24 深まる謎と揺れる思い

 今までの話を整理すると、アンジェリカのお姉さんは理不尽な条件をつけられてアルファルドのお兄さんとの婚約を諦めた。その結果、アンはセシル家とアルに対して、とても悪い印象を抱いている。


 確かに、アンの話だけを聞けば酷いと思う。セシル家は今時考えられない程に排他的な家柄のように思える。


 でも、私の知るセシル伯爵とはどうにも結びつかなくて、頭が混乱してしまう。

 私の知る伯爵は、アルの手紙とプレゼントを持ってふらりと遊びに来るダンディで素敵なおじ様だ。顔を合わせる度に『何か欲しいものはないかい? セラはいつお嫁に来てくれるのかな?』と聞かれるので、最近は少し気まずい思いをしていたけれど……。


 もしアルと私の婚約に際して、似たような条件が付いているのなら、アルに確認しないといけない。条件が無かったとしても、伯爵に裏の顔があるのなら、私たちの婚約にも何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまう。


 人を騙す者は、親切や好意を装って近づいてくるものだ。伯爵は絶対違うと言い切れるだろうか?

 ちらりとエリーの顔を窺えば、心配そうにこちらを見つめるエリーと目が合った。


「セシル伯爵は滅多に社交界に現れないのよ。だから私はどんな方なのかわからないけれど、話を聞く限りでは、なんというか……古風というか、変わっていらっしゃるなぁと思うわ」


 私に気を使ってくれたのか、エリーはだいぶ柔らかに表現した。


「社交の場に現れると新聞に載るぐらい珍しいのよ。あの方は領地から出られない理由でもあるのかしらね?」


 と、アンも続ける。

 まさか、うちに頻繁に出入りしてたとは言えず、私は「そうなのかなぁ」と言葉を濁した。変わっているというのは、私も同意する。


「困ったなぁ。謎が深まってしまった……」


 クッションに顔を埋めて唸る私に、エリーとアンも考え込んでしまう。

 そもそも、何故ヒースはアルのお兄さんのことを話題に出したんだろう? アルの秘密から話を逸らすため? 自分に火の粉がかからないように? その前に何の話をしていたんだっけ……と思い至って、私は勢いよく起き上がった。


「アルが荒れてた時期って、いつ頃のことなのか知ってる!?」


 そうだ。お兄さんの話はそこからだった。そのことについてヒースは『何があったのかは話せない』と言ったんだ。

 アンは天井に揺れるシャンデリアの影を見つめながら答える。


「たぶんだけど……十年ぐらい前? 六歳か七歳かそのぐらいじゃないかしら。ご両親や兄弟を家族と認識できなくて、暴れて手がつけられなかったって。うちの親がアルファルドと私を婚約させようとしたから、お姉ちゃんたちが揃って抗議したのを覚えているわ」


「家族と認識できなかった……?」


 誰かのため息でキャンドルの火が揺れる。炎に煽られた影が不気味に部屋中を舞い踊った。だいぶ短くなったキャンドルは一層強い花の香りを漂わせる。


 花の香り、温室、アルファルドの一族に伝わる樹の魔法。


 もう少しで何かが見えそうなのに、目の届かないところで不穏な糸が繋がっていく。誰もがみんな喉の奥で決定的な一言を飲み込んでしまっている気がする。


 そこを突破するためには、誰かが教えてくれるのをただ待っていてはダメなんだ。他人を介するごとに情報は歪んでいってしまう。私自身が動いて自分で見聞きして解を見つけるしかない。

