無魔と魔法と入学式と

第一話

 真新しい制服にイルは袖を通す。

 向こうの世界と似たブレザーの制服を、何年ぶりに着る事になったのだろうか。もしかしたら二桁ぶりの事だ。

 しかし、形は似た物でもこちらの世界は少し違う所がある。特に女子生徒用のスカートは、ズボンにもする事が出来る。裾にボタンが付いており、左右で止めればスカート、前後で止めればガウチョパンツへと変えられる。膝蓋骨の上までが丈だ。

 スカートを穿くのであれば、その下に短パンでも穿こうかと思い見ていた。否、ズボンであろうともスパッツを穿く。


「やったね! ズボン!!」


 早速、イルはボタンを前後で止めた。

 姿見の前では、白いYシャツとパンツスタイルにした黒色のスカートを着た黒髪の少女が回る。パンツにしたスカートは円状に広がる事は無く、裾が少し上がる程度だ。

 後は上着となる黒色のブレザーとネクタイをすれば終わりだ。だが、イルには二つ頭を抱えている事がある。

 一つはイルへと魔法恩恵を与える為の魔法道具赤色の袖付きポンチョをどうするか。二つ目はネクタイが締められない事だ。

 フード付きで袖が付いたポンチョは常時着なければいけない。それでも厚めの生地で作成されたブレザーの上に着るのは、凄く暑苦しいと想像できてしまう。

 今日は入学式だ。正式な式典であれば、着崩す形は避けなければならない。


「ポンチョは――式典が終わったら、ブレザーを脱いで着れば良いか!」


 ポンチョを丁寧に畳み、リュックに入れる。他にも筆記用具、紙、いつもはウエストポーチに入れている救急箱の様なイルにとっての必需品が入っている。この鞄を持ち上げれば、見た目に反してかなりの重さである事を持ち手に訴える。

 イルは赤色のネクタイを手に持ち、二階から一階へと駆け降りる。


「イルですか? 支度は終わりましたか?」

「制服着たけど、ネクタイだけまだ。ごめん、ネクタイの縛り方を教えて欲しい。」

「解りました。ネクタイを頂いでも? それと、ポンチョは着てくださいね?」


 鞄を床へ置き、ネクタイはアッシュへと渡す。

 彼女はアッシュの言葉に驚愕と言った顔を晒していた。


「え、厚くなり過ぎない?」

「よく重ね着をしまくる人が何を言いますか。暑いのであれば、学校へ着くまでブレザーを脱いでポンチョを着れば良いだけではないですか。」

「いや、そうだけどさ……。」

「私の背中に乗って行くんです。入試前日の時みたいに、私の背から落ちても魔法で助け難くなりますよ? それに、空の中です。寒いですよ。」

「解ってるよ……。」


 襟を立ててください。アッシュの指示通りにTシャツの襟を立てれば、手慣れた様にネクタイを通す。灰色の彼は口を尖らせるイルとは対面する形でネクタイを縛り始めた。

 ゆっくりと、イルが理解出来る様にネクタイを縛る工程を説明していく。一つ一つ確認を入れていくアッシュに頷いて、ネクタイを縛るやり方を頭に入れていく。

 見知ったネクタイが首元に現れた時、アッシュは手を離しながら微笑んだ。


「完成しましたよ。以上がネクタイを縛る工程です。」

「ありがとう! 取り敢えず、明日から頑張る。」


 ネクタイ……。綺麗に縛られた赤色を手に取り、ジドーっとした目で見つめる。向こうで制服を着ていた頃は、スカーフリボンかブローチだった。ネクタイは縁がなかった。それ故にイルは出来なかった。

 向こうでは縁遠かったものを身に着ける事に自然と口角が上がる。嬉しい。いつかは煩わしいと投げ捨てたくなったとしても。


「準備、終わった。」

「オズですか。って――、」


 階段を降りてくるもう一人の姿にアッシュは絶句する。白目を剥くとはいかずとも、口は大きく開いて呆然とだ。

 黒髪の少年はイルと同じブレザータイプの制服を着ている。黒色のズボンに、白色のYシャツ、黒色のブレザーと男子用であり変わらない。だが、ブレザーの下にはチェックが付いた黒色のカットドルマンパーカーを着ている。

