ブランド・ブランシュ


  ブランド・ブランシュ研究会(編)

  大島海次郎(訳)

  ミュンヒハウゼン新書


 ブランド・ブランシュは古ラテン語がゲルマニア地方に伝播した際、当地で変形、発展した「東ゲルマン・ラテン集積語」にのみ使用されていたという特殊な発声法のことです。

 中世ヨーロッパの語学書『グラース』には、


 「この発声を習得するためには鍛錬の積み重ねが不可欠であり、その際は喉に三日月形のポリープが生じ、激痛に苦しむほどの困難が伴う」


 と記録されています。しかし発声をマスターした折には、


「その清音はギリシャの歌声で人心を惑わす魔女、セイレーンと聴き違える程の美しさであり、声楽者となれば一生涯公演に不自由することはなく、政治家となれば、どれほど浅薄な政治哲学の持ち主であっても討論会で必ず満場の支持を得られることであろう」


 とも記されています。このブランド・ブランシュに興味を抱いたのが、本書を編んだ研究者たちでした。彼らはもはや伝説的な記録しか残っていないこの発声法を再現してみたいと熱心に古文書を紐解き続けたのです。

 最終的に、彼らは一つの記述に的を絞りました。上記引用の一部、「鍛錬の日々には喉に三日月形のポリープが生じ~」という部分です。逆に考えると、喉に三日月形のポリープを持っている患者であれば、ブランド・ブランシュを口にできるのではないか……そう思い立った彼らは、世界各地の耳鼻咽喉科に連絡を取り、三日月のポリープを持った患者を捜し求めました。そして十数年の時を経て、ついに喉に三日月を持つ患者を捜し当てたのです!


 その患者、スイス在住のスワラロフ・カンロータ氏に面会した瞬間、研究家たちに電流が走りました。カンロータ氏の声は、これまで耳にしたどの楽器、どの小鳥のさえずりよりも麗らかで耳に快いものだったそうです。彼らはカンロータ氏の声こそ、ブランド・ブランシュを自然の偶然が再現させたものであるに違いない、と結論付けました。無謀とも思えた十数年の探求が、ついに正解へと辿りついたのです。


 ポリープを手術で除去した結果、残念ながら氏は手術前の発声を失ってしまいました。

 とはいえ本書には、カンロータ氏の朗読CDが付属しています。「伝説の発声法」に興味を抱かれた方は、ぜひご一聴下さい。



(このレビューは妄想に基づくものです)

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