 きっと、ヒントはもう出ているはずだ。最初からひとつずつ思い出してみよう。


 跡取り息子の結婚に付けられた執拗なまでの条件。

 極端に排他的で外からの人間を拒絶する領主一族。

 自由に出入りできないオクシタニアの民。

 領主一族最年少の子が家族を認識できずに暴れた過去。

 アルがヒースを目の敵にする理由。

 アルが私に拘る理由。

 世間から隔離されているような温室。

 そして、白いバラを咲かせた樹の魔法。


 今までに見知った情報を整理してみると、ひとつの仮説が思い浮かんだ。ただ、もし私の想像が正しければ、アルは私に嘘をついていたことになる。

 どうしてそんな嘘を? なんて考えるまでもない。理由は何度も彼自身が口にしている。――私に逃げられたくないからだ。


 それを確かめるにはやっぱり、アルと直接対決するしかない。問題は、手持ちの情報だけで看破できるのかってことだけど……。


 長時間黙って考え込んでしまった私を、エリーとアンが固唾を飲んで見つめていることに気が付いて、私はベッドの上で正座して二人の顔を順に見た。


「エルミーナ、アンジェリカ、二人ともありがとう。話しにくいことをたくさん喋らせてしまってごめんね。でも、おかげでアルと対決する勇気が持てた気がする。――ありが……うわあ!?」


 皆まで言わせてもらえず、エリーとアンに勢いよく抱きつかれて三人でベッドに転がった。待ってエリー。フィリアスに知られたら殺される。


「セラ、二人でよく話し合ってね。貴女の言葉ならきっとアルに届くわ!」


「もし途中でやばいなと思ったら得意の飛び蹴りで切り抜けるのよ! 私の分までガツンとやっておやり!」


 アンの不穏な励ましに、私たちは揃って笑い出した。


「……うん。頑張る」


 私らしく逃げずに、真正面からぶつかってみよう。話を逸らされたら、今度は私から『逃げるな』って言ってやるんだ。そう心に決めた。


「ところで、私すごく気になってることがあるんだけど……」


 と突然エリーが起き上がる。


「アンの手紙のお相手ってどなたなの?」


「あっ、それ私も気になってた」


 私も隣に寝転んでいるアンを見る。


「えっ!? わ、私!?」


 白い肌を髪と同じぐらい真っ赤にして慌てているので、色恋沙汰に鈍い私もピンと来た。


「まさか、自分だけ話さないなんて仰らないでくださいね アンジェリカ嬢? シュセイルの夜は長いのですよ? まだまだ朝までたっぷり時間はありますわ」


 未だ嘗て見たことがない程のいい笑顔でエリーが言うので、私はアンと共にヒィと息を呑んだ。そこから女子会第三ラウンドが始まり、結局、朝方まで続いた。




 翌朝、アンは着替えのために自室に戻り、私とエリーは眠い瞼を擦りながら身支度を済ませて寮を出た。

 女子寮の前のベンチに意外な人物の姿を見つけて、私たちは一気に目が覚めた。その赤銅色の髪を見間違う筈がない。彼は顔を上げて、エリーの顔を見て不思議そうに空色の目を瞬いた。


「おはよう。二人とも眠そうな顔だな?」


「おはよ。女子会が白熱しちゃってね」


「お、おはよう……。貴方こそ珍しいのね」


 エリーが驚くのも無理は無い。フィリアスがこんな人目に着く所で表立ってエリーと関わることなんて、今までに無かったことだから。わざわざフィリアスが出張るということは、何か不測の事態が起きたのかもしれない。


「場所を移そう」


 心なしか固い表情のフィリアスの後について移動している間に、しれっとアルが合流したけれど、フィリアスは振り返らずに口を噤んだままだった。


 食堂に行くと思いきや、目の前を素通りして本校舎に出ると、昨夜お世話になった医務室に入った。

 部屋に入るなりカーテンを閉めて室内に誰も居ないことを確認すると、私たちにソファを勧めてフィリアスもようやく椅子に腰を落ち着けた。

 アルは退路を断つように、入り口のドアに寄り掛かったまま黙っている。普段と違う彼の様子に不安が過った。


「……何かあったの?」


 私が問うとフィリアスは重い口を開いた。


「――昨夜の襲撃犯が移送中に殺害された。君たちを疑うわけじゃないが、昨夜のことを聞かせて欲しい」

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