52 お買い物タイム

 店の扉に付けられた銅のベルがカランと音を立てて、客人の訪れを報せる。使い込まれ良い感じに照りの出た木製のカウンターの奥から口をもぐもぐさせた青年が顔を出した。

 ディーンとフィリアスを見るなり、頬張っていたものを急いで飲み下し、バタバタとエプロンに付いたパン屑を落として立ち上がる。


「おやぁ! お揃いで。お久しぶりですね。今日はどうなさいました?」


 年の頃は私たちと同じか少し上だろうか、人好きのする栗毛の青年は煤で汚れた頰を恥ずかしげに擦った。この店の親父さんではなさそうなので、弟子だろうか。


「俺は研ぎに出してた剣を引き取りに。こっちは修理だ」


「ディアナ、お願い」


 影に声をかけると剣の鞘を咥えたディアナが、私の影の中から這い出てきた。「ありがとうー!」と頭を撫でると嬉しそうに尻尾を振り、アルの足元をぐるりと一周して充分に撫でてもらってから影に帰って行く。

 あくまで、ディアナの主人はアルだということらしい。――ちょっとだけ悔しい。


 アルがオリオンに刀を預けていたのを見て、試しにディアナにお願いしたら預かってくれたので、以後は訓練用の長剣を預かってもらっている。

 私はディアナから受け取った剣をカウンターの上に乗せて店番の青年に差し出した。


目釘めくぎが壊れてしまって、つかが外れてしまうんです。修理か部品交換になると思うのですが、どのぐらいかかりますか?」


「ふむ。魔石を付けたり装飾しなければ部品はそれほど高価ではありません。修理するよりは部品交換の方が安く済むでしょう。料金表はこちらです。ついでに研いでおきますので夕方頃に取りに来てください」


 料金表を見た感じ、思っていたよりも安く済みそうだし、今日中に直りそうで良かった。フィリアスお墨付きの鍛冶屋なら安心して任せられる。


「よろしくお願いします!」


「はい。お預かりしますね」


 店員の青年が私の剣を受け取って奥に引っ込むと、しばらくしてからガタイの良い髭面の大男が現れた。

 盛り上がった筋肉ではち切れんばかりの腕には、火と鍛冶の神マルディアスを讃える炎の刺青が見える。その丸太のような腕に抱えた長剣を、そっとカウンターに乗せると白い歯を見せてニカッと笑った。

 どうやらこの人が鍛冶屋の親父さんのようだ。


「久しぶりだなぁ坊ちゃん! 全然取りに来ねぇから届けに行こうかと思ってたところだ! 今日は赤毛の兄ちゃんも一緒か?」


「よぉ! おっちゃん! 学生はあれこれ忙しくてよー、なかなか取りに来れなくてな!」


 ガハハと豪快に笑う鍛冶屋の親父さんは、その体格からイメージする通りの大音量で喋るので、私の隣で静かにショーケースの刀装品を見ていたアルが声の圧にぐっと目を瞑る。

 静かな森出身の狼男の耳には刺激が強かったようだ。


「セリアルカ、短剣を」


「ん? ああ、そうだった」


 フィリアスに促され短剣を手渡すと、カウンターの上に静かに置く。


「俺の用事は、これの鑑定を親父殿に頼もうと思ってな」


 鍛冶屋の親父さんは、ほうと唸り短剣を手にして、あっという間に分解する。そして、なかごに刻まれた銘を見て瞠目した。


「ふははは! こいつはすごい! 神造武器じゃねぇか!」


「「はあぁ!???」」


 私とディーンが驚愕の声を上げてカウンターに身を乗り出すと、フィリアスは楽しそうに笑い出す。


「しっ神造武器ぃ!? 冗談でしょう!?」


 ただの宝剣じゃないと思ってたけど、神様が作った武器ってどういう事!?

 なかごには製作者の名の代わりに炎の意匠が刻まれていた。ちょうど、親父さんの腕の刺青のような……ということは?


