第三話

――――――


 これはイルが捉われる数分前の事である。


「受験生を優先的に守れ! 戦闘できる教員は対処に当たれ!!」


 イルが追われていたのと同時にもう一つのも目標とされていた。

 面接会場として宛がわれた教室、その周囲では阿鼻叫喚と化してた。

 化け物が一心不乱に狙うのはオズだけであった。二つの窪みに揺らめく炎の様な赤い灯を灯して。

 オズの前に誰かが立ちはだかっているのであれば、その誰かを襲いはする。だが、基本的に追うのはオズだけだ。

 そもそも狙われている張本人はそれどころでは無かった。


「アイツ……何処だよ!」


 自分が化け物に追われている事は解っている。どうしてかは分からない。

 それでもアイツ――イルを探す目は止まらない。探す為に動く足は止まる事を知らない。

 腐った人の体を持った化け物は、遠慮無しにオズに手を伸ばしてくる。唇の原型すらも溶けた様な口が開き、欠けたり、抜け、体同様に腐った歯を見せ噛み付いて来ようともする。

 化け物が容赦しない様に、オズも容赦はなかった。

 恐怖が、悲鳴が木霊する学園の中でオズは冷静であった。否、冷静を務めていなければ、頭が可笑しくなりそうであった。

 もし、イルが同じ様に化け物に狙われていたら?

 自分が追われている理由は確かに解からない。解からないが、心当たりだけは一つあった。


(聖女か? 確かに俺を狙うのは分かるし、やっと街中に出て来たのだから学校まで押しかけてくるなんて可笑しくもねぇよ。)


 だとすればイルが狙われる事は無い。どうしても手中に収めたいのは、本来イルの中の心臓も入れる筈だっただ。

 目の前まで迫ってくる化け物は目の前で動きが止まる。

 その朽ちてしまう体はつま先から足を上がり、体が凍っていたのだ。勿論、その犯人はオズであった。

 所々に人型の凍った塊がちらほらと出来上がっている。

 向こうが襲ってくるのであれば、こちらは動きを封じるまで。倒すまでの動力は使いたくはなかった。

 そもそも、に手を掛けるのが嫌であった。口に広がる在りもしない味が苦みを生む。


「でも、あの女がこんな醜い奴を使うか?」


 5年前、オズを誘拐し、イルにも内臓を埋め込んだ女の事を吐き気がするが思い出してみる。

 ああ、使ってた。使い魔にしてた。確か――、


死にきれぬモノアンデッド……。」


 ゾンビとは確かに似ている。だが、ゾンビとアンデットには違いがある。

 。前者がゾンビであり、後者がアンデッドだ。

 アンデッドは、稀に起こる魔力の管による暴走で誕生してしまうモンスターだ。普通に傷つき、それが決め手で死んでしまうのであれば生まれる事は無い。しかし、魔力の管に何かしらの事をし、暴走を始めた際に全ての機能を止めた体を魔力の管が再び起こそうとし、魔力の管単体が死を認めていないと出来上がってしまう。

 例えば、とか。

 あの女は面白そうに、愉快そうに当時話していた。

 思い出すだけで悪寒が走る。口から胃液を吐き出してしまいそうだ。

 それと一緒に思い出すのは、心臓を埋め込まれ魔力の管が暴走して苦しむイルの姿であった。

 あの時、オズは何も出来なかった。隣で痛みに異物による拒絶反応で苦しみ、両手首や足首が拘束されたまま身を捩り叫び声を上げながら拷問の様な――いや、死ぬ事を赦されない拷問を受けている姿を只、見ているしか出来なかった。オズもイルと同じ様に拘束されていたからだ。

 そのすぐ後でオズも同じ苦しみを味わう事になる。それはマーリンが来るまで続いた。

 オズには負い目がある。

 何度も気に掛け、嫌味や口の悪い、不躾な態度しか見せない自分を見捨てない存在。その存在から命を奪おうとした。いや、あれはアイツの勝手な行動ではあった。それでも自分がきっかけである事には変わりない。変えようの無い真実だ。

