無魔と魔法と病院と

第一話



 モーガンが働く病院では、慌ただしく職員が動いていた。


「イル・アンブロシウスとオズ・アンブロシウスは私が診る。他の者は直ぐに回復魔法をし、治療を行ってくれ。」


 彼女の指示を受け、看護師達が指示通りに治療をし始める。

 イルとオズはそれぞれ担架に乗せられ、治療室へと運ばれていく。それに続く様にモーガンは服を手術用の服へ魔法で着替える。マスクをし、手を洗い、しっかり拭いた手にグローブを填めると浅い呼吸をする二人を見下ろす。

 オズは目や鼻から血を流し、耳からも血が流れている。見た目では穴という穴から出血している以外では傷も可笑しな所はない。だが、彼の内部ではオズの体には収まり切れない魔力が自動回復リジェネを繰り返し、そのたびに全身へと押し流す心臓の力で魔力が流れ、内部を破壊する。

 イルは体中に穴が開いている。出血量も酷く、顔は青白い。それでもオズの魔法により、傷口は凍っている事からそれ以上の出血は起こっていない。

 モーガンは視診をする。イルの一番酷い傷は、破壊尽くされた右膝だ。大きく開いた右膝は、赤い肉も白い骨もモーガンに見せる。

 それでも腐っている様子はない。魔法で作り上げられた氷が、腐らない様に維持を続けている。

 微かにオズの魔力を感じる。


「これは酷いな……。」

「如何致しますか? モーガン様。」

「オズの方はゲール、君に任せる。魔力分泌を抑制させる薬を点滴し、効果が続く30分の間に損傷部位に治療を。特に心臓は壊死をしている所も出ているだろう。」

「承知いたしました。こちらの治療が終わり次第、お手伝いに参ります。」

「有難う。」


 髪の毛が入らない様にきっちりと纏められた黒髪の女性――ゲールが一礼し、オズの方へと近づく。

 ゲールはモーガン直属の助手であり、腕は確かだと認めている。しっかりとオズを治し、いつも通りの仏頂面の彼を取り戻してくれるだろう。

 問題はイルの方であった。

 魔力の管がある人間であれば、破壊尽くされた右膝も体中の穴も治す事が可能だ。だが、イルには管が無い。自身の治癒力でしか治す事が出来ない。否、それでも治らない未来が読めてしまう。

 治癒力を高める為の手伝いは医者であるモーガンは出来るとしても、結局完治とするにはイルの治癒力が左右する。


「疑似的な魔力の管になってくれている羽織があるのは良いが……回路のコードがグチャグチャだな。これでは完全な治療は望めない。」


 一体何があったのだ……。イルの体の上に掛けられた赤いポンチョを凝視する。モーガンの顔には今にも舌打ちしそうな程に苦々しいものだった。

 このポンチョが何処まで使えるか、試しに回復の魔法をイルに当ててみる。無地の赤い生地に幾何学模様が浮かぶ。裾から体の中心に浮かべば、正常に働いている証拠だ。だが、裾の模様は所々途切れ、体の中心へと伸びる筈の幾何学模様の線は形を崩している。

 ポンチョとしての形は保っている。切れて、損壊している様子はない。しかし、羽織に組み込まれた幾何学模様を浮かばせる回路はズタズタにされている。

 複雑に組まれた回路が壊されている。簡単に崩壊させる事が出来る力に巻き込まれた故なのかもしれない。

 モーガンが駆けつけたのは、ヤチヨからの連絡であった。その時には既に二人の状態は重かった。ぐったりとした、冷えた状態であった。かつ、羽織は所々氷が張られていた。

 確かに何かあったら連絡が欲しいとモーガンは言った。


(これは、”何かあったら”じゃない。起こってしまった後だ。)


 モーガンは魔力を回す。万全から程遠い赤色のポンチョがある状態で、どの位まで彼女を癒す事が出来るのかモーガンには分からない。

 それでもやるしかないのだ。

 まだ、モーガンの魔法とイルが繋げれるチャンスがあるのなら、治療しなければいけない。回路がまだ作用しているのなら、命の危機だけは脱せる様に手を尽くさなければいけない。


