ムマの心臓

岩清水

プロローグ

 単刀直入に言う。


 私は転生をしたらしい。


 どうして解ったのか?それは首が座る様になり、様々な方向に視界を動かすことが出来る様になった頃、初めて寝返りした先に鏡があった。

 目は自分らしき赤子の大きな黒い目と合う。


(あれ? これが私の顔?)


 黒い目から今度は顔全体に注目する様になる。うつ伏せでキョトンとした顔をしているのが鏡に映っているから解る。

 只、まだ思う様に顔に手を動かす事は出来ない。

 鏡越しの私の顔らしき赤子の顔には見覚えがあった。

 何度も見た、両親が成長の記録として撮っていたの赤ちゃんの時の顔に酷似していた。自分で言うのもあれであるが、愛らしくも髪の毛が薄いと父親に笑われた生後数カ月ほどの私の顔。


「イル? どうかしたのかい?」


 今のイルを育てる大人が赤子の私を抱き上げた。落とさない様に慎重に。

 いつもの様に感じるごつごつとして、柔らかいとは言い難い掌の感触が小さな体中の触覚を使って感じる。

 大人の男性。垂れ目の柔和な顔立ちの人。白いローブの様な服を着たこの男が私の育ての親であった。

 彼の顔を注視すれば、男は私を抱えたまま移動を始める。

 思えば、可笑しな事は多かった。

 彼が出す人差し指を意識せずに私の小さな手は精一杯の力で握る。彼が口に近づける指を吸い付こうと口が勝手に突き出る。

 何でこんな事をするんだろうか?私はしたいとも思っていない。それでも体は意識とは裏腹に行動を起こす。

 首を横に向けただけで、向けた側とは反対側の腕と足が曲がる感覚もした。

 全ては鏡を見て、やっと判明した今の私の状態で納得した。

 意識に抗った体の動きの数々は、赤子が生きる為に生まれた時から備わっていた物、これから獲得し、成長と共に表には出なくなるであった。

 私は転生の折に、赤子として今の状態になった。男の子供として生まれ直したのかもしれない。だが、あまりにも私を抱える男の顔とこれから成長した先の私の顔では似ているどころか、赤の他人ではないのか?とこれから皺を増やす脳で浮かぶしかなかった。


――――――


「いや、君は僕の子供じゃないよ。」


 男、もといマーリン・アンブロシウスは三時のおやつを言葉と共に口に入れた。

 体の実年齢でも釣り合わない精神年齢でも意のままに体を動かせるように、言葉を発せれる様になった頃、私は彼に聞いた。私は貴方の子供ですか?と。

 案の定と言うべきか、成長して自分の顔を鏡で見るたびに転生する前の私が鏡の前にいた。黒髪の黒目、何処にでもいる良くもなく悪くもない顔の少女。

 方や親は茶髪で、紫色の瞳。はっきりと見ると、その顔は端正で人間離れしている。

 本当に親であるのであれば、この遺伝子を少なくとも何処かしらに出てくる訳で。いや、母親の遺伝子が強かったのかもしれない。


「イルは捨て子、オズは解ってるでしょ? イルも。」

「オズは……孤児でしょ? って、ストレートに言いすぎじゃない?」


 ”捨て子”。そう言われて傷つく程の精神を持っていないからこそ別に傷つく要素はないが、私が転生してない本当にこの世界の人間で年相応の精神をしていたら一発で大泣きして喧嘩が勃発する案件だ。


「僕は解っているから。君の今の体と精神が釣り合っていないのを。まあ、女の子の時点で少なくとも精神的に早熟するもんだけど。」

「生殖的な事で成熟せらざる負えないんじゃないん? もしくは、早熟しなければならないという役割みたいなものを負わせられるから。というか――」


 知っていたのか……この男は。私の目を見開いて驚く顔にマーリンはにっこりと笑う。


「だって、僕が間違えて召喚してしまったから。君の本当の世界から。」

「え……。」

「悪いと思っているから君を育ててる。オズは違うよ? この世界の人間だ、原住人。」


 彼が私を育てているのは知らない土地に召喚し連れて来ててしまったから、その罪の意識からだ。まだ、その意識がある人で良かったとは思う。

 マーリンの言葉からにして、私は元の世界に戻れるかもしれない?