 彼女からあった魔法を奪った。でなければ、彼女も未だにオズを狙う化け物たちと同じになっていただろう。

 このクソッ垂れな世界で唯一最初の味方になってくれた人。


「確証なんてない以上、早くアイツを見つけねぇと……。」


 嘔吐きながら、再び足を動かす。ところが、オズの足は止まる事になる。


「待ちなさい、オズ・アンブロシウス。」

「は?」

「何処に行くんだい?」


 教師であると示す長い黒色のローブを着た二人の男。彼等がオズの前に立ち、進行を塞ぐ。

 突然止められた事に対して、目上であろうがイラつきから言葉は素っ気ないモノになる。


「何処へだって良いだろ。」

「君は狙われている。何故か、あの化け物は君だけを狙っている。そんな状態で危険に晒させる事は出来ない。」

「あっそ。それでもこっちは探さなければいけない事があるんで。」

「言う事を聞かなければ、君の合格はないかもしれないよ?幾ら知識もあり、魔法が強くとも誰かの言う事を聞けない人間は要らないな……。」

「だったら、アンタ等が探しに行ってくれるのかよ。」

「何だって?」

「イル・アンブロシウス。把握してんなら、解るだろ。あやふやになっちまってる面接に来ないわ、実技試験以降姿がねぇんだよ。」

「ああ、あの魔法道具を魔法と言って実技を受けた無魔ムマの女の子か。見事に使いこなしていたが、媒体と道具は違うだろ……。よくまあ、一切魔力の感じない体で魔法道具を使えたもんだ。」


 話し掛けていた黒髪の男の隣にいた暗い赤毛の男が答える。この言葉にオズの耳は反応する。

 無魔。赤毛の男が言った単語はオズにとって、イルに対する侮辱の様に聞こえた。後半の言葉が彼にとっての独り言であったとしても。彼女の目が本物の魔眼である事を知っているからこそ。

 しかしこの教師陣はオズ達の過去を知らない。当たり前だ。

 反論しようと口を開きかけた時だった。

 オズの視界に見慣れた赤色が通り過ぎていく。ゆっくりと見える赤色に、オズの瞳はこれでもかという程に開く。


「イル……!?」


 その赤色はイルが肌身離さず着用している袖付きのポンチョの色であった。

 見逃さないその色。見逃すはずがない赤色。

 そして目が合う。イルの黒い瞳では無く、赤く揺れる炎の目に。

 イルは小脇に抱えられていた。あの朽ちた体を持った化け物に。その体格は大きく、オズに迫ってきたモノ達よりも形はまだ人としてしっかりと残っている。

 力無くイルの手足は垂れている。フードが重力で下がっている様に、頭も上がる事は無い。無論、オズの声は届いていない。

 気絶している。もう一度イルの名前を呼ぶが反応はしない。寧ろ、反応したのは化け物の方であった。

 オズの姿を窪みの中の火が認めると、半分白骨が見えた状態の顔が笑っているのだ。オズの足は自然と一歩下がる。

 気持ちが悪かった。だから、体は反応する。

 只、それだけでもない。イルが囚われの身になっている事に驚きと、心臓を掴まれる程の苦しさからでもあった。

 教師二人はオズの前に、イルを抱えた化け物から隔てる様に立つ。手には槍と剣を持ち、構える。まるで、オズを逃がす為に取っている様な行動であった。

 だが、教師たちの行動は空しいもので終わる。


「おい、放せよ。」


 地を這う様な低い声が響く。怒りを含んでいる事は解るが静かに告げられる言葉に、教師たちの背中を悪寒が走る。

 オズの足元から白い煙が立つ。暑くも湿度を含んだものでは無く、冷たさとサラリとした肌触りがする煙だ。

 腰に下げた白い本が淡い青色で光っている。

 足を動かす訳でも、手を振る訳でもなく、オズは怖い顔をして赤い瞳で睨むだけだ。光の無い赤色は、黒色の瞳孔を縦長に細めていた。

 足元から勢いよく氷の波が創り出される。鋭く尖った剣山の様で、教師二人の間を滑りながら化け物を狙う。

 オズの瞳には化け物しか映っていない。只でさえ大切な人を貶された様な言葉を言われ腹が立っていると言うのに、ここで捉われた姿の彼女を見てしまえば抑えられる所の話ではなくなる。

