マイティ・ブック


 出版社・著者未定


 マイティ・ブックとは、1950年代に書誌学の権威であったハーバード大学のイアン・ノートリアス教授が提唱した概念です。


 「科学技術の進歩は、知識の多様化をもたらす」

 「結果、古代王朝の技術官のように、『あらゆる技術に精通している』と称する類のエキスパートは存在する余地がない。知識は人間の脳内に蓄積させる形から書物を代表とする外部媒体に保管される流れが加速することだろう。だが紙面も、コンピューターも、ありとあらゆる知識を収集、保管、取り出し可能な状態にするにはキャパシティーが足りない。今後、エンジニアが目指す到達点は、あらゆる知識を収集、網羅した『究極の書物』を作成することにかかってくるだろう」 (1950年 ペンシルバニア州立大学創立記念講演より)


 ようするに、ノートリアス教授はあらゆる知識を一つに集めた「究極の本」の創造を目論んでいたのですが、それから数十年で事態は大きく変貌しました。言わずとしれた、インターネット技術の進歩です。現在に生きる私たちは、なにか物事について知りたいと思い立った場合、スマホかパソコンをたたきます。大抵の事柄に関してはウィキペディアで基本的な情報を知ることが可能です。ならばマイティブックとは、インターネットそれ自体を指すものなのでしょうか。


 それは違う、とノートリアス教授は主張しています。

「たとえば日本のゲイシャについて知識を得たいと私がネットを閲覧したとしても、その情報が本当に正確なのか、最新のものであるのかどうかを確認する術がないのだ」

「真なる意味での『究極の書』とは、完全なる観測、完全なる情報把握が不可欠であり、それを実現するには量子コンピューターとナノマシンの実用化を待たなければならない」

 (2003年 退官記念講演より)


 ナノマシンがどうして関係してくるのか?

 教授の論旨は次のようなものです。

 ・人体に完全に無害・かつ高性能なスキャン能力を有するナノマシンが世界中に散布される

 ・それら大量のナノマシンから送信される情報を、自在に管理・統合することのできる量子コンピューターも実用される。


 上記の状況が実現したのであれば、その全貌こそが「マイティ・ブック」に該当するというのです。

 この状態で、端末に、「ゲイシャについて知りたい」と入力するとします。

 すると、世界中のナノマシンが量子コンピューターの指示に従い、世界中の電子化されていない書籍の記述、世界中のゲイシャ周辺の現状を収集します。これらにネット上で公開されている情報を加えた、正真正銘の「ゲイシャに関するあらゆる情報」が提供される、という仕組みです。予め計測済みの、利用者の知能や嗜好に合わせた語り口も添えて。(もちろん、個人のプライベートな情報は、規定により除外されるべきでしょうが)


 まとめると、「知りたい情報を入力するだけで、その事柄に関する個人向けにパッケージングされた電子書籍が提供される」システム。

 ノートリアス教授は、この夢のような「マイティ・ブック」の実用化が、2050年までには現実のものになるであろうと断言しています。


 教授の論旨に対しては、反論が挙がっていることも事実です。とくに文学界からは、「書物を情報の蓄積のみととらえ、創作や空想といった人類ならではの機能を軽視している」との批判も寄せられています。

 

 いずれにせよ、すべての人類が端末を一つ触るだけで正確な情報を入手できる時代が訪れたとき、人類の脳構造は進化を遂げるのか、あるいは機械の奴隷として退化の道を進むのか……気になるところではあります。


 

 


(このレビューは妄想に基づくものです)

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る