暴力雲

 

 本名不詳(著)

 ミュンヒハウゼン文庫


 昭和五十三年六月。山口県、萩市の路上で、一人のホームレスが亡くなりました。推定される年齢は七十代。彼の城だったダンボールハウスの中には住所氏名を示すものは何も遺されていませんでした。代わりに見つかったのは、一見、無意味と思われる数字の羅列を延々と記したノート数冊のみでした。


 遺体の検分を担当した警察医はこの数列に興味を抱き、コピーをとって解読を試みます。数週間に渡る試行錯誤の末判明したのは、この数列が78進法を利用した暗号文であるということでした。手の込んだ暗号形式に感心した警察医は、大変な労苦を払いながらノートの全文を解読することに成功します。


  解読の結果、このノートは詩文集であることが判りました。散文詩・俳句川柳・短歌など、形式は様々。その内容に共通しているのは、体調を崩し、死を覚悟した心の中に去来する諦念と無常観でした。

 飾り気のない言葉で表現されたそれらは大衆の心を掴み、ノートを元に構成された本書は、翌年のベストセラーとなりました。とくに死の間際にしたためたと思われる最後の句は哀切を誘います。


  ひからびる おれの頭上に 暴力雲

 


  使用していた暗号の内容から、作者はある程度の数学関係の素養がある人物だろうと推測されました。そのため失踪した数学教授・数学教師等から身元を辿る試みも開始されましたが、現在も作者の本名は判明していません。本書の印税は全国の路上生活者支援基金に全額寄付されています。




(このレビューは妄想に基づくものです)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る