 大爆発であった。

 見事に化け物の足を凍らせ、氷は膝、大腿部と上へ上へと凍らせていく。

 氷は臍と思われる高さまで凍らせ、化け物は上半身だけしか動かせなくなる。それ以上凍らせてしまえば、腋に抱えられているイルまで凍らせてしまう。それを防ぐ為であった。

 呆然と立つ教師二人を置き、その間を通って化け物の前に立つ。

 薄い様で分厚い氷。透き通った綺麗な薄い青色をしているが、幾ら綺麗でも巨体から発する力で破れないこの氷に対して不満の雄叫びを化け物は上げる。


「イルだけじゃなくて、他にもいんのかよ。」


 ここで始めてオズは気が付いた。もう片方の小脇には、茶髪に近い金髪の長い髪の毛の少女が抱えられていた。

 その姿は何処かで見た事がオズにはあった。

 漠然とした見た事がある記憶以外確かな物はないまま、オズはイル以外も助けなければいけない事に溜め息が漏れる。

 大切な人を優先にする事は自己中心的だ。オズの中では彼女が目的であれど、困っている人がいるのであれば手を伸ばす。

 優しさがあるから、お人好しだからという訳ではない。後味が悪いから。

 そういう考えも自己中心的なものかもしれない。

 きっと、イルと同じ様に捕まった少女も困っているのだろう。理由は後で幾らでも考えられる。ここで行動を起こす理由は、困っているから。只それだけだ。

 彼女だって、困っている人がいるのであれば手を伸ばしているのだから。彼女が憧れて、行動に移すまでに至るとある人物たちの様に。

 オズはイルへと手を伸ばす。だが、触れる前に赤毛の教師に突進される。

 大きな衝撃と共に引っ込めるのが遅れていた指先に鋭い傷みと熱を感じ、呆然と共に背中を強く床に打つ。


「避けろ!! 死にたいのか!?」 


 覆い被さる様に教師はオズを守る。守られて初めて気が付く。誰かが魔法で攻撃をしてきたという事を。

 オズは教師の隙間から痛みのする手を見る。


「手か!?手をやられたのか?」

「おい、お前は何処から来た!!」


 赤毛の教師はこれ以上の攻撃はないと瞬時に判断し、オズから退く。オズの視線が手を見ている事に気が付き慌てて彼も怪我をした手を見る。

 教師は顔を歪める。オズの手は焼け爛れ、肉も骨も見えている状態であった。

 見るからにして痛々しい状態であるが、オズの顔は眉間に皺を寄せる以外には反応が何もない。痛いという呟きはある。だが、泣き叫ぶ事も痛みに暴れる事も無い。


「ボールス!」

「分かった。」

「手を見せろ、すぐに治療してやる。」


 剣を構えた茶髪の教師へ赤毛の教師は名前を呼ぶ。茶髪の教師――ボールスは目を合わせると、考えが読めたのかオズ達を庇う様に立ち塞がる。

 赤毛の教師は無理やりにでもオズの手を取るが、既にオズの手は修復を開始していた。


「治そうとしなくていい。」

「な……、」

「テメェが、イルを捉えた犯人?それと、俺の手を焼け焦げにした。」


 黒く焼け焦げた手が元通りに構築し直している。それは魔法がかかっている様では無く、自動的にオズの意思に関係なく骨の上に筋肉を、筋肉を上から覆う皮膚が出来上がっていく。色も元の肌色そのままで。

