虻転がし八太郎

 

  淺川英吾(著)

三重さんれい新聞


  本書は大正二年から四年にかけて三重県の地方紙であった三重さんれい新聞に連載されていた新聞小説です。


  主人公の松江八太郎は自分の右耳の奥に虻を飼っている変わり者の少年です。ある日、ならずものたちに富豪の令嬢が連れ去られようとしている現場に出くわした八太郎は、ならずものたちに襲い掛かりますが返り討ちに遭い、なすすべもなく地面に転がされてしまいます。そのとき、地面に落ちていた令嬢の純金イヤリングを八太郎の虻が舐めると、不思議なことに、八太郎の肉体が黄金の塊へと変貌を遂げました。この肉体を駆使して、八太郎はならずものたちを撃退することに成功します。

 虻には、触ったものの性質を八太郎の肉体に反映させる不思議な力が備わっていたのです。


 この挿話を皮切りとして、ならずものたちのパトロンであった秘密結社『天空の蛆虫団』と八太郎との激闘が幕を開けます。虻の力を利用して全身軟体人間・雷電人間・火炎人間などに姿を変えて秘密結社を翻弄する八太郎。対する天空の蛆虫団も虎の子の殺し屋達を続けざまに投入します。両肩に増設した一対の特殊胃袋から硫酸を放出する肩胃袋怪人・柳田、心臓の鼓動を響かせることで半径百メートル以内の人間を重度の欝状態に陥らせて身動きできなくさせる心臓欝青年・柏木、そして総勢五十億匹のコガネムシ兵団を率いる甲虫元帥・佐川……異形の怪物たちとヒーロー・八太郎の手に汗を握る激戦は小中学生を中心に読者の心をとらえ、掲載誌の三重さんれい新聞は、地方紙でありながら数年に及び新聞発行部数の年間トップ5に躍り出る程の売り上げを記録したそうです。


 これだけの好評を博したにも関わらず、本作は単行本化されていません。連載終了間もなくして作者が世を去り、著作権を引き継いだ親族と出版社の間で契約の折り合いがつかない内にブームが去ってしまったことが原因とされています。


 三重さんれい新聞は国会図書館と三重県立図書館の二館に保管されていますが、保存状態が悪く欠号も多いことから閲覧しても本作の全貌を知ることはできません。ただし同誌から本作の掲載部分のみ切り取ったコピーを個人が製本したまとめ本が県民の間で出回っているという噂も囁かれています。三重に知人のいらっしゃる読者は、それとなく話を振ってみたら、この物語に触れることが可能になるかもしれません。



(このレビューは妄想に基づくものです)

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