「私は医者だ。」


 医者だから。二人をマーリンから託されたのだ。主治医になって、人よりも命を失う可能性が高い二人の最後の砦になって欲しいと、親友に任されたのだ。

 面倒くさいと思う事は多くあった。魔力が無い人間と、魔力があり過ぎる人間。真反対な性質を持った二人を診察するのは容易ではない。

 それに加えて、オズは言う事を聞く事があれば聞かない事もある。その証拠に、オズの下げていたウエストポーチの中に使用された痕跡の無い薬があった。

 イルを助けに行くオズに渡したものだ。あれを飲んでおけば、魔力分泌を押さえ、今の状態である回復と破壊のいたちごっこに陥る事は無かった。否、感づかれていたのだろう。だから飲まなかった。

 二人がモーガンを信頼しているのは解る。養父を無くし、二人を理解してやれる人間は指で数えられる人数しかない。その中にモーガンはいる。

 言う事を聞かない愚患者であろうが、モーガンには二人を見捨てる理由はない。子供も旦那もいない彼女は二人に愛着が出来てしまったから。

 汗が零れる。緊張で手が思う様に動いてくれない。それでもモーガンは魔法を最大限に使い、これ以上の損傷を招かない様に細心の注意を払ってイルの傷を塞いでいく。

 魔力の効き辛さはある。回路が駄目になっていない上着であれば、もう少しはマシであっただろう。

 粉々になっている膝関節を復元していく。大腿遠位部を、下腿近位部を、骨と骨をくっつける靭帯を、筋肉を、神経を、血管を、創り上げていく。


(大丈夫だ。医者の名に懸けて、助けるからな……。)


――――――


(ここは……。)


 気が付けば、オズは一面、全てが白い世界にいた。

 天井が分からない。縦も横も奥行きも曖昧になっている白い世界。黒髪の少年が立っている。

 歩いた所で分かる事は無い。それでも歩くしかなく、きょろきょろと首を振ってこの空間を見渡す。


「やあ、お久しぶり! オズ。派手にやられたそうだね?」


 知らない世界に人がいる。声はオズの背後から聞こえた。

 彼の事を知っている声に、オズは聞き覚えがあった。頭の中にはその人間の姿が浮かぶ。

 まさか、いる訳がない。死んだ筈だ。二度と、話す事など出来る状況じゃない。


「オズ? 聞こえているかい?」


 足を止め、驚きのあまり目を見開く。

 背後から聞こえていた声の主はオズの目の前に、にこやかに立っていた。

 180㎝に近い身長を持った茶髪を一つ縛りしたイケメン。弓なりに細められた目が開くと、紫色の瞳がオズを見つめる。


「マーリン……!?」

「そうだよ! マーリンだ。元気にしてたかい?」


 オズを拾い、イルを別世界から召喚してよんでしまった張本人。そして、二人の父親としての役割を担い、二人を護る為に5年前に死んだ人間だ。

 死んだ際に、その肉体を運んだのを覚えている。もう二度と口を開かず、綺麗なアメジスト色の瞳を見る事も笑顔も見る事も無い故人がいる。

 仰天な事態に足が後退する。一歩、後ろへと下がる。


「何で……夢? 夢じゃなきゃ、可笑しい!」

「うん。夢だよ。」


 逃げないで。混乱から正常に働かない頭。足は縺れ、オズは尻餅をつく。

 呆然とする彼にマーリンはしゃがみ込む。そして顔を覗き見てくる。


「夢だから、僕はいる。」

「そうだよな……俺、聖女に会って、限界来ていたけど魔法使って、それで――、」

「イル達を救って、あの子は凍って、モーガンが君達に治療を施してくれた。今、君達はモーガンの病院で寝てるよ。」

「は……? んで、そんな事を、」

「さあ、秘密!」


 必死にオズが気絶するまでの前後の状況を思い出していると、マーリンはあたかも見ていた様な口調で付け加える。悪戯が成功した子供の様な笑顔をオズに見せた。

 何故、この男は知っているんだ?夢が招いたマーリンの姿に、追随する形で混乱を更に作る。

 今すぐに思考を放棄したい。例え、夢の中だと理解できた状態でも。


「派手に魔法を使って……体の中身がボロボロだ。モーガンが薬を渡したのに使わないし。……いや、使わなくて正解だったのかな? 使ってたら、イルはあの子に殺されていたし、オズはあの子の元に行ってしまって……うん、危なかった。」

