女子会の狼
23 意外とウマが合いそう
最強お嬢様頂上決戦会場かな? なんて思ったことは、二人には内緒だ。
「だからね、私は言ってやったのよ! 第三王子派の連中は貴族主義で既得権益にしがみついている頭の凝り固まった連中で、新興貴族のうちは何度も煮え湯を飲まされているのに、なんで今更ペコペコしなきゃいけないんだって!」
「なかなか言うわね! 答えは何ですって?」
興奮気味に熱弁するアンジェリカにエルミーナが合いの手を入れると、やや芝居がかった様子でアンジェリカはため息をつく。
「『イヴリーン王妃に睨まれるとアスタール家やクレンネル家のように槍玉に挙げられるから』ですって!」
二人揃って「ないわ〜」だの「信じられない!」だのと悲鳴を上げて大盛り上がりである。恐ろしいのは、どちらも飲んでいるのはただのカモミールティーで、酔っ払っているわけではないということだ。
間に挟まって、詳しく聞かない方が身のために良さそうなお嬢様トークを聞き流しながら、私はホットミルクをちびちびと飲んでいた。
「イヴリーン様のご実家のレーニエ家だって比較的新しい家よ。娘が王妃になっただけで、さも伝統ある家名という顔で他家を下に見る扱い。担いでいる人たちは御輿の中身がわかっていないのよ」
「そうなのよ! 貴女もなかなか言うじゃない!」
「うふふ……うちは昔から第二王子派だもの。嫌な思いをたくさんしてきたわ……」
「あー……噂は聞いているけど、そっちも色々大変よねぇ……」
「私も親になったらああなっちゃうのかしらねぇ……」
意気投合して盛り上がっていたかと思えば、急にトーンダウンしてしんみりしてしまったので、私は二人のカップにハーブティーを淹れなおしてお菓子を勧めた。
そこで、ようやく私の存在を思い出してくれたようで、二人は気恥ずかしそうに苦笑いを浮かべた。
「ごめんなさい、セラ。すっかり盛り上がってしまって」
「話してみたら意外と気が合っちゃってね」
「うん。私も話すこと纏まってなかったからちょうど良かった。アンは泊まっていくでしょう? ゆっくり話そ」
「ええ! ちゃんと枕と毛布持って来たし、夜更かしの準備は万端よ!」
自信満々でグッと親指を立てるので、その勢いに思わず噴き出してしまった。足首までの長い白のネグリジェに白のカーディガンを羽織っているアンは、絵本の中のお姫様みたいな格好なのに、その見た目との落差が可笑しい。
時刻は深夜零時。消灯時間を過ぎた寮内では、たまにこういった秘密のお茶会が開かれるらしい。
ドアの隙間から明かりが漏れないようにタオルを詰め込んだり、家具を移動したりと、お茶会仕様になった部屋は香水入りのキャンドルの柔らかな光と香りに満たされていた。
私とエリーは自分のベッドに寝そべり、アンはソファを占領して足を伸ばして座っている。いつでも寝れるリラックスした体勢である。
お茶とお菓子を摘んで空気が和んだところで、アンが本題に入った。
「アルファルドのことが知りたいって言ってたけど、どこから話せばいいのかしら?」
アンはハーブティーの入ったカップの中を覗き込みながら呟いた。なんでもいいからとにかく彼の情報が欲しいと思っていたけど、情報を知り過ぎていると逆に普通の人が何を知らないのか、わからないのかもしれない。
まずは、こちらが握っている情報を提示してみようか。と思い出しながら話してみた。
「私たちが聞いたのは、アンの一番上のお姉さんとアルの一番上のお兄さんが同い年で、交際していたって話なんだけど……本当?」
「そっか、そこからよね。……えーと、先に質問の答えから言うと、本当のことよ。でも付き合っていたのは半年ぐらいで、卒業後には一度も顔を合わせていないって言ってたわ」
