チュートリアル
チュートリアルモードではより強力なキャラクターを使用してこの世界での操作にいち早く習熟することが可能です。
それでは、小さな祈りと魔法の世界をお楽しみください。
【古木の】ハーボッシュ:土木魔法での将来を期待されていたエリートだったが、良心的兵役拒否(注1)をしたことからその道を断たれ、辺境に配置される……か。
あんな素晴らしい論文を書いたんだ。どんな人だろう? 楽しみだ。
帝国の東の辺境、マナの根源はおろか、精霊指定都市からもほど遠い乾いた地。
かつてほどの軍事的重要性も薄れ、元中央の人間が訪れることすら今では稀である。
帝位継承権のごたごたで人的同君連合(注2)が形成されなければ、周囲から見向きもされなかったであろう小国である。
辺境の常として、中央からの確かな情報はほとんどなく、辺境の聞き取りにくい訛りと、他意はないのだが、やたらと時間のかかる善意に捕まってようやく酒場にたどり着けたのは到着してから2回目の夕方だった。
俗にマジックアワー(注3)と呼ばれる時間帯も終わりごろになり、一日の始まり(注4)の祈りをとっくにやめ、手前の卓にいる屯田兵と農民は出来上がっている様子である。
「燕麦安んぞ宝穀の味を知らんや」(えんばくいずくんぞほうこくのあじをしらんや)(注5)と、兵士が切り出せば
「故に旧領では馬が良く育ち、辺境では人が良く育つ」(注6)
と農民が切り返し
「王侯将相寧ぞ種有らんや」(おうこうしょうしょういずくんぞたねあらんや)(注7)と農民の友人らしき人物が援護する。
「こいつら辺境に置いとくのもったいないな…反乱分子になる前に上に報告しとこ」
と、思いながらも辺境ゆえの風通しの良さと旧領とは一風違ったやりとりに興奮を隠
しきれない。……あ、やっぱり腕相撲はじめた……。
一目で「それ」とわかる人物がやってきたのは、燕麦を使った塩気の強いパイ生地に包まれた野兎を蜂蜜酒といっしょに楽しんでいる途中だった。
あわてて飲み込み、大目に支払ってマスターの口笛を後ろに話しかける。
歩くだけで揺れるような豊富なマナに、いぶし銀の髪、ゆったりとした布服に深いしわ。
この人物でまず間違いないだろう。
「なんだ、お若いの?お駄賃の5クローネならやらんぞ。」
「そうではなくて。先生の論文をご拝読いたしました。『空気中における雷の落とし物と大地の滋味』大変良いものとお考えでした。」
「君は2つ間違いをしていると先に言っておこう。」
「1つは敬語、もう1つは…儂は先生の秘書じゃよ。またお日様が昇ったらおいで。」
何度も浅い眠りを繰り返し、酒場の離れでうつらうつらする。
チップが効いたのかもともとからなのか、昨日までの
眠気の覚めるような衝撃だった。目を疑った。
その人物は控えめに言っても大地のマナと同化していた。
もう四〇代になるかと言うのに一方では青年の様にも見え、或いはすでに精霊界の住人になってしまっているかのようにも見えた。
強いのか弱いのか、出来るのかどうなのか、豊かなマナを他人に意識させることすらなく、よくよく気を付けて見なければ畑を耕す農夫にしか見えなかった。
流石は元中央のエリート。魔法に対する素養が超越した位置にある。
逃げ出すことすらままならなくなり、意志に反して口が開かれる。
「【古木の】ハーボッシュ先生でいらっしゃいますね?」
特に肯定も否定もせずに
「【朽木の】か【枯木の】がふさわしいと自分では思うがね。」
と、返された。
「『空気中における雷の落とし物と大地の滋味』を読んでここまで来ました!」
その後、しばらく何故、中央から辺境くんだりまで来ることになったか、その情熱の源をどのようにして論文から受け取ったかをこんこん話していると、ついに……。
「そうか、君はポリテク(注8)か!都市計画専攻で土木と農学か。懐かしいな。」
なんとかして納得してもらえたようで、口調が軽くなっている。
「ふむ、いくらポリテクとはいえ奥義は秘中の秘。教えることはできない。」
と口で言う割には妙にニヤニヤしている。
「ここからは独り言になるが、教えることはできないが、たまたま作業中に通った帝国市民に目撃されてしまうことはあるかも知れないな。」
笑った顔の眼差しは悪戯な少年のものだった。
「君は私との会話に満足して、一度宿に帰った。いいね?」
「客人が帰った私はいつも通りに作業を始めた。と。」
「雷の落とし物、私は【雷公】ワット=アン・ペルタにあやかって[雷素]と今は呼んでいるが、これが雷によって固まって落ちてくることを私は確信した……と客人の来訪で思い出したんだったな。」
あくまでも見えてない振りを続けるらしい。
「故郷の村では春先の雷と作物の相関は経験的に知られていたが、雷によって固まり、雨によって大地の滋味となる[雷素]が他ならぬ空気そのものだったという指摘はたまたま私の論文が初めてだっただけのことだ。」
「さて、いつものようにはじめようか。」
泥水の水たまりと汚泥の混じったものにしか見えない何かに対して真剣に構える。
[エアレーション]
正確に、
[バランス]
慎重にふるいにかける。そして、どぶ泥にしか見えない物から少しずつ水と泥が別れる。
「金物の力よ、弱い雷となれ」[ブリッツシュラング]
いまだに命名されざる新種の魔法で分かたれた泥が無数の豆粒大に集まる。
聞きなれない言葉はいまだに帝国正書法に登録されていない呪文をオズワル先生の故郷の言葉で表現したからだろうか。
[パスチャライズ](注9)
誰もが知る魔法とも呼べないような仕上げでどうやら飲み水のような物ができた。
「そして、ろ過機に通す。」
奥義[
「こうやってできた泥は
「水も沸かして飲めば下手な井戸水よりもきれいなくらいだし。」
この人物の為したことの一端をようやく理解し、戦慄した。
本来、職人の技とも言える高度な魔法を1つ1つの要素に分解し、それなりの頭数が
いれば代替できるように図面に起こしている。
例えば、一流の大工が船や家を作ったとして、同じものを二つと出来ないだろう。
しかし、設計図があれば、ある程度まで近い同じものが大量に作れる。
個人の力量や才覚によるところの大きい魔法では不可能とされていることである。
そして、下水から飲み水と肥料を生産することで今まで利用できなかった土地――つまりここ辺境のような――土地が利用可能となる。
もし、帝国が東の
私は急ぎ、中央へと報告を持って帰還した。
その後、しばらくして、私は報せを2つ聞いた。
1つは【古木の】ハーボッシュという二つ名が二人組の物だったらしいこと。
もう1つは、本人の希望に反して、[雷の落とし物]からは雷のパチパチする力が確認されたこと――それも野積みしておいたら爆発したという形で。
件の【古木の】ハーボッシュは兵器密造の疑いで中央に連れていかれた。
おそらくは処刑されたであろうとのことだ。
少なくとも、公式にはそうなっている。
しばらくして、中央からの技術で、旧領を中心にして水が美味しくなったとの話だ。
小さな祈りと魔法の世界 チュートリアル 了
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