「イル……。」

「イルは君のお陰で生きてるよ。モーガンが出来る範囲で治療してくれて。でも、羽織に組み入れた回路があの子の魔法の所為でズタズタに切断されていて、完治出来たわけじゃないよ。今もずっと寝ている。だから――、」


 立ち上がったマーリンは微笑みながら、オズへと手を差し伸べる。何も疑問に思わないまま、その手をとった。

 夢なのに確かにある感触。温かく、質量がある。夢である筈なのに、明晰夢であるから勝手に脳が実物を再現しているのだろうか。

 引っ張り上げられ立ち上がった。

 5年前と変わらない姿。老けている様子もない優しげな顔。

 呆然と手を握ったまま、数秒間、マーリンの顔をまじまじと見てしまう。記憶が薄れ始めてしまっていた彼の姿を明確に脳裏に刻むのかの様に。


「え、」


 唐突に押された。手が離れ、温かさが離れ、感触も離れた頃には、優しく肩を押されていた。

 手は引っ込む事も忘れ、確かに床だった地面を落ちていく。

 マーリンの姿が遠くなっていく。声も遠くなっていく。

 彼は何かをオズに向けて話していた。その内容など、もはやオズの耳には入らない程に遠くなっている。


「マーリン!!!!」


 大声で名前を叫んでも、その声は落下の風に掻き消されてしまった。


「聖女は生きている。君の災厄は始まったばかりだ。良いかい? 絶対にイルの手を離しちゃいけないよ。君は生きて、イルも生きて、あの子を打ち破らなきゃいけない。……オズ、今度こそは最善で最高な道を進みなさい。」


――――――


 夢を見た。夢だと解ってしまう夢を見た。

 何故か、オズは右手を伸ばしたまま瞼を開けたのだ。


「マーリン……。」


 自分が学校へ通う理由、通いたい理由を作った人。

 オズも浮世離れした顔立ちであるが、それに負けず劣らずな人外染みた端正な顔をした男。その男の姿を見たのだ。会話をしたのだ。それが脳内が見せた虚偽の者であろうとも。

 上半身を起こし、今いる部屋を見渡す。

 今度は縦も横も奥行きも解る、まさしく部屋の中にオズはいた。

 外も中も暗くなっており、夜だと解る。それでも白色だと解るオズしかいない個人部屋。オズの腕に刺された点滴のゆっくりと落ちる音が耳に入る。


「病院か?」


 明晰夢の中で言っていた男の言葉を信じれば、オズは病院にいる事になる。

 点滴をしている事、自分がいるのは白いシーツのベッドの上である事が病院であると裏付ける証拠になる。だが、まだ完全に病院であると信じている訳ではない。

 体の節々に傷みを感じる。それでも傷は何処にも無い。オズの視界に映る範囲で、傷らしいものはない。

 寝相が悪かっただけなのかもしれない。痛みは節々の関節や筋肉だけでなく、体の内部からも起こっている。

 この痛みは解っていて魔法を使った代償だ。きっと、溢れるばかりに体の中を充満する魔力による自己回復に壊されながら、自己回復を果たす鼬ごっこの代償だ。

 痛みに苦々しい顔をするが、イルの事を思い出すとすぐさまベッドから飛び起きる。


(そういえば、イルは? アイツ、あの女に穴だらけにされて、膝を潰されて、一番ボロボロだったはず。)