 ブレザーもパーカーも前を開け、赤色のネクタイは縛っていない。Yシャツは上から二つ、ボタンを開けている。


「わお! 凄い、着崩してる。」

「オズ!? 今日は入学式です!式典!! 正装でなければいけませんよ!!?」

「誰が決めたんだよ、そんな事。」

オウクヌガの王様です!!! と言うか、マナーです!!!」

「クソうぜぇ……。」


 口煩い母親の様に、アッシュはオズへと詰め寄る。手に赤色のネクタイを持ち、先程イルへとやった様に今度はオズに対してネクタイを締める。当然、開けたボタンを締めた上で。

 当の本人はされるがまま。口は溜息と共に文句を言うが、赤い目はネクタイを縛るアッシュの手を見ていた。

 彼はボソッと呟く。


「……息苦しいんだよ。ネクタイも、ボタンも。」

「そう? カッコいいじゃん! ネクタイ!!」

「首が縛られる。」

「そうだけどさ……。」

「入学式が終わり次第、外すからな。」

「それなら構いませんよ。その後の服装は、自己責任ですから。後、パーカーは入学式の時は脱ぎなさい。ブレザーは閉めなさい。」


 へいへい。口先だけの返事に、アッシュからは溜息が零れた。

 オズのネクタイが縛り終われば、二人の準備が出来上がる。呆れていたアッシュだが、初めて会った時から今日に至るまでの成長した姿に笑顔を浮かべる。


「さあ、ウェールズへと向かいます。」


 スーツの上着を羽織り、その上から黒色のローブをアッシュは羽織る。

 イルはポンチョをブレザーの上から羽織り、リュックを背負う。オズは腰に魔導書とウエストポーチを下げる。

 扉を開け、屋敷の外へと出ると太陽が三人を照らす。


「変われ、変われ。肉体よ、変われ。魔の猛者へと変われ。転換コンバージョン灰色魔竜グラウ・ドラッヘ。」


 アッシュの両頬に灰色の線が浮かび上がる。その線は顔だけでなく、全身の肌の上に浮かび上がる。

 灰色の線は魔力を流していた。イルには感じられないが、オズの肌をアッシュの魔力が毬の様に刺して来る。彼から洩れる魔力はアッシュを包む大きな旋風となり、アッシュを隠した。

 風の勢いは凄まじく、イルは自分の腕で顔を守りアッシュを見守る。隣にいるオズは棒立ちで只見ていた。

 旋風が徐々に弱くなり、収まる頃、アッシュがいた場所には巨体のドラゴンが鎮座していた。灰色の鱗、灰色のトカゲの様な目、大きな翼。アッシュがドラゴンへと変化した姿だ。

