アドレナリン・クライム

 

  

   ピーター・ワイゼッカー(著)

  外堀周平 (訳)

  ミュンヒハウゼン文庫


  ピーター・ワイゼッカーはベルリン刑務所に収監中の囚人。本書は、彼が生い立ちから服役中の現在(本書の時間軸では2018年)までの半生を語った自伝小説です。著者は二件の殺人、十六件の強盗、七十三件の窃盗、三十二件の婦女暴行罪で終身刑が確定しています。


  本書の内容を簡単に説明すると、著者の武勇伝、つまり過去の犯罪についての自慢話ということになります。


 とはいえ、その記述には信憑性に乏しい内容が多分に含まれています。どうやら著者が実際に犯してはいない犯罪も水増しして語られている様子なのです。


 最も疑わしいとされているのが性犯罪に関する記述です。罪状では三十二件の婦女暴行罪を犯したとされる著者ですが、犯行の様子を記した部分に奇妙な描写が多いと多くの評論家から指摘されています。それ以外の犯罪については、「犯罪者の手口や精神を知ることで防犯に利用できる」と称賛されるほど詳細かつ丁寧に記述されているものが、性犯罪に関してのみ、ちぐはぐな表現が他出しているのです。本書に目を通したバイエルン州の犯罪心理分析官、ゲオルグ・マッシュは次のように語っています。

 

 これは推測だが、ピーター・ワイゼッカーは性交渉の経験がない男、ようするに童貞なのではないか。本人はそれを知られることを恥と考えており、新聞やニュースで目にした性犯罪の犯人であるとして「自白」することで童貞をカムフラージュしているのかもしれない。


 たとえば著者は、立件されていないだけで実際はより多くの犯罪に手を染めていると主張しており、「六十五人の女を一晩で強姦した」等と語っています。

 いくらなんでもリアリティーのない数字です。立件されている三十二件の暴行罪についても、すべて被害者が犯人の顔を目撃しておらず、加えて精液や陰毛といった身体的な証拠が残されていない事件ばかりであることから、新聞などで得たそれら事件の情報を元に「自白」したのではないかとも囁かれています。

  

 ゲオルグ・マッシュによると、このような性犯罪の「でっちあげ」行為は、低所得で無教養な家庭出身の犯罪者に時折見受けられるそうです。彼らの間では性行為の経験がないことが性犯罪者と見なされることよりも恥であると見なされる傾向があり、そのためにありもしない犯罪を吹聴したりするのだとか。


 本書はドイツ国内で十万部を超えるスマッシュヒットとなりましたが、読者が本書に興味を持った理由は防犯目的や犯罪者の生活史を知りたい、といったものではないようです。ネットでは、「童貞が、非童貞を偽装するために見栄を張る様ほど滑稽なものはない。それが同情の余地がない犯罪者ならなおさら」という身もふたもない書評もアップされています。

 

 収監中の著者がこうした嘲りを目にする機会はなく、「俺のピカレスク的魅力が大衆を惹きつけるのだな」とご満悦とのこと。


 なお、本書の印税はドイツ犯罪被害者協会に全額寄付されています。


 





(このレビューは妄想に基づくものです)

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