 もし、ここがモーガンが所属している病院であるのなら、彼女もいる筈だ。一番治りにくて、一番傷つきやすい存在が。

 点滴の針が血管から外れた事など気にせず、縺れる足取りのまま部屋から出る。

 部屋と同じ位に暗い廊下を出て、すぐ隣の部屋の扉を開ける。

 苦情が出てしまう程の大きな音を立て開けた扉の先に、彼が望む人間が横たわっていた。


「イル!!!」


 カーテン越しから月光が入り、黒髪の少女を照らす。明かりの無い部屋だが、月明かりのお陰でイルである事が明確になる。

 彼女もオズ同様に点滴をしている。頑なに閉じた目は、騒音となった扉の音だろうが、オズの呼び声に対しても反応する事がない。

 微かな寝息だけが、イルに宛てられた個室に響いていた。

 覚束ない足でイルが寝ているベッドへと近づく。

 上下する胸元を見て、生きているという事が目に解って安堵の溜息が出る。安心感が芽生えると力が抜ける。突然、両足に力が入らなくなり、オズはズルズルと地面へ座り込む事になった。


(良かった……生きてる。死んでない。)


 夢の中のマーリンが言ってた通りだ。本来は必要がないと思われるガーゼや包帯が巻かれているが、イルの命はまだこの世界に存在している。

 ぎこちない笑い声が出る。嬉しさがある。だが、嬉しいと喜べない状態でもある。

 涙では無く、笑い声が出るのだ。これにはオズ自身も理解が追い付いていない。

 只、理解出来るのは生きている嬉しさだ。


「騒音は他の患者様の迷惑です。オズ・アンブロシウス様。」


 背後から声がした。無機質で抑揚を感じない女性の声。

 振り向けば、部屋の扉に黒髪の看護師が立っていた。手を体の前に重ね、まるで背中に定規を入れたかの様に、背筋を伸ばした立ち姿。

 微動だにする事がない状態で、茶色の瞳を向けられる。


「ゲール、どうかしたか?」

「モーガン様。オズ・アンブロシウス様がお目覚めになりました。七日ぶりの起床です。」

「オズが!?」

「モーガン様もどうか、音量にお気を付けを。」

「……すまない。」


 異変を感じたのか、泊まり込んでいるモーガンも姿を現す。目の下に隈を携え、顔色がくすんでいる。

 いつもの美人な顔が、そこには存在していなかった。


「計測を開始します。――バイタル、正常。各内臓、問題なく稼働中。不動による筋力低下、体力低下以外では問題はない事を報告いたします。」

「そうか!」


 呆然と座ったままのオズをゲールは見下ろす。淡々と話すゲールの瞳から赤色のレーザーが飛ばされ、オズの全身をスキャンされる。

 機械の様に告げられる結果に、モーガンは安堵の表情を見せる。緊張した面持ちから、力を抜かす為か溜息が出てくる。


(俺は七日も寝てたのか……。)