 相も変わらず、人がドラゴンに変わる所は迫力がある。精神的にも物理的にも。圧倒され、興奮から口元が綻ぶ。

 灰色の龍は体を低くして、二人が背中に乗るのを待つ。

 初めに乗りに行ったのはオズだった。手慣れた手つきでアッシュの背へと乗る。乗り遅れない様にその後を追い、イルも背中に乗って行く。

 だが、もたついてしまい上手く上がれない。それを手助けするかのように、オズは手を伸ばす。


「行くぞ。のろのろとしてんな。」

「わ、分かってるよ!!」


 遠慮なくその手を握り、オズに引き上げられる。

 アッシュが立ち上がり、翼を動かし始める。すぐに離陸する事になるだろう。それを見越して、オズは簡単な風除けの魔法をイルと自分へ寄付する。

 魔法の恩恵がイルへと向けられた。ポンチョはそれを示すかの様に、幾何学模様を浮かばせる。

 しっかりと風除けがされた事を確認すると、灰色の巨体が浮かぶ。

 巨体は二人を乗せて王都まで向かう。


――――――


 王都――ウェールズに着く。

 イルは千里眼で人気のない所を見つけ、アッシュを導いた。

 その場所は、前回ウェールズに来た時に着陸した場所と同じ所であった。人がいない住宅街の外れた暗い場所は、いつでも人通りが無い不気味な所だと告げる。

 ドラゴンの背から降り、ドラゴンは人の姿へと戻る。


「ここ、前回降りた場所じゃん。今、気付いたけど。」

「また、とんでもねぇ事に巻き込まれねぇだろうな……。」

「そこは解りませんよ。運、ですからね。」


 半年前の出来事は、まだ心を縛り付けている。警戒を強めてしまうのは、しょうがない。

 無意識にリュックの持ち手を強く握りしめた。


「ぼさっとすんな。」


 イルの隣をオズが通り過ぎていく。彼の無表情を携えた顔は、真っ直ぐ見据えた美しさがあった。横目で見てくる赤色に見惚れてしまいそうだ。

 恐怖などない、その顔が羨ましくてイルの足は一歩が出ない。


「オズは、怖くないの?」

「さあな。二度も同じ事は起きねぇよ。」


 そうだろ? フードを被りながらオズは振り向く。太陽がオズと重なり、逆光となる。

 赤目の少年が悪戯っ子の様な笑顔を浮かべている事を、イルは気が付かない。逆光が眩しく、目を細めてしまっているから。だが、オズの言葉に馬鹿にされている事だけは理解できていた。


「お前にも”怖い”って感情があんだな。」

「あるわ!? 」


 人間だもの。オズの言葉に腹が立つ。

 同じ事が起こる確率は低い。低いが、その確率を当ててしまう事は低くともある。低いものを幾ら慎重に脅威だと考えた所で、対処のしようがない。なってしまったらそれまでだ。

 その時は腹を括って立ち向かえばいい。


(だって、オズがいる。アッシュもいる。)