「繊細な見た目から一見儀礼用に見えるが、魔石で強化されている。繋ぎに砕いた魔石を使ったのか? 剣身の蔦の細工が魔力の通り道になっていて、魔法を使いながらの戦闘を想定している。騎士が振り回すには申し分無い。鍛冶神マルディアスの末裔お手製の貴重な武器だ。大事にしろよ? お嬢ちゃん」


 分解した時と同様に素早く組み立てて、剣身を磨いて返してくれた。


「末裔……つまり?」


「俺が打った剣だ」


 してやったりな顔で笑うフィリアスは年相応に見えて、胸に抱えた短剣が温かくなった気がした。




 ***




「……っていうことがあってね。そういえばあの時、フィリアスは魔石工芸科棟に居たなーって思い出したんだ」


 フィリアスから短剣を借りたあの時は、最後の仕上げに魔石をはめ込み、短剣が完成した直後だったそうだ。


 宝剣は、元はエリーの護身用にするつもりで作ったものだった。ところが、出来上がってみたら、剣の心得の無い女性が振るうには少し重く、服の下に隠し持つにも長かった。扱いに悩んでいたところに、タイミングよく私が現れたのだった。


 何十着と並んだドレスを一着ずつ確かめながら選ぶエリーに、先程の鍛冶屋での出来事を話すと、手のかかる弟か子供を見るような顔で笑った。


「ふふっ、あの人ね、剣とか武器を弄るのが大好きなのよ。鍛冶屋さんを困らせていないと良いのだけど」


「あはは! 大丈夫だったよ」


 冷静沈着であまり感情を表に出さないフィリアスは、エリーの前では自然体で居られるようだ。きっとエリーは、私の知らないフィリアスの顔をたくさん知っているのだろう。

 なんだか、微笑ましい気分になって頬が緩んだ。


 あの後、刀を鑑定させろと鍛冶屋の親父さんに絡まれたアルをなんとか回収して、私たちは別行動の四人の待つ市場へと向かったのだが、街の中央にある噴水の広場で合流した。


 先にお店に入っていてと言っておいたけれど、『服にお肉のにおいが付くのはちょっとね〜……』という四人の総意で、外で涼んでいたらしい。そんなわけで、全員揃ってから遅めの昼食をとることになった。


 リクエストが叶って分厚い牛ステーキを平らげたディーンは、余程美味しかったのかアルが奢ろうとするのを制して自分で支払った。

『こんなに美味いものを食べておきながら、一銭も出さないのは主義に反する』だそうだ。

 よくわからない理屈だけど、本人が満足そうだから良いのかな?


 なんだかんだで、すっかり意気投合したディーンとライルとフィリアスを喫茶店に置いて、私とアルに、エリーとアンとヒースを加えた五人で服飾品を扱う高級ブティック街へとやって来たのだった。


「エリー、これはどう? ちょっと暗めだけど、セラの瞳の色に映えると思うの」


「あら良い色ね! デザインもかわいい! 試着させてもらいましょうか」


 アンが持ってきたのは爽やかなマリンブルーのフィッシュテールスカートのドレスと、襟周りとスカートに銀糸で月と星の意匠が縫い取られている濃紺のドレスだった。

 建国祭は青の月に開催されるので、男女共に衣服に青を採用する者が多いそうだ。


 エリーが選んだ二着も合わせて試着室に押し込まれた私は、まずはエリーが選んでくれた光沢のあるシルバーのドレスを着てみたのだが……。


「サイズ大丈夫? 着れた?」


 一向に試着室から出てこない私に心配になったのか、アンとエリーが試着室のカーテンの隙間から顔を出した。私は慌てて上着を羽織る。


「わーーー!!! 見ないでぇぇ!」


「? どうしたの? 似合って…………」


 言いかけて事情を察したエリーが、近くのマネキンから青いストールを剥がして持ってきてくれた。バッチリ目撃したアンが肩を震わせている。


「あらやだ激しい」


「ちがーーーう!!! どこだ、アルーーー!!!」


 私の呼び声に、ヒースと一緒に靴を見ていたアルが驚いて振り向く。首にストールを巻きドレスの裾を持ち上げて怒りにプルプルしている私を見て、目を丸くした。


「いいね、その色すごく素敵だ。よく似合っているよ。……でも、首のそれはいらないんじゃない?」


 どの口が言ってるんだ? とストールをめくって見せれば、赤くなった跡が点々と首筋に残っている。

 昨夜の告白を思い出してのぼせそうになっている私に、アルは涼しい顔で微笑む。


「増やす?」


「いらないわ馬鹿!」


 ピシャリと拒否するとアルは「えぇ〜……」と不満げだ。アルの隣で、笑いを堪えていたヒースが、アルに店の奥を指し示す。


「アル、ウエディングドレスはあっちだよ」


「君は余計なことを教えるなぁーッ!」


 私の悲鳴に似た叫びが店中に反響して、耐えきれなくなったアンとヒースが腹を抱えて笑い出した。

 とても不本意……。

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