 たった一日、寝ているとオズは思っていた。七日。入試から既に七日も経っている。

 長い間目を覚まさないという事は、それ程までに体に大きな負荷が掛かっていたという事だ。この世とあの世の狭間を彷徨っていたに違いない。


「イルはまだ、目を覚まさないか……。」

「はい。ですが、心臓は問題なく稼働しております。脳の異常もありません。依然として昏睡状態のままです。」

「そうか……。」


 悔しげな表情を滲ませ、舌打ちがモーガンから零れそうになる。それをどうにか抑えたのか、モーガンは金色の瞳にオズを映し、近づいた。

 足音を立てない様に気をつけ、オズに視線を合わせる為にしゃがみ込む。

 少し前にも別の誰かで見た光景だった。デジャヴを感じずにはいられなかった。


「気分はどうだ? オズ。」

「……頭がふらふらする。」

「寝起きだからかもな。暫くじっとしていれば、ふらふらも治まるだろう。あ、お前、点滴を外してきやがったな……。」

「あ、」

「まあ、栄養を与える為の点滴だ。良くはないが、今回は見逃そう。まったく……イルの事を思い出して動いたんだろう?」


 針が刺さっていたであろう腕をとり、視診を始める。だが、針で出来た傷は塞がっていた。血を流す暇も与えず、小さな針の傷は修復を終えていた。

 モーガンの質問にオズの口は堅く閉じる。図星だ。

 イルの事を思い出した途端、体も思考もイルの安否に対して極振りされていた。解らない。どうしてか、体が勝手に動いた。

 呪文を紡いだ口と同じ様に。


「黙っているという事は、図星だな。」

「……。」


 行動は嘘をつかない。だが、オズの心の中は違っていた。

 彼女を心配したのは本当だ。人よりも傷つきやすくて、人よりも治りにくて、死にやすい人間。そういう風にした原因は自分にあるから。オズと関わらなければ、イルの人生は変わっていた。心配が生まれるのは全て、彼女の未来を歪めた負い目の所為だ。

 だから行動したんだ。自分の所為で死ぬ人がいるのが嫌だった。死んでいないと、安心したかった。それ故の行動。

 赤い目をそばかすのあるモーガンの顔から逸らす。


「どうでも良いだろ。」

「そうだな。その感情は他の誰でもなく、お前のモノだからな。兎に角、起きたからには七日間の間に何があったのか、説明させて貰おうか。」


 目が冴えて、再び眠る事が困難な状態だ。モーガンからの提案はオズにとっては有難いものだった。

 立ち上がり、一瞬だけ寝ているイルを見る。


「オズ、行くぞ。静かに、寝ている患者の邪魔をしないようにな。」


 主治医の呼びかけに反応し、オズは二人の後を追う。そこには後ろ髪を引かれる思いは無かった。


――――――


 片付ける暇がないのだろう。モーガンの部屋は医療に関わる本で散らかっている。床はまだ見えているが、散らばっている物を踏んでしまいそうになる。

 モーガンに促されるままにオズはソファーに腰を掛ける。向かいにもソファーがあるが、そこにはモーガンが座る。対面する形で、机を挟む。


「お茶のご用意を致します。」

「有難う。さて……散らかった部屋で申し訳ないな。」

「いや、アイツの部屋よりかはまだマシ。」

「まったく、イルの奴は……。」


 興味のない顔でオズはモーガンと目を合わせようとはしない。モーガンはオズの態度も含めた上で呆れた顔をする。

 眠気は無いが、寝ていた七日間の出来事を話してくれなければ、用はない。正直、そんな気持ちで一杯になっている。

 彼の気持ちをモーガンは汲み取ったのか、モーガンは本題へと入る。


「アッシュともう一人、お前とイルと同い年の少女――名前はリンと言うんだが、その日の内に回復して一日だけ入院した後に退院した。」

「あ、そう。」

「お前は心臓の一部が壊死して、内臓も自動回復リジェネの繰り返しで危険な状態だった。まあ、こうしてしっかりと話をして、動ける以上治療が成功している証拠ではあるが。」


 オズとモーガンの前に湯気の立つコップが置かれる。手持ちぶたさがあったオズは迷わずコップを手にする。

 体が冷えている訳ではないが、コップから伝わる温かさが心に染み渡る。

 モーガンもコップを手にして中身を口にする。喉も潤った所で、話を続ける為に口を開いた。


「三人に至っては管があるから容易ではあった。だが……イルは、難しかった。羽織に組み込まれていた魔術回路がぐちゃぐちゃでな、思う様に治療が進めなかった。……一応は傷も、粉砕していた右膝も修復まではいったが、完全ではない。これから固まるものがまだ柔らかい状態と言ったら良いのだろうか。」

「……。」

「ポンチョが直るまで、これ以上の魔術での治療は出来ない。現状、肉体の治癒力を高める薬品を点滴しているが、その副作用もあってかまだ目は覚めない。」

「……で、そのポンチョは?」

「アッシュが直してくれている。あの上着はイルへと特注でマーリンが作った物だ。アイツの傍でアイツの相棒をやっていたアッシュにしか、直せない。七日経って、やっと損壊した内の半分を直したそうだからな。」