 一人でなくとも足は竦む。それでも一人よりかは何倍もマシにはなる。

 一歩、足を踏み出す。

 大丈夫。何があっても、大丈夫。

 オズの隣を通り過ぎていく。路地裏を抜ければ、騒々しい街がイルの黒い瞳に映る。


「……俺にだって、”怖い”位ある。」

「何? 何か言った?」


 オズが何か言ったのを聞こえた。だが、内容は口の中でくぐもってしまい、良くは聞こえない。だから振り返り、聞こうとした。

 竦んで重かった足が軽やかにステップを踏む。

 返って来たのはオズの声では無く、アッシュの危険を知らせる声だった。


「イル! 前を見てください!!」

「え、」


 デジャブを感じた。半年前にも同じ事が起こった気がする。否、半年後も同じ事をしている。

 アッシュの声に気が付いた頃には、イルは人にぶつかっていた。

 小柄な彼女の体は勢いよく倒れる。背中から地面へ倒れ、強烈な痛みが背中から産まれる。

 男二人の溜息が背景で聞こえるが、イルはそんな事は気にせず目を開けた。


「いたたた……。」

「ご、ごめんなさい!! って、イルちゃん!?」

「え、」

「す、すぐに退くから待って!」


 目に映るのは茶色に近い長い金髪、緑色の瞳――リンだった。

 今、イルはリンに馬乗りされた状態だ。呆気に囚われているイルの事など知らず、リンは大慌てでイルの上から退く。

 リンの服は最後に会った時の白いワンピースでは無く、イルやオズと一緒の黒色のブレザーとスカートの制服姿だ。赤色のネクタイも着用している。


「お前、ぶつかる天才だろ。」

「違うし! 誰がぶつかる天才や!?」

「いいや、天才だ。二度も同じ奴にぶつかってんだから。」


 大丈夫か? 怪我はないか? そんな言葉などオズは言わない。本当に危ない時以外も少しぐらい、心配の言葉が欲しいと常日頃考える。

 それでもリンが退いた彼女へオズの差し出される手に掴まり、イルは立ち上がる。彼女の顔には不機嫌を丸出しにして、オズへと抗議をする。


「しかも、低確率を即座に引きやがるし。」

「そこには私もビックリしてる。」

「イル、大丈夫ですか?」


 背中が痛いだけで、他には異常がない。土埃を払いながら、大丈夫だとアッシュへ笑顔を向ける。

 そうだ。自分達が入学するとなれば、同じ様に許可を得たリンも入学式に赴く。絶対に会わない訳ではない。只、その低い確率を引いてしまっただけだ。


「前回もこの辺でイルちゃん達を見かけたから、今回も会えるかな……と……。」

「ストーカーかよ。」

「おい、止めろ!?」

「す、ストーカーじゃないですよ! あ、でも……心細くて、イルちゃん達に会えないかと思っただけで。」


 恥ずかしそうにリンは顔を赤らめる。その顔は可愛く、羨ましいとイルは思った。

 オズは呆れた様に先を行ってしまう。パーカーのポケットに両手を入れたまま、三人を置いて行く。


「アンタの事はどうでも良いけど、許してもいねぇし。でも、同じ入学者ならとっとと行かねぇと時間ねぇだろ。」

「そうですね。申し訳ありません、リンさん。あれでもオズは優しい子ですので、どうか嫌わないで下さいね。」

「何言ってんの? ふざけんなよ、アッシュ。」


 不快極まれり。怖い顔をしたまま足早に行ってしまうオズをアッシュは追っていく。

 このままでは男二人に置いて行かれる。足の長い二人に追いつくのは大変だ。早くしなければ、二人を見失い新たな騒動を起こしてしまう。

 背中の痛みはもう感じなくなった。イルはリンへと向き合い、手を差し出す。


「半年ぶり! 元気にしてた?」

「う、うん!」

「良かったら、一緒に行かない?」

「うん!!」


 遠慮がちにイルの手をリンは握る。

 温かくて柔らかい感触に、笑顔が零れる。イルの笑顔に釣られて、リンも笑顔になる。


「置いて行きますよ!」

「あ、待ってよ! アッシュ、オズ!!」


 イルは新しい友人の手を強く握りしめ、視線の先で待ってくれている二人の元へと駆けて行く。


――――――


 九時をまわる。

 翰林院カンリンインでは、大広間に新入生も在校生も教師も集められ、着席をしていた。

 入学式が始まる。イル達は九時をまわる三十分も前に受付を終え、大広間へと着席をしていた。

 だが、その三十分が窮屈で居た堪れなかった。

 半年前に起こった学校襲撃について、新入生も在校生も口々に噂していたのだ。その被害者で唯一の生存者となった人間が数名存在しているからだ。

 流石にリンについては配慮がされ、犯人の娘という事は伏せられている。しかし、この事件で大怪我を負ったイルとオズについては見ている人が実際にいた事、事件がマスコミに記事にされた事で遠慮のないこそこそ話がされていた。特に、イルに対しての当たりが強い。


『あの女の子が、連れ去られたの?』

『かわいそうに。』

『大怪我を負ったの?』

『でも、魔法ですぐに良くなるじゃん。普通。』

『どうやら、フードを被っている方は魔法の使い過ぎで寝込んでいたらしいよ。赤いポンチョを着ている女の子は魔法が効かなくて、寝込んでたんだって。』

『え、無魔ムマ? 何で、無魔なのに翰林院に入学できているの?』

『さあ? 凄い魔法でも使えるんじゃないの?』

『金でも積んだんじゃねえの。』


――だって、大魔術師マーリンの子供だから。


 同情とは到底言えない口からポロリと零れる感想。

 地獄耳の様に、様々な二人に対して向けられる言葉の雨が聞こえてしまう。一層の事、耳栓が欲しい。

 オズに至っては、アッシュに言われた通りにパーカーを脱ぐ事は無く、深くフードを被ったままだ。千里眼が覗く彼の顔は、青筋が浮かび上がった怒りの無表情がそこにある。

 大魔術師と謳われる人間の子供だからと言って、強い力を持っている訳ではない。お金を持っている訳ではない。お金に関しては庶民に近い。決して貧乏では無く、裕福でもない。