 オズの赤い目は黒色の瞳孔を細めたまま、一人の男を睨んでいた。穴が開く様に、殺気を孕んだ目でニヤリと笑う男を見る。

 笑っているのが気に食わない。気持ち悪くて治まった吐き気が復活してくる。

 ここには自分以外の人間が居る。その事を忘れ始めていたオズは、勝手に修復し終ったオズの手をまだ呆然と見ている赤毛の教師の手を振り払い、立ち上がった。


「いやに反抗的な目をしているじゃないか!」

「いいから、イルを放せよ。そっちの金髪の方も。」


 武力行使も厭わない。オズの意思に賛成するかの様に腰に下げている本も光を強く放っている。

 だが、男は鼻で笑った。


「それは無理な相談だ! これからこの素材たちを使って最高の道具を作ろうと思っていたのだ。魔力をふんだんに発揮しやすい魔鉱石よりも素材として良い人間これらを使って。無論、君も欲しいと思っていたんだ! いや~自己回復する程に純度の高い魔力の管……ますます道具として加工したくなる。」


 気持ちの悪い笑い声を立てる。

 正直に言って関わりたくないと思ってしまう。だが、向こうの手にイルがいる以上関わらないでいる事の方が難しい。

 この男は白昼堂々とやってはいけない事を言った。自慢げに公表した。

 これには教師二人の耳が反応する。


「ほぉー、ご法度とされているをやっていると。」

「違う。だ! 間違えないでくれるかい?」

「どちらにしても、騎士として見逃せないね。教師として、これから生徒となる子達を見捨てるなんて事も出来ないけど。」


 教師二人はそれぞれの武器から魔法を発動させる。それは着ているローブを鎧に変えるものであった。


「パルジファル、捉えるぞ。」

「ああ。」


 剣を構えたボールスは赤毛の教師、否騎士――パルジファルへ呼びかける。パルジファルも槍を構え、男を見据える。

 二人の目標は男だ。

 ボールスが先に剣を振り下ろす。だが、男は余裕がない様子でギリギリに避ける。その後を追撃する様にパルジファルが槍を突こうとするが、男は冷や汗を掻きながら口角を上げる。


「アンデッド!!!」


 男の声に、いつの間にか氷から解放された人間二人を両脇に抱えた巨大な化け物が男の前に立つ。壁になる様に、パルジファルの攻撃を阻む様に立つ。

 化け物に考える機能がまだあるのか、両脇の人間の首を持ち、壁にして前へ出す。気絶をしているが強く握られた事により、苦しさに顔を歪めて呻き声を出す。

 彼女の目がうっすらと開く。


「オ…………ズ……?」

「イル!!?」


 大切な人が盾に使われている。これには声を荒げるしかない。口から出るのは名前だけで、それが叫びにも近い声になる。

 パルジファルの槍は急には止まれない。このままであれば、槍は彼女達の体を貫くだろう。

 オズの魔法が発動する方が槍よりも速かった。

 辺り一面の温度が幾分か下がった気がする。動いている分まだ温かさがあるが、急激に感じる温度低下の反応に動きが鈍くなり始める。


「ふざけんなよ!!!!」

「アンデッド!俺を守れ!!」


 槍が止まったと思いきや、パルジファルの体は首から上を残して凍っている。たった数秒の出来事であったが、それだけで十分に攻撃を無効化させた。

 それだけではない。オズの立っているその足元から再度氷の波が生み出されていたのか、槍の様に地面から生える氷柱が男へと攻撃を仕掛けていた。

 しかし、その攻撃は寸前で意味を無くしていた。

 攻撃の先の人物に反吐が出そうで、止まれて良かったと安堵を覚える。

 オズの攻撃はあと一歩で届くはずだった。イルや金髪の少女が盾となっていなければ。

 舌打ちが零れる。仕留めれなかった事への不満が眉間に皺を作る。


「外道。人間を盾にするなんてな。」

「外道で結構!これらは俺にとって、人では無くて材料だ!薬を作る為の薬草と同じで、道具を作る為の素材だ!どう扱おうが俺の勝手さ!!」

「イルは物じゃねぇんだよ……。」


 今度は地面が揺れる。それだけでなく、床に罅が生じ、割れ目は深くなっていく。

 本は淡い茶色の光を放つ。

 床だけでなく、オズ達がいる広場の壁にも亀裂が入り、天井にまで達しそうになる。

 このままでいけば天上の崩落が始まる所であるが、突然オズは左胸を強く握りしめて呻き始めた。


(ヤバい…………。)