 赤色の袖付きのポンチョ――魔法の管が無いイルに対してマーリンが作った魔法道具。彼女の為だけに作った特注の物だ。

 この上着が大事だとしたのは、マーリンからの最後の贈り物だからという理由だけではない。赤色の羽織があるからこそ、管の無いイルに対して魔法が効果を現わしてくれる。

 手を切断した人にとっての義手。足を切断した人にとっての義足。それらと全く同じ意味合いの物だ。魔法の管が無い人にとっての偽管。

 しかし、生きている人間で魔法の管がない人間は存在しない。先天性で管が無い症例はあるが、この世界に適応できずに魔法によって命を落とすから。だから、偽管となる魔術回路を作れる人は存在していなかった。作る必要が無いから、そんな職人は存在しない。

 イルの赤色の上着は唯一無二の魔法道具だ。他者の魔法恩恵を受け取り、効かせる為の。攻撃の為では無く、彼女を世界から護る為の、着ている時点で使用している魔法道具。

 ポンチョが無ければ、彼女は魔法で死ぬしかない。あっさりと、ぽっくりと簡単にいなくなってしまう。だから大事なのだ。

 その命に関わる道具の損壊。それについて、オズは心当たりがあった。


「あれが壊れたの、あの糞女の魔法の所為だ。人体に対して影響はない呪縛用の火属性魔法を掛けられた奴がイルから奪い取って着てたからな。きっと、あれの所為だ。」

「アッシュも同じ事を言っていた。聖女の所為だろうって。聖女と対峙したのもそこで聞いた。」

「糞女は死んだか?相打ち覚悟で極大魔法を振り絞って発動したけど。」

「それで、お前も内部が酷かったのか……。騎士団の情報からだと、聖女と思しき女の遺体は無かったと。お前達がいた屋敷は全部、アンデットになった被害者だけだと。凍ったそれがな。後は、今回の首謀者である男の遺体と――、」


 お前達四人と一匹。呆れからなのか、モーガンは再びコップに口をつける。


「死んでねぇのかよ……。」


 遺体が無い。女の姿がない。オズにとっては嫌な予感がする要因でしかなかった。

 また、あの女は襲ってくる。機会を伺って、オズを狙って来る。簡単に予測できそうな事で舌打ちが出てしまう。


「……絶望がある所悪いが、もしかしたら今回の事件についてお前の所にも事情聴取が来るかもな。お前も当事者の一人だからな。」

「アッシュは受けたのか?」

「勿論。首謀者の男についてはリンの証言に信憑があった事から犯人とするが、聖女に至っては誰もが分からないし、初めて見た人にとっては疑問符を浮かべているからあやふやで終わった。」


 モーガンは続ける。

 アンデットとなった人間や他種族の者達は、以前から騎士団へ捜索依頼が出されていた人達であった。突然いなくなった、音信不通になった大事な家族や婚約者、様々な関係もない者達だった。

 一部の者はリンが話してくれた通りに、リンを助ける為に行動をした故に素材として目を付けられ、素材となり、アンデットへとなってしまった。


「リンは完全な加害者ではないが、完全な被害者でもない。」

「あの女も、糞女の被害者だ。」

「聖女のかい?」

「糞女がシスターになって、男にアドバイスをしたんだと。」

「シスターになって……。確か、6年前に母親を亡くし、それから意気消沈となっていた首謀者の男がとある協会を行ってから変わったとリンが供述したらしい。」

「6年前から変わったのは聞いた。多分、その協会が糞女がいた所だ。じゃなきゃ、何で、男と知り合ってんだよ。接点らしいところはそこしかねぇし、それなしで糞女が来たって――俺しか考えられねぇよ。」