(勘違いも甚だしいんだよ……。)


 オズが怒りに耐えている様に、イルも怒りに耐えていた。不快に思わない訳がない。只、マーリンの子供が誘拐され、大怪我を負った。それなだけだ。

 それ以上でもそれ以外でもない。

 様々な意味で価値があるのは今は亡きマーリンであり、二人にマーリンほどの価値はない。この黄色の国の一国民だ。

 子供は子供だ。マーリンが与えられたものをイルが、オズが自分の力で得た訳ではない。マーリンの子供として召喚さよばれ、拾われた。これ以上の意味がない。

 イルは、マーリンの子供だからと言って胡坐をかくつもりはない。それは無能な貴族が祖先のお陰で築き上げたモノを自分の力だと天狗の様になるモノで、神様に転生や転位された時に可哀想だからと与えられた神様の力を自分の力だと鼻を高くするのと同じになる。

 マーリンの子供。どうあがいても二人を縛る認知であり、決して変える事がない事実だ。これとは死ぬまで付き合っていくしかない。二人がそれぞれ、マーリンの名前が出ない程に英雄的な武功を立てない限りは。

 怒りに震えていたが、深呼吸をすれば冷静になる。

 彼の子供だからだとあーだこーだと言う奴は言わせておけばいい。彼の子供である事に対しては興味はない。感謝はしている。だが、二人の目的には大魔術師の子供は関係がない。それで簡単に得られるのであるのなら、どれだけ生きやすいのだろう。

 皮肉を考えていると、微かな笑いが出てしまう。

 突然、左隣が笑った事に怪訝そうな顔をオズはする。


「何、笑ってんだよ……気持ちワリィ……。」

「ごめんなさいね~。気持ち悪くて。」

「それにしても、煩いな……周り。」

「マーリンの子供である限り、ずっと纏わりつくよ。これ。いつか、陰口みたいなものをねじ伏せて、認めさせるしか口は閉じないよ。こういうのは。」

「そうだな。そうだった。」


 入学式の開式の言葉を皮切りに、式典が始まる。配われているプログラムに進行するモノが書かれている。

 新入生代表の言葉、校長からの言葉、在校生代表の言葉。向こうの世界と変わらない物がある。


(さあ、どの位、言葉が長いのかな……。)


 始めは校長の言葉からだった。

 イルのお見舞いに来た時とはまた違った着物を着ている。妙齢の女性は、壇上へ上がると新入生や在校生を前に一礼をした。

 広い大広間では全ての人が見える様に映像が映し出され、ヤチヨの顔をアップにさせる。

 優しくもはっきりとした声が心地よく紡ぎ出す。


【翰林院校長、サクラバ・ヤチヨと申します。新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。皆さんが無事に入学される事を大変嬉しく思います。半年前、翰林院では学校への襲撃、及び試験者の誘拐がありました。それは全ての人が知っておられると思います。喜ばしい場ではありますが、もう一度この場で謝罪の言葉を述べさせていただきます。大切な生徒達を危険に晒してしまった事、事件を早急に解決へと導けなかった事、本当に申し訳ありませんでした。】


 ヤチヨは深く深く頭を下げる。隣に控えている大きな白い犬――ハクも同様に頭を下げる。


【だからこそ、私はこの場で新たに誓います。二度と同じ様な事を招かない様に、生徒達を生徒達が望む将来に導ける様に精進していきます。どうか、新入生の方々も在校生の方々も教師陣も関係なく、全ての人が気持ちを新たに夢に向かって下さい。】 


 彼女の言葉は以上となった。

 呆気に囚われる。向こうの世界の校長は、心にも数秒しか残らないのに長い話をするのが、この世界――否、この女性は直ぐに終わらせた。それがイルを驚かせるには十分だった。