 痛みがオズを支配する。締め付けられて、握り潰される様な苦しさに呼吸は乱れて、酸素が上手く吸えなくなる。同時に二酸化炭素を吐き出す事も上手く出来ない。

 幾ら無造作に魔力が生み出せるとしても、それを回す心臓が特別なモノでないのなら、負担は大きい。故にオズは魔法を使うたびに気を回さなければならない。

 唐突な事に、魔法が溶けた事で解放されたパルジファルにボールスも慌てて駆け寄る。男はオズが苦しみ始めた事で命拾いし、笑いながら満足そうにオズを見つめてくる。


「ハハハハ!! どういう理屈かは捉えた時に見るとして、ここまで手に負えない程に素晴らしい素材であるのなら、特別な装備を持って捉えようではないか!!! まず始めにこの素材を使って――、」

「待てよ…………!」


 苦しい。痛い。これ以上は心臓が破裂する。

 痛覚が危険信号を流してくれるが、目の前で藻掻き、化け物から抜け出そうとしている大切な人が、手を伸ばして自分の名前を呼ぶ彼女が遠くへ連れて行かれる事への苦しみの方が自分の体を侵食するデメリットをも大きく上回る。痛みなど投げ捨て彼女の手を掴みたい。

 気持ちは先を行っているのに、体は追い付かない。


「オズ!!!」


 蹲りながらオズは手を伸ばす。届かないと解っているのに、もしかしたらと手を伸ばす。

 案の定、その手は届かず、オズの手の平には涼しくなった空気だけが通り過ぎるだけであった。


――――――


『……何で、俺なんかを助けるんだよ。』

『何でって、逆に何で助けちゃ駄目なの?』

『こっちが聞いてるのに、質問すんなよ! 答えろよ!』

『う~ん……君が、助けて欲しそうな眼をしてたから。』

『は?』

『というのもあるけど、私が只助けたかった。ここで見ないフリしたら、それこそ君を救う事も何か手伝う事もしなかった人と同じになるから。』


 黒い髪の少女は黒色の瞳を細めて笑う。

 笑顔を向けるこの人間に対して、可笑しなものを見る目で見返してしまう。

 自分と同じ歳である筈の少女は続ける。


『困っているなら、手を伸ばしたい。イルになる前の私には出来なかった事。今だからしたいと思ったんだ! 一度死んでいる身としては、後悔はしたくないしね。』


 これを人はというのだろうか。いや、

 それに対して彼は無縁だった。誰も見向きもされなくて、声を荒げても口を押えられて、自分にその目が向けられるから彼から目を背けて、誰も彼の手を取る事も無かった。

 誰かに手を伸ばされた事は初めてだった。否、初めてではない。何度かあった。何度もあっても結局は殺されるか、恐ろしくなって自分だけ逃げるだけ。もしくは便乗して彼を汚す。

 殺される事も厭わない、可笑しな人間は初めてであった。自分には何も価値はなく、ましてや初対面であったのにも関わらず。初めましての相手に対して、平気で助けに行けるこの女がよく分からなかった。

 どうせすぐに掌を返して、自分を裏切る。便乗して自分を虐める側にまわる。あの時はそう思っていた。

 でも、少女は助けが来るまで一緒に逃げ回ってくれた。倒せる力なんて、魔法なんてまともに使えないにも関わらず、彼の事を気にしながら、彼を庇いながら戦った。体中に傷を作りながら、満身創痍で彼の手を繋いでいた。

