言った。


「私は・・・彼ら“正しく生きようとする者”を、決して見放しはしない。 せめてこの国だけは、彼らの“居場所”にしたい・・・」


そのまま手を下ろすと、シュトラールは彼の側を離れ歩き出す。


「行かれるのですね・・・」


玉座の間を出て、街へ向かおうとするシュトラールの背中を、哀しげに見送るシャーフ。


彼もまた、この動乱で一つの“想い”を断ち切り、新たな理想を追う覚悟をしている。


「あぁ、君にも辛い思いをさせてすまない、シャーフ」


「心得ております・・・。 全ては正しき世と、そこに生きる者のために・・・」


胸に手を当て、深々と頭を下げて見送るシャーフ。


「後のことは任せる」


聖騎士やリーベの後に続き、シュトラールもまた、部屋を出て行った。


残されたのは、全てを知った上でそれを飲み込む決断をしたシャーフと、今まさに事の真相を理解し、自分が取るべき舵に悩むイデアールだけとなった。


「お前は・・・全てを知って何とも思わないのか・・・? 何でそんなに平然としていられるッ・・・!」


イデアールは二人だけとなった部屋で、シャーフに感情をぶつけた。


「俺にも人並みの感情はある・・・。悩まなかった事などない。 それでも、シュトラール様の言葉や行動はいつも正しかった。 犯罪は消え、悪事は無くなり、小さないざこざも無くなりつつある。 国は正しい方へ向かっている。 ならば、悩む必要も迷う必要もない。 ただ、あのお方に着いて行くだけだ」


意外な言葉だった。


普段の彼からは想像もできないほど、人間味のある言葉を聞き、イデアールは驚いた。


「お前は・・・どうするんだ?」


「俺はここで留守を任されている。 いや、俺の意を汲み取ってシュトラール様がそうしてくれたのだろう・・・。あのお方はいつも、俺達のことを考えてくれている・・・。どこまでも俺達を理解してくれているんだ・・・。 イデアール、お前も任された任に着け。 シュトラール様の恩義に報いらなければ・・・」


彼なりの送る言葉を受け取ると、イデアールはゆっくりと部屋を出て行く。


「俺の・・・、やるべき事・・・」


彼は苦悩しながらも、シュトラールに任せられた城門の守りの任に向かう。


固く、まっすぐ伸びた槍を手にして・・・。






閑散とした城内を駆け巡る少女の、荒れた息遣いと床を激しく鳴らす走る音だけが響き渡る。


そしてその行方には、彼女の探していた人物の一人である男の姿が、そこにはあった。


「シュトラール様ッ!」


玉座の間に、ドアを開け放つ音と彼女の声が、静まり返る部屋の中を鮮明に伝わる。


しかし、玉座の間にはシュトラールの姿はなく、居たのはシャーフだけであった。


「シャーフッ!? シュトラール様は? イデアールさんも見当たらないんだけど・・・、何か知らない?」


「シュトラール様は、聖都国内の人々の避難と救助、そして・・・この国に巣食う悪の根絶に向かわれた・・・。 イデアールもまた、シュトラール様に任された任に就いている」


シャーフは、シャルロットの方を見ることなく、二人の行方を話し出す。


「国に巣食う悪・・・? あなたは? あなたは何をしているの!? 街中大変なことになってるのよ!?」


「知っているさ。 それに国民達への被害は出ない・・・」


シャルロットは、妙に落ち着いているシャーフの態度に疑問の念を抱いた。


「何で・・・そんな事言い切れるのよ・・・」


徐々に声色が変わり始める彼女に、シャーフは漸くシャルロットの方を向き、真実を語った。


「嘘っ・・・そんなこと・・・。 アーテムや先生だっているのよッ!? あなたは何とも思わないのッ!?」


シュトラールはイデアールを傷つけまいと、オブラートに包みながら話をしたが、シャーフはそれほど器用ではなく、直接的な表現を交えながらシャルロットに話をした。


シュトラールは、ルーフェン・ヴォルフの排除と、彼らの心に“人は正すことが出来る“という教えを説いた、卜部朝孝の排除をしようとしている。


彼らを排除し、聖都ユスティーチを一つとすることで、いよいよ理想の国家へと創り変える為に。


移動ポータルを利用し、モンスターのドロップアイテムを使い、毒を届けさせ、この動乱を彼らの責任であるかのように装い、そして汚名を着せて討ち取る為に・・・。


「そんなことさせないッ! 先生やアーテム達に知らせて、一緒に止めてみせるッ!」


こんな真実を聞かされて、聖都の人々の為に自分達の過去を切り捨てることなど、シャルロットには到底理解できる話ではなかった。


部屋を出て行こうとするシャルロットを、いつの間にか扉の前に移動していたシャーフが止める。


「お前だけなら何とかなる。 だから余計なことはするな・・・。 アイツらの・・・先生のやり方では、本当に正しい世は作れない。 未来の為に、過去を切り捨て、正しい正義を成すんだ」


「黙ってみんなが殺されるのを見てろって言うのッ!? ・・・・・どいて、シャーフ。 私はみんなの元へ行く。 邪魔はさせない・・・」


ゆっくりと腰に付けた聖騎士の剣に手を伸ばすシャルロット。


「世界の”悪“を見てこなかったお前には、理解出来ないことかもしれない・・・。正しさを貫こうとして生きている健気な者達の為に、俺は過去の因果をここで置いて行く・・・」


シャーフも腰につけた“刀”を握ると、シャルロットの前に立ち塞がる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る