第5話 面接 1

「よかった、このまま誰からも応募がないかと思った」

 と、入社試験の面接のときの社長のほっとした顔は今でも忘れられない。

 30歳で会社を興したという社長。時々臨時のアルバイトを雇いながら一人で仕事をしていたけれど、業績が伸びてきて一人で手が回らなくなったから求人を出したそうだ。

 けど、SNS禁止、スマホ持ち込み禁止、さらに撮影録音ダメということで、求人を出し続けて2か月。誰からの応募もなかったらしい。

 ちょうど「録音はしてないだろうな?」というパワハラブラック会社が話題になっていたころだったので、仕方がないよねぇ。

 私も、この会社はどうかなぁとは思ったものの、半ばやけになっていたというかなんというか。

 いや、正直に言うと、会社名「株式会社異世界商事」という名前に目が留まったのだ。

 ああ、異世界かぁ。どこか知らない場所に行ってしまいたいなぁなんて。相当疲れていたんだよね。当時。

 ああもちろん、社員数1、パートアルバイト2という数字にも目が留まった。人が少ない。ちょっとだけ、人と接するのが怖かったんだ。

 また、何かを言うたびに心の中で唾を吐かれているんじゃないかと思うと……。

 面接会場は、会社の事務所。都内の23区内でも比較的田舎の、駅から徒歩20分の3階建てのビルの2階だった。


 ビルは1階が倉庫になっているようでシャッターが下りている。倉庫への小さな入り口と並んで「株式会社異世界商事」とプレートが掲げられた扉がある。プレートの下には「事務所は2階です。御用の方は2階事務所までお越しください」という張り紙があった。

 確か、社長とバイトやパート合わせても3人という小さな会社だ。張り紙が受付案内替わりというのはわかるけれど……。

 手書き。しかも丸文字というのは、なんとも会社としてどうなのだろう。しかも、風雨にさらされてかなり紙がふにゃふにゃになっている。ラミネートパウチするとか、ファイルケースに入れるとか、もう少しなんとかしたほうが……。

「はっ」

 思わず口を手で押さえる。

 これだ。きっと。こういう細かいことをいろいろ言うから、うざいと言われるんだ。きっと「これで問題ないんですからいいじゃないですかぁ」とか「だったら自分でやればいいのに」とか……。ああ、もしかすると……。「せっかく仕事してもお局にダメ出しされるし、やる気でない」とか私が本当にマイナス要因になっていたのかも……。

 口には気を付けよう。

 ドアを開くと、ふわりと草木のような優しい香りが鼻に届く。芳香剤?

 ああ、違う、木の匂いだ。

 足元はどこの商業ビルでもありそうなビニル系の薄いベージュの床材が張られている。腰板の高さまでは壁もビニル系の壁紙だ。しかし、視線を上げると、手すりから上は木。ベニヤ板の薄いものじゃなくて、厚みが1センチくらいありそうな木製の壁板が張られている。

 階段を上がると、3階へと続く階段と廊下がある。廊下には扉が3つ。奥の扉2つには会議室というプレートがあり、一番手前の扉に「事務所」というプレートが張られていた。

 ノックをすると、すぐに内側に扉が開かれた。

 目に飛び込んできたのは、独創的な事務所。

 奥半分が一般家庭のダイニングキッチンのようになっている。手前半分が事務所という作りだ。もしかして自宅兼事務所なのかな?。

 事務所部分には事務机が2つと、上にプリンターを置いて下にデスクトップを置くタイプのパソコンデスクが2つ。それから書類などを収める大きな棚が壁一面を埋め尽くしている。あとはコピー機。

 ダイニング部分は靴を脱いで上がるように、15センチくらい高くなっている。ユニット畳の上に8人掛けサイズの大きめのテーブルとイスが並んでいる。アンティーク調のセンスのいいテーブル。猫足というのだろうか、美しいカーブを描いた足に支えられた、深みのあるこげ茶のテーブル。なぜかイスはホームセンターで売っていそうなくるくる座って回転するダイニング用のイスだ。変な組み合わせ。

 事務所部分はビニル素材の床材と壁紙。ダイニングキッチンの壁は木。観葉植物も豊富に配置されていた。室内にいるのにちょっと草原にいるような空気感だ。

「初めまして。この会社の経営者……社長の栗川宗太です」

 バイト君かと思った。

 社長なんだ……。SNS禁止、録音録画厳禁なんて条件に出すくらいだから、そこそこの年齢のおじさん社長かと思っていた。

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