 愚かで、まともとも言えない行動。

 それでも温かいと思った。温もりを感じた。ずっと、あったら良いのにと心の奥底で望んでいた物だった。

 只の気まぐれで起こした行動。結局、この考えは彼の中から消える事は無かった。

 それから数年少女達の元にいて、警戒しながらも平凡と言える事が出来る様になった時にも、また彼は襲われた。彼には平凡なんてものは備わっていなかった。

 それでも少女は変わらず手を伸ばして、掴んでくれた。新しく貰った名前を叫んで、こんな自分に対して涙を流してくれて、必死に助けようとしてくれた。今後、魔法が使えない状態になったとしても。

 気まぐれな行動じゃなかった。本当に助けたいと思ったから助けようと行動している。

 偽善とも言えるお人好し。気丈に振る舞って、彼の前で笑顔を見せるが何処か無理している様で、彼女は誰もいない所で泣いていた。魔法が使えなくなった事、それ故に周りから後ろ指を指される事に対して。

 自分が助かったのは、養父のお陰だ。彼の命がけの魔法で助かったから。それは肉体と少しの精神に作用したが、残りの精神は少女のお陰だ。彼という自己を残せているのは彼女のお陰であった。

 だから、今度は

 あの時、手を伸ばして握ってくれた様に、今度はこちらが手を伸ばして、掴んで、助けるんだ。

 ずっと、考えていた。こうなる事がない事が一番理想であるが、絶対はない。


(大丈夫、すぐに助けに行くから――イル。)


――――――


 オズは目を覚ます。彼がいたのは、白一色の部屋――保健室であった。


「ここは――、」

「目を覚ましたか。」

「オズ!!」


 虚ろなハイライトの無い赤色は焦点を合わせようと必死になる。段々と視界が鮮明になると、灰色の人間が映る。

 それだけではない。気を失う前に見た赤毛と茶髪の騎士も居る。

 後、もう一人、オズの手首を掴み脈拍を測っている見知った顔も居た。


「脈は……76。落ち着いたな。」

「アッシュに、モーガン先生?!」

「ああ、モーガンだ。胸の痛みはどうだ?オズ。」

「だ、大丈夫……です。痛みはない。」

「そうか。ひとまずは心臓への負担はない状態へ戻ったな。だが、少しでも魔力を回せば、また痛みで苦しむだろうな。」


 白衣を着たブロンド色の髪を団子状に纏めた女医は、金色の瞳をアッシュへと向ける。それは保護者の立ち位置にいる彼への注意でもあった。勿論、一番聞いて欲しいのはオズである。


「どうして、モーガン先生が居るんだよ。と言うか……イルは!? 助けに行かないと――、」

「勝手に出歩くな!」


 オズは慌てた様子でベッドから出るが、パルジファルが押し返す。端の壁にボールスと共にいた筈である。

 パルジファルに押された事で、再びベッドへ戻る事となってしまった。勢いよく背中をぶつけ、痛みが生まれる。


「痛ぇな!!」

「イル・アンブロシウスは王宮騎士団が捜索してるから、君は大人しくベッドで寝ていなよ。無理したんでしょ?」

「イルの他に一緒にいた女もか?」

「勿論!それが僕達騎士団の仕事だし。」


 民を守り、王を守り、国を守る。それが騎士団。イルがいた世界で言う所の警察と似た役割を担っている。

 ボールスの言葉にオズの眉間に皺が寄る。


「悪ぃけど、騎士団は当てにしてねぇよ。どうせ探せたとしても、イルの死体が来るだけだろ。」

「オズ!」

「だって、そうだろ!? 助けに来て欲しいと言った所で来ないのが騎士団だ。助けたいもんは、自分で何とかする。」


 オズが彼等を信用できないのは、既に何回も来ない経験をしていたからこそ蓄積した結果であった。仕事をしています、探しています。そう言って完遂してくれる人は何人いるのだろうか?