 きっと長いだろうと覚悟をしていたつもりだが、声にすら出てしまっていた。


「マジか……。」

「何が?」

「いや、なんでもない。こっちの話。」

「あっそ。」


 校長の言葉の次は在校生代表の言葉だ。

 登壇したのは一人の少年だった。風貌は青年と言っても良い程に大人びており、彼が正面を向いた頃には在校生も新入生も関係なくどよめきが生まれていた。

 金色のシルクの様な髪。透けた青色の瞳。高貴な出で立ちが、イル達が着ている制服とは色違いの白い制服を似合わせる。

 オズとはまた違った顔の整った少年のネクタイは、青色だった。


「ネクタイ、青色だね。」

「じゃあ、あの人は三年生だ。」

「赤が新入生、だから一年生。緑が二年生、青が三年生だっけか。」


 イルの右隣にはリンがいる。三人でネクタイの色について確認をした。

 この世界にも学年色が存在する。学年色は三色、一年生の赤、二年生の緑、三年生の青だ。少年が青色のネクタイをしているという事は、最上級生である三年生という事になる。


(代表者の言葉を言うって事は、生徒会長かな。)


 リンはカッコいいと見惚れている。だが、イルはカッコいいと思う以外は見惚れる事は無かった。見惚れてしまう相手は別に存在するからだ。

 どよめきの中の声が、登壇した少年がこの黄色の国の第一王子だと噂する。可哀想だなんだと言う口で、カッコいいと黄色い声を上げる。主に女子生徒が。勿論男子生徒も黄色ではないにしろ、尊敬するシンボルの様に声を王子へ向ける。

 噂の的は一礼して口を開いた。


【新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。翰林院の生徒会長を務めている”アーサー・ペンドラゴン”です。】


(アーサー・ペンドラゴン……?)

「アーサー――ペンドラゴン!!?」


 驚きのあまり、立ち上がりそうになった。声は大きく出てしまい、周囲の目がイルを注目する。様々な色の目が、視線が顔がイルに向けられ冷や汗を掻く。体を小さく縮め、出来る限り的にならない様に顔も伏せる。

 今は式典中、厳粛な場で目立つ様な行動を起こせば、ただでさえ目立っているのが更に目立ってしまう。

 穏便に、静かな学校生活は送れなくなる。

 しがない王子様の名前。可笑しい所は何処にもありはしない。それはこの世界の住人なら不思議にも、驚く事もないだろう。

 だが、イルは向こうの世界の人間。この世界──寓話ファブルの住人では無い。

 マーリンは言った。この世界はイルがいた世界とは鏡のようであり、向こうの世界では虚実となった空想が、当たり前として存在する世界なのだと。だから魔法が当たり前に存在する。だから魔術を修める事が義務教育となる。

 御伽噺という架空であるのなら、が主人公となる物語の登場人物が存在しても可笑しくはない。

 マッチ売りの少女がイルの隣にいるのだから。


「何、興奮してんだよ。王子がイケメンだからって。」

「興奮してない!! 違うよ!!!」

「ほら、静かにしろよ。声がでかすぎて、注目の的だぞ。」


 鋭い視線が幾つも目と合う。呆れた様なオズの顔に、イルの顔はどんどん恥ずかしさに赤くなる。穴があったら、すぐさま尻も隠して入りたい。

 件の王子もイルの事を見ていた。澄んだ青色の瞳が、イルの事を見ている。恐る恐る王子を見れば、視線が合う。王子はイルを見て微笑んでいた。

 羞恥と居た堪れなさで、一人になりたくなる。

 そう言えば、あの王子を何処かで会った事があった。そんな気がするのは、半年前にイルは王子とぶつかっている。一瞬よりも少し多い時間での接触であるが、イルにとってはもしかしたらの域に記憶がある。

 優しい人で良かった。背筋を伸ばした凛とした姿で壇上から降りていく王子様を目で追いながら、胸を撫で下ろしていた。

 もし、話す機会があった時は謝罪の言葉を述べよう。イルはそう決意を心の中でした。

 プログラムは進む。次は新入生代表の言葉だ。

 新入生代表と言えば、入試の成績が良かったものが頼まれる事が多い。魔力で言えば、オズが言葉を述べたのかもしれない。だが、半年前の事件もあり、オズに新入生代表のオファーは来なかった。

