八つ裂きの恋人

 イシュトバーン・モルガンテーラ(著)

 

 Myunn.H Novel


ハンガリーの言語学者による長編小説だが、本書に日本語訳は存在しない。

にも関わらず本文で紹介する理由を説明するためには、本書のあらすじを述べる必要があるだろう。


 著者と同名の主人公、イシュトバーンは妻のマーナと共に、アフリカの小国グウェンダリンを訪れる。

 言語学者である二人の目的は、八つの言語、八つの民族の寄り合い所帯であるグウェンダリンの概説書を執筆することだったが、早くも訪問初日に悲劇に見舞われた。民族紛争に端を発する爆弾テロに巻き込まれ、マーナが帰らぬ人となってしまったのだ。

 悲嘆にくれるイシュトバーンの前に、各々色違いのぼろぬのをまとった八人の老人が現れた。彼らはそれぞれの民族で崇拝されている呪術師であり、不完全ながら呪法で死んだマーナを蘇らせることが可能だという。

 どの民族の呪術師を頼るべきか決断を迫られたイシュトバーンは、逡巡したあげく、全員に呪力を行使してもらうよう依頼する。一人の呪術師を選んだ場合、他の民族に角が立つと考えたからだ。

 果たして呪術師の力により、軌跡は起こった。不死人として復活したマーナ。しかし、復活の呪法を重ねがけしたせいで、彼女は八人に分裂してしまった!しかもそれぞれの民族の言語しか離せない状態で!


 あらすじのこの段階まで、同書は著者の母国語であるハンガリー語で記されている。ここまでなら翻訳に支障はない。数は限られているとはいえ、日本にもハンガリー語の研究者は存在するからだ。

 問題はその先だ。以後は、それぞれ単語、文法の異なる八つの言語を話す妻(たち)とイシュトバーンの会話が延々と続く(らしい)。しかしその八つの言

語を満足に翻訳できる研究者が存在しないのだ。

 これは日本に限った話ではない。グウェンダリンの言葉は話者自体が数万人程度の上、他国と交易が盛んな国家でもないことから国外のニーズも低い。翻訳を成立させるためには、最低でも八つの言語を共通の言語に訳すことができる翻訳者が必要だが、このインターネット隆盛時代でも、そういった人材は見つからないらしい。

 (例えば、言語1を翻訳者Aが英語に翻訳、言語2を翻訳者Bが英語に翻訳……という手順を踏み、最終的に英語を日本語に翻訳すれば理屈の上では翻訳できるはずだが、そういった人材さえ確保できない状況らしい)

 

 結果、本書は「世界一翻訳の難しい小説」としてギネスブックに登録されている。

 唯一翻訳が可能な人物と思われる著者は、本書の出版以降、沈黙を守り続けている。

 

 


(このレビューは妄想に基づくものです)


 



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