 きっと、時間をかけて見つけた結果は、イルだった肉の塊だ。そう予想してしまう。黒髪の少女が魔法が使えない人間であるからこそ、希望を考えられない。

 アッシュが止めに入るが、オズの瞳は睨みを利かせ騎士の二人に向けられる。


「オズ、貴方の気持ちは痛い程解ります。ですが、貴方は今、気絶したばかりなんですよ? 魔法の使い過ぎで。」

「分かってる。でも、そうでもしなけりゃイルを助けられないだろ。」

「まだ、使う気なんですか!?」

「当たり前。それでイルが無事に助かるなら、幾らでも使う。どうせ、体は再生する。それに、ここで助けに行かなかったら俺は後悔する。」

「学園に通う資格なんて無いにも等しい、魔法の使えない人間でもか?」

「は?」


 パルジファルの言葉が保健室内に響く。オズの眉間の皺は一層、深くなる。

 この男は何を言っている?その言葉は完全にイルへの侮辱であり、オズを怒らせるには簡単であった。


「魔法が使えない、魔術師として無価値な人間を救おうと?」

「……喧嘩売ってんのか?」

「パルジファル! オズ! 魔力が漏れてます!!」

「うっせぇよ、アッシュ。」


 荒々しくはなっていないが、冷たく言い放たれる言葉。口の悪さはさらに増す。


「偉い騎士様は魔法が使えるか、使えないかで決めるのか?助ける人を。」

「そうだと言ったら?」

「だったら、ますます当てにはしねぇよ。んなテメェ等なんて!!」


 アッシュが言う様に、保健室の室内温はオズの魔力によって下がる。口から白い息が漏れる程に、キンキンに冷やされる。

 自分の魔力で冷えた事でオズは落ち着きを取り戻す。


「……そうだな、魔術師の資格を得る為の学校だ。魔法が使えなきゃ意味ねぇよ。でもさ、学校なら魔法が使えない奴でも魔術師に成れる方法を探せる場所にはなんねぇのかよ。そうじゃなくとも、俺達にとっては魔術師は一つの方法でしかねぇんだから。」

「一つの方法ね……。」

「落とすのならどうぞ。イルが学園に通えないのであれば、俺は辞退する。俺だけが学校に通えても、アッシュを含めた俺達が探して求めるのは誰か一人で見つけるもんじゃなくて、三人で見つけるもんだし。……まあ、それを抜きにしても俺はイルを見捨てる事なんて出来ねぇんだよ。」

「それが貴方の学校へ通いたい理由ね。」


 モーガンの声でもない女性の赤の他人の声。

 保健室の扉が開くのと同時に、一人の女性が入室してきた。大きな白い狼の様な犬を従えた妙齢の着物を着た女性。

 オズは見た事があった。


「校長……?」


 入試が始まる前の映像での挨拶の時に映っていた女性だ。


「ヤチヨ校長!」

「パルジファル。世界には様々な人が存在しています。手がない人、足がない人、どうしても知識への遅延が見られる人、体を動かす事が苦手な人。他にも数多にいます。魔法が使えない、たったそれだけで命を見捨てる選択をするのですか? 助けたいと、助けて欲しいと願う人の前で。」

「……その方が、この世界で生きるには楽に脱落する事が出来ます。」

「それは貴方の勝手な考えよ。騎士の前に貴方は誰かに教えを与える者、教え子となる子供たちの手本になる人間でしょう。正しくあれ、とは言いません。ですが、その考えを改めなさい。魔法が使える使えないの前に、その人間も一つの命である事を覚えなさい。」


 凛とした声が寒さに負けずに言い放たれる。白い息と共に漏れる言葉は、パルジファルに向けられるものであったが、全員が耳を傾けていた。

 言葉を向けられた張本人はバツの悪そうな顔をする。そして、視線を逸らした。


「我が学園の教師が、貴方方の大切な人に対しての軽視した発言をお許しください。」

「ヤチヨ校長、顔を上げてください!」

「いえ。上に立つ者として、当然の事です。」


 オズとアッシュの前で校長――ヤチヨは頭を下げる。彼女が謝罪の言葉を口にするのに合わせて、隣に控えるヤチヨの身長よりもある大きな白い犬も頭を下げる。


「貴方の面接がまだでしたので、考えが聞けてワタクシは嬉しいですよ。オズ・アンブロシウス。」

「名前……。」

「入学試験を受けられる方は全て目を通し、名前も顔と一致させて覚えてます。勿論、イル・アンブロシウスの事もです。ですが、彼女とは一度もお話しする事は出来ませんでしたし、実技試験で見せた”千里眼”を拝見したかったのですが……。」

