やっぱり、です。

「レリック同士の違法薬物取引現場を抑えて、一網打尽にする……ですか?」

「そうだ」


 危険度百パーセントどころか、百二十パーセント位ある。

 引き受ければ無事に帰れる保障がない。この依頼は受けてはいけない。

 しかし、ここで断る事が、果たして出来るのだろうか? 相手はあのクレスさんである。こちらがどんな理由を付けて断ろうとした所で、多分断れない。

 だけど、まぁ、


「嫌です」


 一度位は断っておこう。


「そうか」

「そうです」

「わかった」

「わかってくれました……か?」


 今この人何て言った?

 わかった。わかったって言わなかった?

 あのクレスさんが、素直にわかったって言わなかった?

 あれ? ちょっと何が起きているのかわからないんですが。

 軽くパニックである。クレスさんはと言えば、何食わぬ顔で煙草を吸っている。

 あれか? やっぱり僕の聞き間違いだったのか?


「まぁ、今回ばかりは命の保障も出来ないしな。お前が断ったとしても、無理強いはしない」

「……えっと」

「気にするな。お前にはお前の人生がある。こんな所で命を賭ける理由なんか無い。そもそも一般人なんだからな」


 あっれー? 何だかクレスさんが妙に優しいんですけど?

 と言うか、依頼断れちゃった雰囲気なんですけど。

 これは本当に現実か? 夢と言われた方がしっくりきてしまう。


「今回はこっちで何とかするさ。悪いな、時間取らせちまって」

「あ、いえ」

「帰る前にもう一杯貰えるか?」

「は、はい」


 差し出されたカップを受け取った瞬間、ある考えが頭をよぎる。


「クレスさん」


 クレスさんはさっき『こっちで』と言った。

 レリック同士の違法薬物取引を阻止する──どころか、一網打尽にする。そんな重大な案件を、そもそも二人でするだろうか? 答えは否。そんな事は無理だろう。

 つまりは、


「『クレスさん』ではなく、『セルパー』に協力してほしいと言う事ですか?」


 効果音を付けるならば『にやり』。そんな感じにクレスさんの口角が上がったのを、僕の瞳は見逃さなかった。


「そうだ。これは俺個人としてでなく、セルパーとしての俺からの依頼だ。最初にそう言わなかったか?」

「言ってません。セルパーのセの字も出てません」

「そうだったか……悪かったな。と言っても、もうそんな事を気にする必要はないだろ? だってお前、受けないんだろ?」

「……」

「金よりも、命の方が大切だよな」


 ぴくりと耳が反応した。

 クレスさん個人からの報酬であれば、はっきり言って大したものでは無い。しかし、セルパーとしてのクレスさんからの報酬となれば、はっきり言って大したものである。

 風見鶏の今月の赤字が黒字に変わる位の額は間違いない。

 テッサさんからは赤字でもいいと言われているが、実際に働く僕としてはそうは思っていない。出来る事ならば黒字にしたい。

 そもそも僕個人の収入になってしまうから店は赤字のままなのだが、そんなのは気分の問題である──そういう事にする。

 それにセルパーに協力すると言う事は、二人でレリックを一網打尽にする訳ではないだろう。他の隊員の方々もいるはずだ。となれば最初の見積もりよりも危険度は低い。先月の一件よりも安全かもしれない。

 危険度と報酬を天秤に掛けてみると、いつの間にか報酬の方が重みを増している。


「あのー、クレスさん」

「何だ?」

「そのですねー」


 一度は断ってしまった手前、正直言い出しづらい。

 それにここで「やっぱりやらせて下さい」なんて言っては、まるで報酬に釣られたみたいじゃないか──実際そうなんだけど。

 ……今回はやめておこう。報酬は欲しいが、それ以上に失っていけない物がある。


「いえ、何でもないです」

「そうか……しかし、お前がいないとなると、ちと難しいか……」


 ちらりと僕を一瞥し、クレスさんは天井を見上げて煙を吐き出した。

 ふむ。何だろう。何と言うか、天から蜘蛛の糸が垂れてきた様な感覚だ。

 これはもしかすると、クレスさんに恩を売りつつ、僕には報酬が入ってくる──つまりは最大級のチャンスではないだろうか。


「そんなにですか?」

「まぁ何とかなるとは思うが、完璧を求めるなら、お前の協力が欲しかったな」


「それなら」と言いかけて口を噤む。

 まだだ。まだ早い。もう少し待つんだ。


「しかしまぁ、無理強いは出来ないしな。何せ命に関わる」


 ここだ。


「それって、クレスさんの命にも関わる……って事ですよね?」

「ん? まぁそうだな」

「そんなの放っておけませんよ!」


 最大限の恩を売りつつ、最大限の報酬を頂くとしよう。

 策士要。ここに爆誕である。

 自分の悪知恵の働きっぷりが恐ろしい。


「やっぱり僕も、一緒に行かせて下さい!」

「要……お前」


 さぁ、感激の一言をどうぞ!


「そっかそっか、んじゃ頼むわ」


 あれ? 感激の一言は?


「全くもって、単純ですね」


 アーリスの声が響いた。

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