「それは、何かその……交際を続けられない問題があったの?」
うーんとアンは考え込む。両手で包んだマグカップをしばらく見つめて、踏ん切りがついたのか話始めた。
「私の実家、オーヴェル男爵家とアルファルドのセシル伯爵家はね、領地が隣り合っているの。更に、私の三人のお姉ちゃんとセシル家の三人のお兄さんは同い年なの。ここまではいい?」
「うん」
「ええ。なんとなく察しがついたわ……」
沈鬱に眉間を押さえるエリーを横目に見つつ、私は頷く。
「うちはお爺ちゃんの代に爵位をいただいた新興貴族で、とにかく伝統というものが無い。上の三人娘をお嫁に出すために教育と美容にかなりのお金をつぎ込んだせいで、家計は火の車。娘への投資を回収するには、上の三人に良い所にお嫁に行ってもらうしかない」
アンはちらりと私の顔を見る。なんだか少し申し訳なさそうな顔をしている。
「――例えば、お隣のオクシタニアのセシル伯爵なんて、千年前から王家に仕える由緒正しいお家柄。農業に適した土地と名産の高級ワインで領地は安泰。他の貴族と比べても経済的に豊か。しかも娘と同い年の息子がいる……。あとはわかるでしょ? うちの親はセシル家に取り入ろうと、私たち姉妹をなんとかしてあの兄弟と結び付けようとしてきたわ」
「アンも?」
私の問いに、アンは静かに目を閉じて頷いた。
「私の一番上のお姉ちゃんは、婚約の一歩手前まで行ったけれど、そこで条件を出されたんですって。――ひとつ、結婚後は領地を出られない。ふたつ、連れてきた使用人は全員帰すこと。三つ、いかなる理由があろうと、家長の許しなく社交はしない。四つ、オーヴェル家への援助はしない。また、実家の家族と会えるのは年一回だけ。五つ、オクシタニアの人、物品を持ち出すことはできない。六つ……」
「ま、待って? 本当に?」
アンが指折り数えながら羅列するのを、私が呆然と見つめている間に、エリーが止めに入った。
アルファルドの父親である、レグルス・セシル伯爵は私の父さんの古い友人で、私も何度もお会いしたことがあるけれど、息子の結婚にそんな酷い条件を出すような方にはとても見えなかった。
跡取りの長男と四男では扱いが違うのかもしれないけれどこれは……。
「馬鹿にしているでしょう? お姉ちゃん『断りたいなら断ればいいじゃない! 奴隷扱いみたいな条件を出すなんて、私をなんだと思っているの!』って大激怒しちゃって計画はご破算になったの。結局、お姉ちゃんは別の人と結婚したわ」
アンのお姉さんらしく、相当に気が強い。でも怒るのも無理はない。私だってアルにそんなこと言われたら、暴れると思う。母亡き今は、もう私の家族は父しかいないのに、会えなくなるのは悲しい。
きっと結婚してからの方が長いのに、最初からこちらの希望を全く聞いてくれないというのは、相手がどんなに好きでも結婚を躊躇してしまう。
「次女三女もセシル家の次男三男と同級生だったけど、お姉ちゃんの話を聞いて、結婚しようなんて思えないもの。上辺は親に従いつつ見えない所で別の良い人を見つけて結婚したわ。……それで、最終的に私に話が回ってきたってワケ」
「つまり、アルを落とせって?」
言いにくそうにエリーが聞くとアンはため息混じりで答えた。
「……そう。でもね、あいつはこの学院に入った時にわざわざ自分から私に会いに来て『自分には婚約者がいるから、お互い関わるのはやめよう』って言ってきたの。ほんっとムカつく嫌な奴でしょー!?」
その婚約者ってたぶん、私のことだよなぁ……。
「そういうわけで、あいつをギャフンと言わせられるなら何でも協力するわよ!」
悪役っぽい笑顔を浮かべながらアンは言い放った。
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