 無論、イルに来ると言うのは天変地異が起こる程有り得ない話だ。リンに至っても、校長の推薦の様なものだ。新入生代表とはならない。

 では、誰が新入生代表者なのか。正解は直ぐに出た。

 一人の少年が登壇していく。

 モニターが映す少年は、褐色の肌をした黄の陸では珍しい種族だった。

 見た目は青年の様であるが、それは尖った耳の種族が故なのだろう。


「エルフ……だ。」

「褐色のエルフ。」

「キレー!」


 先程まで第一王子に対しての黄色い声が、褐色のエルフに対しての黄色の声に変わる。

 肌が黒いからこそ、制服は白色を選択したのか、生徒会長と同じ白色の制服だ。しかし、彼の制服はオズよりも着崩していた。

 腰まで下げたズボン、だらしなく結ばれた赤色のネクタイ。まだ、Yシャツがズボンに仕舞っているのが良心的だ。

 褐色のエルフ。向こうの世界ではダークエルフと呼称されていたと、イルは思い出す。しかし、マーリンから貰った本の中にはそんな種族の話などない。


「オズ、ダークエルフって無かったよね。」

「んだよそれ。ねぇよ、そんな種族。俺達人間に黒人、褐色、黄色人種がいる様に、エルフにも褐色、白色、黒色がある。アッシュも言ってただろ。」

「だよね~。」


(そうだ。この世界には、そういう種族は存在しない。国や土地でエルフもその他の種族も肌の色が違う。)


 決して、魔族だからとかではない。

 魔物はいれど、魔族は存在しないのが可笑しな世界だ。もしかすれば、イルの調査不足がある可能性もある。

 軽い口調で新入生代表の言葉を紡いでいく。態度も軽そうな、クラスの中にあるカーストの上部いそうな人だと勝手に印象付ける。

 苦手な人種。所謂チャラ男の様な、関わりたくない。背筋を嫌になぞってくる視線は、イル以外の女子生徒を虜にしていく。その中にはリンも含まれていた。

 エルフは美形揃いだ。精霊とも関わりの深い種族であり、植物が多い所を住処とする場合が多数だ。

 褐色に似合うブロンドの髪、ピンク色の瞳は微笑んだだけで周りを魅了する魔法の様なものだ。変な色気すらも醸し出されている。


「俺、アイツ嫌いだわ。」


 隣でボソッと本音を出すオズに苦笑する。理解出来るからこそ、簡単に褐色エルフの擁護をする事は出来なかった。

 緩く縛っている長いブロンドの髪を揺らしながら、エルフは降りていく。代表としての言葉を終えた事をイル達に示した。


【続きましては、新任の教師を紹介です。】


 彼が席に着いた頃、司会者は会を進行していく。

 活舌の良い優しげな女性の声がマイク越しで聞こえる。

 ファンタジーの世界だが、イルがいた世界と変わらない所に勝手に懐かしさを感じて意識を遠くに置いている。

 どんな人が来るのかと興味は半分で聞いていると、衝撃の名前を司会者は言った。


【本日付で魔法学の講師を務めます。”アッシュ”さん、登壇をお願い致します。】


 時が止まる。今、誰の名前を呼んだ? 今、誰が呼ばれた?

 同じ名前で思い当たる節の人間の顔が浮かぶ。柔和な笑顔を常に浮かべる灰色の垂れ目の男性。灰色の長く、綺麗な髪を一つに縛った長身の人。イルやオズにとっての保護者で理解者。

 映像が登壇する人の顔を映す。灰色という特徴的な色が、想像したものが正解であったのだ。


【初めまして。アッシュと申します。】


 一礼した青年はいつもの柔和な顔で自己紹介を始める。

 イルは顎が外れる程に口をあんぐりと開ける。間抜けと言われてしまういそうな顔だが、この時ばかりは許しを請いたい。

 それは左隣のオズも同じであり、呆然と眉間に皺を寄せて映像を注視している。

 アッシュは教師として、二人と一緒に翰林院に所属する事を言っていなかったのだ。

 

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