アーテムの師

「貴方が、アーテムの師・・・」


シンとの顔合わせに、その男は丁寧に自己紹介をしてくれた。


「はい。 私はこの道場の師範であり、アーテムやここにいる子供達に剣術を教えています。名を、卜部(うらべ) 朝孝(ともたか)と申します」


男の名前にシンの疑いは、確信めいたものへと変わる。

卜部朝孝、日本名だ。この男は日本から来たのだろうか。シンの、この男への興味はますます増していく。


「卜部さんは・・・、日本からいらした方なのですか?」


当然、真っ先に確認したいことが口から出る。朝孝はシンの問いかけに少し驚くと、彼もまたシンへの興味を示したようだった。


「ニホン・・・。 貴方は、あの島国のことをご存知・・・なのですね?」


「・・・え、島国?」


シンは朝孝の返答に、面食らってしまう。

それは、彼が日本という言葉に、あまりピンと来ていないことに、一瞬思考が止まってしまったからだ。


もし、彼が日本のことについて知らないのであれば、彼から新たな情報を聞き出せるかもしれないという可能性が、根底から覆されてしまうことになる。


「立ち話もなんですから、どうぞ中で話しましょう」


そういうと朝孝は、奥の座敷の方へとシンを招いた。


「アーテム。 すみませんが彼と話が済むまで、子供達の面倒を見てもらえませんか?」


「それは、すぐ済むのか?」


アーテムは少し面倒そうな表情をして返す。


「どうでしょう・・・、わかりません」


「そうか・・・。 ま!先生の頼みは断れねぇからな。 いいぜ!まかせな」


ホッとした様子で、朝孝はそっと胸をなでおろす。


「いつもすみません、助かります」


アーテムに子供達の引き継ぎを済ませると、朝孝はシンの方を向いて会釈する。


「それでは参りましょう」



案内された座敷には、日本刀や壺などがあり、外に見える景色は宛ら、そこだけ日本であるかのような風景が広がっている。


「どうぞ、お座りください。 それとも座敷は不慣れでしたか?」


朝孝はシンを気遣ってくれる。見てくれだけで言えば、シンよりも彼の方が余程日本人らしい格好をしている。WoFの世界では洋風の椅子などが殆どで、畳に座るなど、現実の世界でもそんなにないことだった。


「いえ、大丈夫です。 少し・・・懐かしいというか・・・」


日本にいても、日本らしい風情を目の当たりにすると、心が落ち着き、穏やかになる。近代的に進化を遂げていく一方で、日本のオリジナリティな部分が、日常から徐々に消えつつある。


それはまるで、進化というよりも世界が一つの文化へと統一されていっていくような気がした。


「懐かしい・・・ですか。 貴方は先程、ニホン・・・と、仰いましたね?」


「はい。 この建物や、貴方のお召になされている袴、それに外に見える庭の風景も・・・。 私の知る日本という国に酷似・・・いえ、日本そのものです。 あの・・・、聞いてもよろしいでしょうか? 貴方は一体・・・」


シンは最も知りたかった本題へと入る。

彼が何者で、どういった経緯でこのような場所に住み、日本の文化をここに残しているのか。


朝孝は、シンが話している間に、手際よくお茶を入れてくれた。


「そうですね・・・、どこから話したものか。 まず初めに、私は日本という国の生まれではないと言っておきましょう」


シンは薄々そうではないかと、勘づいていた。装いこそ日本のものだが、近くで見ると、彼の肌はアジア系のものよりも白く、そして糸目がちな彼の瞼からは、青い色や黄色、オレンジ色などが混ざった、まるで地球の海や陸を表しているような複数色の眼をしている。これは日本人のような茶色や黒っぽいものとはかけ離れている。


「私は幼い頃、戦争で両親を亡くした孤児でした。その後、何処ぞの者とも知れない者に連れていかれ、奴隷として船に積まれながら海を渡っていました。 船は嵐に呑まれ、沈没しそうになっているところを、何者かが救ってっくれました。目が覚めると、そこは小さな島のようでした。生存者は私とその男しかおらず、男は言葉の通じない私に自然の中で生きていく術と、身を守る術を教えてくれました」


朝孝が辿り着いたその島が日本なのか、そしてその男が日本人なのかは、これから彼が話してくれることだろう。


シンが考えていたのは、その出来事がイベントの物語なのかだった。


彼はそこで、日本を舞台としたイベントの物語に巻き込まれたのか。そしてシンが一番気になったのは、イベントとはイベント用に用意されたNPC達によって進行する物語にプレイヤーが巻き込まれていくものだが、一般のAIキャラクターであっても巻き込まれるものであるのかだった。


もしそうなら朝孝のように、イベントに巻き込まれ、他国の文化を学習し、WoFの世界にそれを展開していく者が、他にも現れるのかもしれない。


「彼は無骨で厳しい人物ではありましたが、彼の教えが無ければ私は生きてはいけなかったでしょう。彼は筏を作ると、私を乗せ、遠くに見えていた別の島へと連れて行ってくれました。そこには他にも人がいて、近くの町に私を連れていくと、彼とはそこで別れました。その町で初めて私は、そこが日本という国だと知りました」


「その男とは、それっきり・・・ですか?」


その男は子供を町に一人置き去りにしたのだろうか。

それとも彼には、子供を連れられない理由があったのだろうか。


「えぇ、彼とは一度そこで別れることになります。 あとで別の再会をするのですが・・・」


「身を守る術と仰っていましたが、彼が貴方に教えたのって・・・」


それは朝孝が剣術道場をやっているからこそ至った考えであった。


「ご明察の通り、剣術です。 貴方はご存知かもしれませんが、彼は腰に細長い刃物を携帯していました。それが私が初めて出会った“刀”というものです」


やはりというべきか、当然というべきか。

日本を舞台にしたイベントとなれば切っても切り離せないのが、“刀”の存在。


朝孝がわざわざその男の話をしたということは、その男は重要人物である可能性が高い。そうなれば、さぞ名の知れた剣客であったに違いない。


「彼と町で別れた後、私は彼から教わった剣術で生きていくことになります」

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