「じゃあ、元の世界に帰してよ。召喚できたのなら、帰す事だって貴方なら出来るよね?」


 まだやるべき事があった。追っているアニメや漫画があった。創作もいっぱいこれからもしようとしていた。働いて、奨学金も買った車の残りのお金の返済もしないといけない。

 ここで子供になっている場合じゃないんだ。魔法のある世界は魅力的でも、それは私の中で虚実だ。現実には無いものだ。

 彼は私の願いに一瞬だけ息を飲んだが、無情な声と共にきっぱりと断った。


「無理だよ。君は帰れない。」

「何で!?」

「覚醒世界――君が生きていた世界では君は死んでいる。息絶えそうな所と僕が起こしたファブルこの世界の穴に君は落ちてきた。」


 だから君は。マーリンに促されるまま、私は彼の書斎に足を踏み入れた。

 私に向けて一冊の本を渡して来る。その本を受け取り、パラパラとページを捲れば、書かれている内容はどうもこの世界の仕組みの様な事が書かれている本であった。


「覚醒世界からファブルへ人が来るのは良くある。穴が開いていたり、僕の様に呼んでしまったり、一緒に来てしまったり。覚醒世界の人間が死んでいなければ一時の神隠し程度ですぐに戻る事が出来る。でも、君は赤ん坊として来てしまった。すなわち、覚醒世界で死んでいるという事になる。だから赤ん坊なんだ、だからもう一度成長し直している。」

「それって、私は退行したって事? って言うか、世界に名前があるの!?」

「そう。この世界で新たな生を全う出来るように、体がこの世界で適する様に君の体は赤ちゃんに戻った。めでたく、君もこの世界の人間に仲間入りした訳だ! ああ、という名前は、誰かが付けた名前だよ。世界は複数もあるからね。」


 まあ、深くは考えないで。彼は本棚に紫色の目を向け、次々と本を腕の中に抱えていく。


「帰れない……。」


 しかも、自分は死んだという。実感も無ければ、唯々某名探偵の様な見た目は子供、頭脳は大人状態。それを理解しろ、というには上手く咀嚼して飲み込む事が出来ないでいる。

 信じたくない。その気持ちが大きいのかもしれない。


「イル――本当の名前はあるだろうけど、これが君の名前になるから。」

「それは何となく解ってた。」

「そう。世界に馴染め! とは強制しない。でも、この世界がこれから死ぬまで君が生きる世界である事は変えようの無い現実であるから、少しは知って欲しいな。知らない事は何よりも怖い事、恐ろしい事だから。ああ、この書斎の本はどれでも好きに読んで構わないから。オズにもアッシュにも同じ様に言っているし。」


 優しげな笑みを浮かべ、彼は積み上げた腕の中の本一式を私に渡して来る。受け取れど、成長しきった時の私では無い為、これから付くであろう筋力の無い私にとっては重すぎて涙が出てくる。

 重い!!! 文句の言葉を言えば、彼は申し訳なさそうに苦笑していた。


――――――


 そんな会話を確かにマーリンとした。何年も前にした。

 思い出すのはきっと、二度と目を覚まさない彼を思い出す為の欠片なのだろう。


「何で……!」


 血の通っていない冷たくなった手を握り、私は堪え切れない涙を手の甲に流す。幾ら自分の手や、流れる涙に温かさがあれど、彼の手は肉体は二度と温かくはならない。

 二度とその体を動かす事も、紫色の瞳を見せる事は無い。

 彼は死んだ。

 聖女と戦って、聖女に殺されそうになった私を、オズを救う為にその命を生贄にした。

 彼は大きな秘密を抱えたまま死んでしまった。まだ、成長をする子供達を置いて。

 私の左胸には私の物ではない心臓が移植された。

 聖女によって入れられ、マーリンによって馴染ませられた私の心臓。この心臓の所為で私は魔法を失った。魔法を使用する為の神経や血管の様な管がなくなった。

 それでも私は目指す。魔法が使えない体でも目指す。

 マーリンが明かす事がなかった秘密を、得体の知れないという存在について。オズと一緒に。

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