「偶然にも二つが重なった。その結果の惨事なのかもな……。」

「偶然に偶然か……。」


 コップの中身を覗く。透き通った飲み物にオズの顔は映る。

 疲れ切った顔だ。どんな感情がそこにあるのか分からない。にっこりともブスっとした顔でもない。感情の無い無機質な人形の様な美しい顔。


「わっかんねぇよ……本当に。何で、俺なんだよ。何で、俺はこんな目に合わなくちゃいけねぇんだよ。只、産まれて、生きてるだけだ。」


 心の奥底にあった感情。紛れもなく、ずっと思っていた事だ。

 理不尽だと思わずにはいられない。

 数多の人が生きている世界で、たった一人、オズ・アンブロシウスだけを狙う。本人が一番感じるのだ。生きているだけなのに、それを脅かされなければいけない不条理な事に。


「……イルが俺を助けなければ、あの糞女に狙われる事もアイツが魔法を使えなくなる事も、マーリンが死ぬ事も無かった。アイツが、俺なんかに手を伸ばすから!!」


 握った自分も大概だ。

 叩いて、死んでおけば良かった。救われる事に嬉しさを感じなければ良かった。

 そうすれば、こんな未来へ来る事も無かった。嫌悪を感じる様になった人間と同じ種族であるのに、自分の命を懸けるイル人間に対して悔いる事も無かった。

 巻き込む事は無かった。

 吐き捨てる言葉にモーガンは音を立てながらコップを机に置く。八つ当たりだった。

 まだ中身が入った状態で大きな音と共に置いたコップは、お茶を撒き散らす。服に飛んでしまったお茶については気にしていない。

 向かいに座るオズの首元を掴み、モーガンはオズを立たせる。


「……オズ、いい加減にしろよ!!? イルはお前を助けたかったから助けた。マーリンもそうだ。お前の所為は何処にも無い。あの女がすべて悪い。だから、そんな事を二度と口にするな。お前の意思に関係なく助けたとなるかもしれないが、それでもその手をとったのはお前だろ? 腹を括れ!! 生き続ける為に皆が精一杯に手を尽くしているだろ。お前も、イルも手を尽くそうとしてる。」

「俺は誰も助けて欲しいって頼んでない。」

「そうだな。そうだとしても、イルの前では口にするな!! こんな事を言いたくはないが――イルも苦しんでる。きっと、同じ様な後悔をイルもしているのかもしれない。お前が苦しんでいるのは知ってる。それでも!! その言葉を言ったら、お前は一人になるぞ……?」


 モーガンから強い怒りを感じる。それと同時に深い悲しみもオズに伝わる。

 周りの人間がどんな事を言おうが、説教をしようが関係ない。だが、イルの名前が出てしまうと悔しい思いが出てくる。何も言えなくなってしまう。

 彼女に対しての強い後悔や、自責の念がオズを包む。柔らかく、彼女が隣にいる事がオズを罪悪感の海へと落とす。

 主治医が言いたい事はオズも理解している。イルに言ってしまえば、彼女はオズから離れる。優しいから、自分の所為で苦しんでいるとオズを避けるだろう。そうなってしまえば、更にオズが勝手に感じている罪の意識は更に色を濃くしてしまう。


――イルと目を合わせなければ良かった。


 ヘラヘラと笑う彼女が嫌いだ。

 原因である自分を責めずに、変わらずに自分を気にする事が嫌いだ。気に食わない。

 仲良くなろうとしてくる事が嫌いだ。来るなと威嚇しているのにチロチロと視界へ入って来た事が怒りを生んだ。今は諦めている。


「モーガン様。」

「はっ! すまない……!」


 熱が上がったモーガンをゲールがいさなめる。我を思い出したモーガンはオズから手を離し、頭を下げる。

 心配をしてくれているから叱る。相手を思っての台詞に素直に向き合いたい。

 だが、赤い目を逸らすのと同じ様にその言葉を頭に入れつつ、逸らした。

 ああ、大切だと思う事は本当だ。紛れもない真実だ。

 それでもあのお人好しが、他人に命を懸けれるアイツが、アイツ等が――、


「――イルが嫌いだ。」


 嫌いでいたいんだ。

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