第一章

プロローグ

――――半年後。


 コウクヌガの最東端にある森。

 一番近い村や町など、全てを生い茂る木々が隠す。森の中で孤立して存在する平屋の屋敷を。

 屋敷の前では二人の子供が手合わせをしていた。

 槍を持った少女が少年へと槍を振り下ろす。装飾が施されたそれは、風に靡いて飾りが舞い踊る。

 少年は、魔法で創り出した身の丈と同じ位の大きさの盾で迎撃する。槍の先にある刃を弾き飛ばせば、そこから出来る隙を狙い盾を横へと振り回す。

 軽々と繰り出される盾での攻撃を、少女は目を赤くして躱す。赤い目は振り回される軌道を読み、少女は槍の柄を地面へついて後ろへと体を翻した。

 少女の顔に滲み出るのは恐怖で引き攣った表情だ。だが、高揚感も同じ様に出ている。

 勢いのある着地だが、地面に痕を残しつつも少年と距離を作る。

 少女は瞬時に槍へと語り掛ける。槍は姿を剣へと変え、少女は剣の柄を強く握る。

 地面を強く蹴り、少女は反撃に出た。

 細身で軽く、細腕の彼女でも扱う事が出来る剣は、彼女の手の中で踊る。叩きつける様に振り下ろされる事もあれば、下から上へと振り上げられる事もある。

 だが、全ての攻撃から大きな盾で少年は守る。

 金属同士がぶつかる事で火花を散らし、大きな金属音を生む。

 一進一退の攻防。決着がつかぬまま、二人は後ろへと大きく飛び、距離を開けた。


「これじゃ、らちが明かない。」

「今、何時だ?」

「知らん! アッシュ、今何時位?」


 少女が剣から手を離すと、剣は重力に従って落ちる。だが、地面に接する前に剣は人の姿へと形を変えた。

 それが剣の正体。

 灰色の男はしゃがみ込んだ状態から立ち上がる。服の汚れを手で払いながら、少女の質問に答えた。


「朝の七時ぐらいですね。入学式が始まるのが九時。ウェールズまで行くのに飛んで四十分はかかりますね。」

「げ、早くしないとじゃん!! 朝ごはん、朝ごはん!」

「おい! 待てって。」


 灰色の男――アッシュを置いて、少女と少年は足早に屋敷へと入っていく。

 彼は呆れた様に溜息を吐く。今日からいつもの毎日に変化が訪れるというのに、二人の変わらない騒がしくも元気な姿に、笑い声でさえも出てくる。


(マーリン。イルとオズが学校へ通いますよ。……貴方が何も言わなかったから、その謎を追って。)


 何も言っていない。それはアッシュ自身にも返ってくる言葉であるが、主人が言わなかった事を従者が敢えて口に出す事は無い。心苦しいとは思いつつも、自身の口から出て言葉が二人へどんな影響を及ぼすかは未知数だ。

 きっと、二人なら真実まで辿り着く。その上で苦しい選択と対面する事になるのだろう。そして――、


「アッシュ! ごはん、並べたよ!!」

「解りました!」


 アッシュは扉の前で手を振る少女に、苦笑する。

 彼の足は一歩、前へ進む。地を確かめて踏むその足取りは、軽やかなものであった。


――――――


「おはようございます。アーサー王子。」


 黄の陸、主都市ウェールズ。その街に高くそびえる城内では、一人の青年が目を覚ます。

 付き人の声に起こされた金髪の青年は、ニ、三回瞼を瞬きさせてから体を起こした。


「ああ、おはよう。ベディ。」

「朝食の用意は済んでいます。」

「ありがとう。」


 モーニングティーを差し出され、そのカップを受け取る。湯気が立つ紅茶は、見るからにも熱そうであった。

 少しだけ息を吹きかけ冷まし、紅茶を喉に通す。程よい温かさが、彼の体を完全に覚醒状態へと導く。


「着替えの準備は出来ています。」

「だ、大丈夫だ! 着替えは自分一人で出来ると、何度も言っているだろ?」

「ですが、それが私の仕事です。」


 未だに慣れない貴族としての生活。青年は澄んだ青色の瞳を細め、苦笑いを表に出した。

 仕事であろうが、出来る事は自分で行いたい。青年は再び付き人を説得し、なんとかこの部屋から退出して貰う事に成功した。

 ベッドから出て、ハンガーにかけられた制服を見る。

 ブレザーの制服は白色。中のシャツも白色だ。

 これから着る制服を見て思う。


(あの子は、どうなったのだろうか……。)


 たまたま来ていた入試の日、そこで青年は一人の少女とぶつかった。

 珍しい黒髪の小柄な女の子。目の色が魔の色である赤色が印象的で、青年はこの半年間はずっと脳裏に浮かんでいた。

 瞳の色が赤色であっただけが、彼を捉えている要因ではない。泣いていた事がどうしても気になって、忘れられずにいた。

 合格したのだろうか? はたまた、落ちてしまったのだろうか?

 全ては今日の入学式ではっきりする。

 青年は深呼吸をする。緊張する事は何処にも無い筈が、少女の事を考えると会えるのではないかと勝手に楽しみになっている。

 姿見の前に立つ。制服を袖に通していき、上着を羽織る。最後に青色のネクタイを締める。


「着替え終わりましたか?」

「ああ、今行く。」


 着替え終わったタイミングで、付き人が扉をノックする。扉の向こうから聞こえる確認の声に答えると、青年は鞄を手にして扉を開けた。


――――――


 入学式――それは、物語が更に進む日。


 無魔になる少女は聖女を魅了した少年と出会い、命を助ける。その代償に無魔となり、その手に剣を持つ事を選ぶ。赤い羽織を翻し、全ての元凶である聖女を許さないと、意志を固める。

 白雪の様な少年は彼女の手を取り、生きる事を選んだ。その代償に少女から魔法を奪い、体を蝕む程の魔力を得た。少女に対して特別な思いがあるが、全ては彼女から魔法を奪った負い目。只、それだけだ。彼も聖女に対して、復讐の憎悪を赤い瞳に宿す。

 

 二人の物語は、数多の人を巻き込んで進む。


――本当の物語ストーリーは、ここからだ。

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