「……イルは掴まってる。誘拐された。もう一人、掴まってたけど。」

「ええ、話は聞いております。犯人は何度も同じ事をしていたのか、追っ手を撒く事が非常に上手でしてね……。まさか、学園内にまで侵入をするとは。」


 不甲斐ないです。ヤチヨは目に見える様に溜息を吐く。

 いつの間にかオズの魔力は収まり、徐々に保健室内の温度は常温へと戻っていく。白い息を吐く事は無くなっていた。


「オズ・アンブロシウスに一つ、頼みごとをワタクシからさせてください。」

「何……ですか。」

「今すぐ、イル・アンブロシウスを連れ戻しに行って下さい。勿論、もう一人の女の子も連れてきてください。彼女も同じ入学権利があります。ですが、なにやら事情があった様で話を聞く事は叶わなかったのです。」

「校長!」

「ただし、貴方一人とは言いません。ワタクシの目であるも同行させます。……行って頂けますか?」


 ヤチヨは隣の白い犬の顔を優しく撫でた。

 思わぬ校長からの言葉に、オズは息を飲んだ。返事を返す事も忘れそうになり、咄嗟に出て来た返事は何とも目上に対してフレンドリーなモノであった。


「……ああ!」

「そこは、はい! ですよ!?オズ。」

「良いのですよ、アッシュ。」


 すかさずアッシュが注意をするが、ヤチヨはにこやかに止める。

 どういう理由で行かせるのか分からない。それでも、オズはイルを助けに行って良いと言われた事だけは解る。

 信用していいと思った。


「私も同行しますよ、オズ。」

「最初っから誘う気でいた。」

「そうですか。それは光栄ですよ。」

「オズ、行くのであれば痛み止めを持っていけ。どうせ無茶をする。……流石に無傷で帰ってくる事は無いだろうから、イルの手当ては任せるぞ。お前の魔法しかイルの体には作用しない。いや、一番効きやすい……だな。」


 今すぐにでも行ける様に支度を始める。

 モーガンはオズに錠剤が入った袋渡す。痛み止めと言う事から、きっと心臓が痛み出した時に飲む物だと瞬時に理解し、本と一緒に付いているウエストポーチの中にいれる。

 それを腰に巻き、準備は整う。


「怪我人が意外と出ているらしく、私は離れる事は出来ない。オズにイル――お前たちの主治医であるからこそ、マーリンに頼まれている以上同行したいのはやまやまだけどな。」

「ありがとう、モーガン先生。」

「気をつけなさい。」

「ああ。」


 素直に心配されるのは、オズにはたまらなくむず痒い。まだ慣れないこの感覚に、苦みを覚えながら保健室のドアを開ける。

 保健室を出て、学園の裏口から出て来た二人と一匹。人気のない所をアッシュは探し、準備を始める。


「ドラゴンになります。オズは背中に乗って下さい。ハク様は――、」


 美しい顔立ちであったアッシュの肌に灰色の鱗が浮き出して、全身を埋め尽くしていく。体の体積も倍以上に増え、角と尻尾、大きなカギ爪、大きな翼が生えてくる。

 驚きもしない変化にオズは当たり前の様に背中に乗る。だが、白い狼の様な大きな犬は、勝手に地を駆けて行く。

 見えなくなりそうな白い物体を見失う前に、アッシュは翼を羽ばたかせる。

 きっと、匂いを追っているのだろう。こちらも匂いで追う事にする。


「行きますよ、オズ。」

「ああ。」


 灰色の巨体は宙に浮いた。

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