独裁者のための発声法入門


 レッジ・クラーナハ(著)


 大神祐(訳)


 ミュンヒハウゼン新書



 レッジ・クラーナハはドイツで名を馳せた音響学の権威です。


 1978年6月、彼は自宅の前を流れる小川の中で水死体となって発見されました。

 発見時の状況から、自ら水中に身を投じたことが判明しています。

 問題となったのは、彼が自室に残していた遺書の内容でした。


「全世界の人民に謝罪したい。ヒトラー・ムッソリーニ・スターリン……世界に悪名を馳せた独裁者を作り出したのは、ひとえに私の責任である」


 よく知られている話として、アドルフ・ヒトラーの声には独特な揺らぎが含まれており、この揺らぎは聴衆の心を潜在意識下でとらえ、安らぎや信奉を生み出したとされています。

 

 クラーナハによると、この揺らぎはヒトラーが生来有していたものではなく、後天的な訓練によって獲得した性質であるとのこと。そしてその訓練方法を考

案したのが、他ならぬクラーナハだというのです!


 十九世紀後半から二十世紀前半にかけて、クラーナハはスピーチの際、観衆に影響を与える声の研究に没頭していました。その中で発案されたのが、揺らぎを生み出す訓練法でした。クラーナハ自身はこの訓練法を様々なスピーチ技術の一つとしか位置づけしておらず、一編の論文として発表したのみで、さほど重視してはいませんでした。


 ところが1938年、ミュンヘンの演奏会でヒトラーと言葉を交わした際、この独裁者はこう語ったというのです。「私が今の地位を手に入れることができたのは、貴方の訓練法のおかげだ」と。

 

 その後、クラーナハが調査したところによると、スターリンやムッソリーニも彼の論文を所有していたことが明らかになったそうです。

 

 本書は、彼の遺稿と、独裁者達が愛読していたという論文を元に構成されたものです。


 「自分もヒトラーになってみたい」と悪心を抱かれた読者の方、残念ながら、本書は肝心の揺らぎを生み出す訓練の部分が黒塗りにされています。過去に発行された論文掲載誌も、現在は行方が知れません。

 原稿を塗りつぶしたのは、最初に遺稿を確認した警察関係者でした。彼は後にインタビューに答え、「このような技術を世に広めることは、表現の自由という観点と照らし合わても、許されないことであると考えた」と語っています。

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